episode 2. 大洗 (5/7)
日光は今や死体になった男が羽織っている野戦上着の前を靴でこっそりと押し出した。薄いナイロン素材ではあるが、6月中旬にこのような窮屈なコートにこだわる理由は、日光がスーツジャケットを欠かさない理由と同じ。予想通り,コートの内側にいくつかの一見よさそうな道具が固定されていた。
日光はすでにグロックを取り出したため、必要がなくなった自分の黒いスーツジャケットを脱ぎ捨て、男のカーキ色の野戦上着に着替えた。ついでに男が使っていた灰色のキャップも頭にかぶった。 そして、まるでアイスクリーム 店でどんな味を選ぼうか悩む少年のように鼻歌を口ずさみながら道具を見ていると、何か興味深いものを発見し、にっこり笑って口笛を吹き飛ばした。
「やあ、こんなものもあるんだね」
日光は軽い手さばきでコートの内側から氷用の錐を抜いた。 木の取っ手が手のひらにくるっと巻かれる味がすごかった。
このような錐は普通、社交パーティーなどでバーテンダーがカクテル用の氷を砕くために使う。マートのようなところで誰でも購入できる日常的な物なので、刀剣所持許可証のような煩わしい資格さえ必要なかった。実に創意的な武器選定というものだ。 日光は最近、自分が銃だけに依存しすぎているのではないかと反省した。ああ、そういえばそろそろ30代かな。 先輩のところに戻ったら、頭がもっと固まる前に本でも読まなければならない。
そんなことを考えながらあちこち開けてみた錐は、丈夫なステンレス材質で長さも25cm程度で、短すぎたり長すぎたりもせず、ちょうどいい。すばらしい。刃がないから振り回して斬る方式の攻撃は不可能だろうから、男のコートの中に残った他の一般的な短刀よりは動きに制約が生じるだろうが、どうせ急所だけを狙ってまともに突き刺せば一撃だけでも敵を無力化させることができる。あと、こういうのは一度は使ってみたくなるじゃん。
日光は左利きで生まれたが、最初に過ごした保育園の園長から右手だけを使うように強制的に訓育されたため、結果的には両利きに育った。当時7歳に過ぎなかった幼い日光は、その院長が理解できない無駄なことをしていると思った。しかし今に至っては、日光はその融通の利かない部分だけは院長に感謝していた。おかげで片手には銃を、もう片手には刀を持って人より効率的に人を殺すことができるようになったからだ。 そしてキラーにとって左利きというあまり良い特性でもなかった。比較的左利きの人口が少ないので、あまりにも簡単に特定されてしまう。 そういえばあの園長、まだ生きてるのかな。
日光は腕時計を確認し、顔を上げて空を見上げた。 午前9時11分。 大洗サンビーチの上の空は快晴で清々しいばかりだ。この真昼に、それもこうして流動人口があふれる休養地で襲撃を行うと。何人かは分からないが、おそらく奴らは一般人の死傷者が出ても出ても関係しない予定のようだった。一般人の死傷者が知るところではないのは日光も同じではあったが、このまま事が大きくなり警察やマスコミの注目を浴びる大事件になってしまうことは望まなかった。
はあ、俺はただ先輩と良い時間を過ごしたかっただけだったのに。 ついでに、俺が先輩のために死ぬかもしれないほどの忠誠心を持っているという事実もしつこくアピールして、先輩に点数も少し取るつもりだったし。
日光はため息をつきながら、頭上にグロックの第2弾を発砲した。 もちろん適当に撃ったわけではなかった。 正午に近い時間だったので、レストランの建物の影が日光の足元にとどまっていた。修羅を殺せるという欲に目がくらみ、その事実さえ把握できず、急いで屋上の欄干に寄りかかって日光に銃を向けていた女のシルエットが死体となって日光の横に墜落した。やっぱりいたじゃん、狙撃手。 日光は女の死体の上に重ねられた長いスナイパーライフルを見て舌鼓を打った。 ターゲットが誰なのか、そして何人なのかさえ分かっていない今のところ、あのような狙撃用の銃は不要だった。
実際、日光としてはこのように多数の敵と乱雑な白兵戦をした経験が全くなかった。 日光はヤクザではなく殺人請負業者だ。これがいつもと同じ件だったら確実な一人、そのターゲットに対する情報を完全に吸収した後、静かな場所ですっきりとしたやり方で解決しただろう。 たまにターゲットを殺害する前に拷問を求める依頼人がいるので、渋谷のその倉庫も利用しているが、普通はそうだった。
どんな臆病者が俺を狙うだろうか。 同業者だと言ってあげるのも恥ずかしい小僧たちの名前はあえて覚えない。中間でブローカーをする情報屋やディープウェブのハッカーたちは、誰のレベルがどうのこうの、誰と誰を対決すればどうのこうのと言いながら、幼い子供たちがクワガタムシの戦いに熱狂するかのように幼稚に級を分けたが、日光は彼らだけのリーグに関心がなかった。無駄だ。どうせ自分がデビューした瞬間から絶対強者として君臨してきた水準の低い床だ。
だから、初めての白兵戦でも緊張するはずがない。 日光は全部面倒くさくなってしまった。 スーツのズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、赤見先輩に電話をかけた。 幸い、先輩はすぐに電話に出た。
「日光!状況は?」
「電話で聞く先輩の声はまた一味違いますね。 そう考えると、先輩の声がきれいです。 少し中性的な魅力があるというか?」
「···大丈夫みたいだね。 そんな戯言を言う余裕があったら東京について来い。 列車にでも乗れよ」
「先輩も無事に車に乗ったようですね。 運転中?」
「そう、だからお前も···」
「よかった。 また電話します。 」
「日光!お前···!」
日光は電話を切った。 先輩が無事ならそれでいい。 今のまま身を避けてしまうと、ずっと面倒になるから、やはりゴミの掃除は今するのが正しい。
武装した両手をカーキ色の野戦上着のポケットに押し込んだ日光がレストランの入り口の方へちょこちょこ歩いていった。 色とりどりのリゾート地の人たちがわいわい笑いながら日光を通り過ぎた。
日光はレストランの中をのぞき込んだ。 一般人のお客さんとバイトが倒れた殺し屋3人を囲んでざわついているところだった。 救急車はまだみたいだね。 すると、 日光は灰色のキャップが自分の顔を隠してくれることを願って、頭を下げてレストランの中に向かって叫んだ。
「ここ!このレストラン!ガスが漏れるという情報が入ってきたので来ましたが! みんな今出かけたほうがいいでしょう!」
一般人たちは日光の嘘を聞いて、びっくり仰天しながら店を飛び出した。 何人かの立派な人間性の人々が倒れているキラーたちを心配するので、日光は彼らは自分が運ぶから先に体を避けてほしいと助言した。 内心、本来そうしたかったはずの優しい人たちは安心して店を出た。
日光は自分がこぼしたコーヒーのせいで角膜にやけどを負って倒れた男のポケットを探ってスマートフォンを見つけた。 最近、通話目録の最上段にある番号を押すと、すぐにまた正体不明の男が電話に出た。
「カオス!今、そこで一般の人たちが逃げるのを確認したんだけど、修羅はやってしまったのか?」
「カオス?おい、名前大きいじゃないか。 これ、俺が顔が熱くなるね」
「貴様!まさか!」
「ああ、俺、修羅なんだけど。 ここで待っているから、勝手に来るようにお前が連絡を返してくれ」
「こいつ···! そんな···」
日光は男のスマートフォンをさっと投げ、空っぽになったレストランの中を見回した。 出入口のすぐ上に手すりがついた2階の席が置かれている。 あらかじめ掩蔽しておくには最上の構造だ。 何人かは知らないが、この建物を見守っていたというから、奴らが来るまではおそらく2分もかからないだろう。 日光は少し早足で2階に上がり、欄干の後ろに隠れた。
日光がグロックを取り出して射撃姿勢を取るやいなや、キラーたちが押し寄せてきた。 きょろきょろと登場した3人の殺し屋たちを日光は欄干の飾りの隙間から落ち着いて射止めた。 3回の完璧なヘッドショット。 死体はまるで紐が切れたマリオネット人形のように手足が不自然に折れたまま床に崩れ落ちた。 終わりか?という素人っぽさの速断はしなかった。 発砲と傷跡の位置によってこちらの方向があらわれたはずだから、先ほどのようなまぐれは二度と通じなかったはずだ。
日光の予想通り、敵の銃弾が2階の欄干にスコールのように降り注いだ。 そのうちのいくつかの部屋が日光の肌表面をギリギリにかすめた。 日光はちくちくする傷はものともせず、頭を転がすのに余念がなかった。向こうもやっぱり銃を持ってきたんだね。 また3人、いや、4人だ。 敵は欄干に面したレストランの壁の外で縮こまって座っているようだった。 彼らが発砲した弾丸は窓ガラスを粉々に砕き,空気中に吹き飛ばした。 日光は見えないボードに乗るように階段を早く滑り降り、1階のテーブルの中で一番大きくて硬いやつを押しのけて、その後ろに身を隠した。
日光は首を大きくして整え、最大限震える声を装って叫んだ。
「おい、お前ら! 私たち、こんなのやめよう! 私は実は修羅じゃない! これは間違った情報だよ! 誰に聞いたのか分からないけど、お前たちは全部騙されたんだよ! 常識的に考えてみて! 修羅が引退すると思う?!」
敵からはしばらく答えがなかった。 ひそひそと話す声が聞こえるのを見ると、自分たちだけで会議でもしているようだった。 4人の殺し屋はおそらく銃を持った手を下に置いて対話をするために日光から関心が遠ざかっている状態だろう。それがまさに日光が望んだ場面だったので、日光はためらうことなくテーブルから敵が隠れている窓の下の壁まで姿勢を低くして素早く走って行った。 そして、軽く壁を越えて集まっていた敵の真ん中に飛び込む。
敵の目が丸くなる間、蝶のように空中に浮かんだ日光の真っ赤な唇と白い牙が捕食者の笑いを誘った。 全部虫ばかり。 だからお前たちがつまらない三流から抜け出せないのだ。
日光は着地すると同時に左手にカクテルパーティー用の氷錐を逆手に取り、一番近くにいた殺し屋の右耳に無慈悲に差し込んだ。鮮やかな血が込み上げてきて、日光の顔全体をじくじく濡らした。短い黒髪に気分の悪いつやがべたつくほど血を浴びながらも、平気なように日光は自分に発砲しようとする姿勢を取る2番目のキラーだけに集中した。2人目のキラーが持ち上げた銃口が不安定に揺れた。 一台くらいは当たるだろうと思ったのに、この街でエイムを合わせられないのか?
「はは」
日光はそれをあざ笑って、2番目の殺し屋のみぞおちに右手で政権を突き刺した。筋肉と骨で固く絞られた日光の拳が、キラーの胸郭を順調にへこませた。2番目の殺し屋が悲鳴もあげられずに倒れる間、日光の後ろから3番目と4番目の殺し屋たちが鋭い大挙を日光に振り回そうとした。
「あえて」
日光はその刃物を避けて上体を下げながら一周をぐるりと回って起き上がり、長い足を素早く伸ばして3番目のキラーを振り回して蹴った。正確で致命的な蹴りがその3番目の殺し屋の首を折れ、4番目の殺し屋がその剣幕に押されてたじたじと後ろに退いた。日光は野戦上のポケットからグロックを取り出し、4人目の殺し屋を苦もなく送ってくれた。 改めて慈悲心が起きたのはもちろんではなく、せいぜい組み立てまでしたグロックをあまり使わなかったのが惜しかったためだった。
このような粗末な奴らが一人で動くことができないので、連絡を受けてきた奴らで終わりだろう。 日光は首を左右に曲げながら凝った筋肉をほぐした。 相手が低級であまり緊張しなかったとしても、こんな乱戦は初めてだし。 しかも最近は、主に拷問や狙撃任務だけを担当してきたため、これほど体を使うのも久しぶりだった。
日光は遠く空を眺めた。 ああ、もう先輩が恋しい。会いたい。そんなに別れてから1時間も経ってないから、今頃道路の真ん中かな。 こんな状態で公共交通機関に乗るのは無理だから、海に入ってから出よう。 そして血に濡れて帰ったら臆病な先輩はびっくりするかも。 そしたら俺をまた怖がるだろうし、またそっぽを向いてしまうだろう。
そんなのはいやだ。 今日過去をお互いに交わしたことで、やっともう少し近づいたような気がしたが。 ただ先輩が俺を怖がらずに受け入れてほしい。 嫌いじゃない以上に好きになってほしい。 先輩が俺にずっと催眠をかけて、俺が先輩のことをずっと好きになれるように、許してほしい。
そんな思いをしながら初夏の真っ青な空を見上げる日光の両目は、白目が自分の殺した人々の血に薄い紅色に染まり、まるで夜叉のようだった。
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