第26話 追跡劇

 私が外にある給水器で水を入れようとしたとき、森浦くんが走っていくのが見えた。

 走り込むにしてはスピードが早すぎる。あれじゃすぐにバテてしまう。大丈夫かな、森浦くん。




 そして水を入れ、体育館に戻ろうとすると、山越くんが走っていくのが見えた。

 早い。早すぎる。あっという間すぎて声もかけられない。




 今日はバスケ部は練習がないはずである。なんで森浦くんがいるのか分からない。その後に走っていった山越くんも気になる。まさか2人の走りには関係があるの?


「筒井さん!」


 体育館の前で森浦くんに声をかけられた。すっかり息切れしてしまい、顔も真っ赤である。


「ちょっとここにいていい?」

「私今から体育館に戻るんだけど……」

「お願い!筒井さんの存在が必要なんだ!」


 ……どういうことだろう?私の力じゃなくて、存在?いるだけでいいってこと?


「いた!森浦スカイ!」

「うわ、来た!でも大丈夫、こっちには筒井さんが……」

「だから何の話!?」


 前を見ると、山越くんがいた。山越くんの方も息切れしている。


「大人しく観念しろ、森浦スカイ」

「だからフルネームで呼ぶなって!」

「森浦くんって下の名前スカイって言うんだ……」

「……筒井さん?」


 山越くんがようやく私の存在に気がついたようで、私を見た。


「なんで筒井さんが森浦の味方を……?」

「なんか存在が必要とか言われて」

「森浦スカイ」

「だからその名前で呼ぶなって!」

「こっちに来て」


 森浦くんは山越くんの剣幕に観念したのか、山越くんの方に行く。

 そして山越くんは、森浦くんに向けて。


 何かをかけた。


「……山越くん!?」

「これでおあいこだよ、森浦」

「うわ、やり返された」


 どういうことだろう?山越くんは今、とんでもないことをした気がするけど。


「筒井さん、僕はさっきこの森浦スカイにメロンソーダを渡されたんだ。それも、振ったあとの」

「ええ……」

「僕はそれを顔面に食らった。おかげで僕の顔は今甘い」

「大変だったね」

「逃げた森浦を追おうと思ったんだけど、僕は走り出す前にサイダーを自販機で買った」

「どうりで追ってこないと思ったよ」

「僕はこれを振りながら森浦を追いかけた。しかも、校舎周りを3周した」


 私が見たのはそのうちの1周だったってことか。


「そしてようやく森浦を見つけ、復讐に成功したんだよ、筒井さん」

「……おめでとう?」

「筒井さんが僕のことをどう思うかは分からない。でも僕は主張するよ」


 山越くんは親指で森浦くんを指し、言った。


「コイツが悪い」


 私もそう思うよ。そりゃやられたらやり返される。大体なんで山越くんにそんなことしたの、森浦くん。


「作都がメロンソーダ好きって言ったから!」

「それでかけるのはサイコパスの理屈だよ?」


 はあ、とため息をついた山越くん。


「シャワー浴びたらいいか。ごめんね筒井さん、僕達のバカな争いに巻き込んで」

「ううん、ちょっと面白かったから大丈夫だよ」

「面白い?」


 しまった、つい本音が。


「ならいいんだけど。あ、そうだ。森浦の下の名前、澄海すかいっていうんだ。上澄みの澄に陸海空の海。あんまり呼ばないであげてね、本人はあんまり好きじゃないから」

「俺は作都の漢字の説明が気になる……」

「分かった、これまで通り森浦くんって呼ぶね」

「ありがとう」


 萌華たちには言っておこう。澄海ってカッコいい名前だと思うけど、本人が気にするなら仕方ない。


「じゃあ、僕は練習に戻るよ。森浦は用事が済んだら帰って」

「はーい」


 そうして3人、それぞれ行くべき場所に向かった。

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