episode 1. 渋谷 (2/3)
嘘であるはずがない。 極度に強力な催眠術を発揮し、精神の深層部から引き出した秘密だ。 赤見は自分の能力を信じているだけに、日光の告白も信じるしかなかった。
殺人請負業者だと···。思わず地雷を踏んだ。 催眠術を利用して他人の弱点を握って揺さぶりながら富を築いてきた赤見も、それほどきれいな人生を生きてきたわけではないが、このようなことは最初から場合が違う。赤見は物理的には、誰かを傷つけた経験があまりなかった。 害を及ぼすとは、中学生時代、生物の時間に小動物の解剖をして気絶してしまい、他の生徒たちの笑いものになったことが最後だったのか。赤見は平気なふりをして半分ぐらい残ったカフェラテをすすったが、口の中に押し寄せる液体からは何の味も温度も感じられなかった。
向かい側の日光は秘密を吐き出して以来、口を一直線に固く閉じて、さっきから自分の靴の先だけを眺めているところだった。赤見がため息をつくと、日光の肩が少し上に跳ね上がり、また下に沈んだ。 誰が見てもこちらの一挙手一投足を意識している様子だ。
「おい、日光」
「はい、先輩」
日光は直ちに反応した。 しかし、彼の視線は依然として底を向いたままだった。
「まず、私を見て」
「はい、先輩」
命令によって持ち上げられる顔に向き合った赤見は、突然息が詰まった。 正体が分かったので、今はぞっとするべきこのキラーの両目には、ひたすらアカミが自分を嫌うこと以上に恐れるようになるかもしれないという心配だけが満ちていた。まるで本気のようだと赤見は自分さえ信じがたいそんな考えをした。しかし、事実だ。今まで数え切れないほど多くの他人に催眠をかけて精神を思いのままに揉んでいた赤見もこんな密度のある··· 少なくとも密度がありそうな感情に接したことがなかった。
家族どころか、親密だと自信を持って主張できる知人すらおらず、社会というこの巨大な円盤の縁だけを手探りで生きてきた赤見だった。他人はひどいものだ。他人の集団はもっとひどいものだ。 しかし、最もひどいのは、そのように彼らを見下げながらも、彼らの真心を願う赤見自身だった。
孤独感にもがき、街に出て誰でも捕まえて自分を愛せと何度も怒鳴りつけたこともあった。 催眠に陥って愛するという言葉を返したその通行人たちを赤見は一人一人すぐに放してあげた。がらんとした瞳、がらんとした顔。 安っぽい芝居より劣っている。 あの日のあの事件以来、赤見は他人を操る時、記憶と精神を支配するだけで、感情に触れることはなくなった。 意味がないと判断したのだ。
さて、たかがカフェオレ一杯ぐらいの恨みに囚われ、下手にまた人の感情に手を出した代償がこれか?本当に私のためにくれるような殺人請負人? 赤見は苦笑いをした。日光というこの男を本当にもっと知りたくなり始めたが、自発的殺人者と付き合うほど自己保護本能が麻痺することはなかった。
「こんな事になったらお前を手放すべきだな」
お前にはよかったね。赤見がそう言う前に日光が席から飛び起きた。 日光の椅子が後ろに倒れ大きな音を立て、周囲の注意が赤見のテーブルに注がれるのを感じた。赤見は日光を止めようとしたが、日光がテーブルを越えてくるように上半身を赤見の方に傾けるのが早かった。赤見に近づいた日光のシャツからは、今までどうして知らなかったのかと思うほどの血と金属性のにおいが漂ってきた。 赤見は本能的に体を後ろにさされた。
「冗談でしょう、先輩! ちっとも面白くないです!」
「日光、声が大きすぎる」
「先輩、先輩、すみません。俺やめます。危険なことはすべて辞めます。これから善良に生きます。ボランティアでも何でもします。 約束します。 だからお願い··· 」
哀願する日光を赤見は少し無感覚に眺めたが、薄く水膜ができたこの男の深い目にフランチャイズカフェの粗悪な照明は似合わないという感想だけは、なぜか止めることができなかった。一人の人間がこんな目とこんな匂いを同時に持っていてもいいのだろうか。神がいるなら、赤見はそのように聞きたかった。この男はある意味純粋だった。 しかし同時に、すべての面で危険だ。
「日光、私が指を弾いたら、お前はもうこのカフェから出るよ。 そして"赤見先輩"という人のことは全部忘れてしまう。 その後、お前はすべての催眠が解ける。」
「先輩、先輩…··· そういうの嫌です。 ごめんなさい。 許してください、」
「さあ、それでは。 どこへでも行ってしまえ」
赤見が指をはじき、日光はカフェの外に歩いていった。こちらに集まっていた関心も、日光カフェを出たことで自然に散らばった。赤見はカフェの窓越しに日光が初めて会った時と同じ無表情で歩いていく場面を見守った。今頃、あのキラーの記憶の中で自分の存在はちっともも残っていないだろう。 日光は近くの街角を回って完全に姿を消した。
これで今日のハプニングが終わったという安堵感に、赤見は椅子の背もたれに背中をもたせた。残ったラテを飲み干す気力もなかった。 赤見は未練なく席を立った。
カフェのガラス戸を開けて出てくると、辛くて蒸し暑い渋谷の空気さえも今日に限ってさわやかに感じられた。今日は午前から別事があったね。残りの午後は家に帰って休まないと。赤見は特に計画もない状態で栄養価なしに一日を終えるのを待ちながらコーナーを回った。そういえば、さっき日光が消えたまさにその街角だ。日光の家もこちらの方向だろうか。次、偶然にでもまた出くわしたら、必ず知らないふりをして通らなければならないだろう。
それがあの日の赤見の最後の考えだった。
*
赤見は目を開けた。 なんだ?ここはどこだ?断片的な混乱が赤見の頭の中をごちゃごちゃと通り過ぎる間、意識できずにいた痛みの波が赤見の全身をむやみに襲ってきた。特にどこがどうだと指摘して説明できないほど、全てのところが苦痛だった。 息さえまともにするのが難しくて、赤見は息を切らして体を緊張させた。
数分後になって、赤見は今ここがどこかの倉庫で、自分はその天井に逆さまにぶら下がっていることを自覚した。手首と足首を隙間なく包んだダクトテープのせいで、赤見は少しも動くことができなかった。
「どうして、私が…」
「あ?尊敬する先輩が ついに目が覚めたんだか」
赤見はそのまま凍りついた。 日光だ。この低音は日光だった。まもなく倉庫の片方の壁に貼られていたドアがぎしと開き、長いシルエットを持った男が余裕のある歩き方で倉庫の中に入った。日光は羽織っていた黒いスーツジャケットなしで、白いシャツの上に黒いネクタイだけを身に着けていた。まくり上げた袖と手に挟まれた黒いラテックス手袋が、赤見の心を奇妙に不快にさせた。
「頭叩いて少し手を加えてあげただけなのにあまり起きなかったからな。覚せい剤でも打ってやるべきかと思った。薬は高くてあまり使わないけど、これが必ず必要な時があるんだ… 何より先輩は、俺にとってとても大事な方だからさ?」
惜しみなく可愛がってあげないとはダメだろね?日光が両手のひらを大きく広げてにっこりと笑った。
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