第17話 走る理由

一週間経って、山越くんは手が治ったらしい。


「いや、完全にはまだなんだけど。少しまだ違和感があるっていうか。でも、ノートは書けるよ。ありがとう、筒井さん」

「ううん、気にしないで」

「ほんとうにお世話になりました」

「そういえば山越くん、陸上部の練習は?」

「今は見学。しばらくは大会にも出られない。でも仕方ないよね」


山越くんはそう言うと体操服の入った袋を撫でた。


「山越くんはどうして陸上部に入ったの?」

「うーん……なんでだっけ」


山越くんははて、と考えている。たしか部活に入ったのはまだ3ヶ月くらい前の話なんだけど。


「僕チームプレーが苦手で……でも身体を動かしたくて、陸上部に入ったんだよね。中学のときは」

「高校でも続けてるってことは気に入ってるんだね」

「……そんなに」

「え?」


大きなため息をつき、目を伏せながら山越くんは言った。


「バドミントンとかにすればよかったよ。せっかく苦手を克服できるチャンスだったのに」

「男子は部員絶賛募集中だよ……?」

「そうなの?見学行ってみようかな」

「えっ!?」


山越くんが本気でバドミントンに?意外。


「冗談だよ。僕は一度始めたことは、やり通す主義なんだ」


山越くんは足をブラブラ動かすと、言った。


「僕の走りを見て欲しい人がいるんだ」

「そうなんだ」

「その人に追いつきたくて、今僕は走っている」


アスリートかな?山越くん、陸上界で高いところを目指してるんだな……。


「その人にはいつか僕と一緒に走ってほしい。置いていかないように、置いていかれないように足並みを揃えて、並走したい」

「すごいね、そんな夢があるなんて」

「そうかな。僕にとっては当たり前だから」


そう言った山越くんは、なんだか遠くを見つめていた。




「ではこの問題を、山越」


授業が始まり、未だ遠くを見ている山越くん。


「山越くん?当たってるよ?」

「山越ー、大問6の(3)だぞ」


ペンを置いて空を見つめる山越くん。そこに先生が近づく。


「山越!」

「は、はい」

「大問6の(3)!」

「えーと……67?」

「バカ、ページ数を答えてどうする!」


クラス中に笑いが巻き起こる。山越くんは苦笑いでノートを見ていた。

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