第7話 瞬き一つで夢の中

手を繋いだりするのって、俺の経験上あんまりないことだったりする。大抵はゲイであることを隠したがるやつが多いから、外で手を繋ぐって行動自体が縁遠いものになりがちだ。同じ理由でデートするときの定番みたいなものもほとんど経験したことがない。みんなおうちデートってやつ。そう言えばかわいく聞こえるけれど、実際のところはそんなふうに生やさしいものじゃない。みんな欲望をため込んでいるせいか、会ったらすぐにベッドイン。デートらしいデートなんかしたことがないから、今日は本当にひとつひとつが新鮮でたのしい。映画を一緒に見に行くことなんかもしたことがなかった。学生時代は一緒にいる連中と見に行ったりしていたけれど、大人になってホラー映画を、好きになっちゃってるひとと見に行くことになるとは思わなかった。ホラー自体あんまり得意じゃないけれど、それでも小鳥遊さんが、……湊が、見たいって言うから。見たいって言ったっていうか、ホラーとか平気?とか聞かれたらそりゃあ、俺だって大丈夫と返すしかないだろう。男性女性といちいち差別するなという時代ではあるけれど、俺個人としては男がホラー映画を嫌がるなんて格好悪いと思うから、大丈夫と返事をしたんだ。積極的に見るわけじゃ無いけれど、まあ、二時間くらいならやり過ごせると思った。隣に湊がいてくれるし。時間帯的にも余裕があるのはホラーだけ。

まさかデートに本当にいけるなんて思っていなかったから、俺は今日もシフトを入れてしまっている。入ったばかりの新人が飛んだせいでカツカツの人員確保をしている店長のことを思えば、デートだから休みにしてくれなんて言えない。確かに他のバイトの連中は好きなタイミングで休んだりしているけれど、俺は店長と同じペースで出勤している。そうじゃないと家賃払えなくなっちゃうし。そういうわけで俺は今日もデートを早めに終わって一度帰宅してから、準備を整えて行かなければならないのだ。そうやっておおまかに説明して、いいよ、とうなずいてくれたのでホラー映画に確定してしまった。ホラー映画は怖くて怖くて、どうにもならないから最終的に湊にがっつり抱きついてしまっていた。ビクビクしてダサいなあって思われていなければ良いんだけど、思われてしまっているかもしれない。それでも震える俺のことを座席との隙間に手を伸ばして抱き込んでくれた。本当に素敵で大好きだなあと改めて思ってしまった。

できればなにか記念になるものを渡したかった。雄大がセッティングしたとしても、せっかく二人で挑んだデートなんだから、それをいつでも湊が思い出せるようなものを持っていて欲しかった。今後湊に俺が勇気を出して告白することができても、あるいはできないまま時間だけが過ぎてしまって宙ぶらりんな関係になってしまったとしても、どちらにしても。今日のことを思い出せるなにかを、湊に持っていて欲しかった。完全に俺だけのわがままだけれど、それでも俺はネクタイをプレゼントすることにした。ネクタイなら必要なくなったら捨てられるし、俺のようにちゃらんぽらんした生活をしているわけでもなく、それなりにきちんと地に足をつけて生きているはずだから、使うと思って。ネクタイ。いくつあっても困らないものだと思うし、ネクタイ。湊に似合いそうなものを両手に持って見比べて、考えてみる。本人にどちらのデザインが好きかを聞いてしまえばいいんだけど、できれば渡すまでは無関心でいて欲しいから。聞かずに俺がなんとなくでチョイスするのを見ていてくれるだけでいい。背中に刺さる視線を無視しながら、どれがいいかなと考えてみる。


「これ、おまえにあげる」


ネクタイを渡したら急に小さく足でステップを踏み始めた小鳥遊さん、もとい湊によく似たやつを俺は知っている。俺が人間関係をおざなりにしたせいで、最近は連絡を取れていないけれど。でも、多分よく似ていると思う。ドッペルゲンガーって言うんだっけ、世の中に同じ人間が三人くらいいるやつ。そういう類いのものかと思うくらいに、湊に似ているひとを二人ほど知っている。一人はトリ、もうひとりは俺がバイトしているバーのお客さんだ。隅の席に座ってじっとこっちを見ているお客さん。店長はすでに知っていたみたいだから、きっと常連のお客様だと思う。まあお客さんは偶然にしても、トリと湊はよく似すぎている。プレゼントしたネクタイを持って鼻歌でもうたいだしそうな湊を見ていると、不思議なくらいにトリを思い出す。トリっていうニックネームもなんだか懐かしくて、湊とトリが同一人物なんじゃないかって思うくらいに似通っている。けれどもし湊がトリならば、雄大から一言くらいあっても良いんじゃないか。確かに最近まで俺はトリのことをすっかり忘れていたし、忘れたかったというのもある。けれど雄大が俺に湊を紹介したんだから、同一人物だったらあまりにも不自然だ。覚えてる?トリだよ、とか言ってくれれば思い出したかもしれないのに。


「なあ……あっ、いや、そうじゃなくて……」

「繋ぐのイヤ?」

「嫌じゃないけど……」


恥ずかしい気持ちとうれしい気持ちが混ざってごちゃごちゃになるから、できれば手を繋ぐのはもう少し先に進んでからがいい。そんなことを言ったところで俺たちはもう三十歳もすぎてしまったアラサーだから、かわいくもなんともない上に困らせるだけだ。だから、ぐっと飲み込んで、これからのことを考えていく。これから、少しウィンドウショッピングをして。それから食事をして……食事、どこでしよう。ここのところ付き合っていた相手たちはみんな食事を外でするのを嫌がって、というか外出自体を嫌がって、基本的には男性同士でも使えるホテルでしっぽりするか、相手の家でゆっくりするかのどちらかだったから、俺の中にもレパートリーが一切ない。映画館に来たのだって久しぶりだ。最近は映画が見たいと思ったら、サブスクを契約するだけになってしまっている。触れている手の部分がどうも、少しずつ熱を帯びていく。緊張しているんだ、俺。指先から伝わる相手の鼓動も、なかなかに早かった。ああ、俺だけじゃないんだ。俺だけが緊張しているんじゃなくて、湊もこの状況に緊張しているんだ。そう考えると少しうれしくなって、また心の奥の方がきゅんとする。いい年こいたおじさんがなににときめいているんだって話だけど、きゅんとするものはきゅんとするんだからしかたがない。

繋いだ手に、すれ違うひとの、他人の視線が刺さっていく。そりゃあそうか、男性同士って珍しいもんな。男性としか付き合ってこなかったからあんまり考えたことがなかったけれど、男性同士がこうやって手を繋いでいる光景は珍しいものなのかもしれない。バーで、自宅で、どこでもそこかしこで男性同士が手を繋いでいるのを見てきたものだから、これがそんなに注目を集めるものだと思っていなかった。なるほど、視線を集めるものなんだな。こうやって視線を集めながらデパートなんかを歩いてみると自分がいかに奇異な存在かというのを再確認してしまう。繋いだ手が、どんどん緊張から冷えていく。俺は別に良いんだけど、湊はこれでいいのかな。きっと孫の生誕を待っている両親が実家に、あるいは家にいるんだろうし、これだけ優しくて心があたたかいんだから、湊の家庭はうちみたいなものと違うはずだ。うちは俺がなんと言おうと許してくれない上に納得もしてくれなくて、最終的には家で半分の勢いで実家を出たのだ。だから、俺の帰りを待っている実家なんていうのはこの世にないものとなっている。別に良いよ、俺が奇っ怪な人間だというのはもう今に始まったことではないから。誰にどう言われようと慣れているからいいんだ。実家の家族にもそういう扱いを受けていたから、別にいいんだ。湊と手を繋いでウィンドウショッピングしているのに、俺は自分のことばかり考えてしまっている。


「望夢くんはこういう系のファッション好きそうだよね」

「あー、ストリート系の」

「着る?」

「……学生時代は、よくまあ着てたかな」

「だよねえ。ぼくも似合うと思うよ」


あれこれ考えながら歩いていたらいつの間にか、学生時代に私服として愛用していたブランドのショップの前で立ち止まった。湊はやけに俺という人間の解像度が高いな、と思う。全部の人間に対してそういうことを言うんだろうか。バイセクシャルだから、きっと女性にもこういうことを言って喜ばせたりするんだろう。想像してみるだけで、嫉妬の炎がチリチリと胸を焦がす。また、すれ違ったひとの視線が手に刺さった。視線がナイフになるのなら、俺たちの手はもう血だらけになっていることだろう。湊の手を離してやったほうがいいのかな、とも思うけれど。そもそも手を繋いできたのは他でもない湊のほうだから、離したらまたそこでギスギスしてしまうかもしれない。それだけは避けたい。湊を俺のものにしたい。俺だけのことを考えて、俺だけのためにその、柔らかな筋肉で抱きしめたりしてほしい。我ながら欲望だらけですごいことになってしまっている。恥ずかしいような、うれしいような。まだまだ三十代になったばかりだけれど、これが最後のチャンスかもしれない。トリと同じような顔をして、トリみたいに振る舞っている湊は、本当はトリのことを知っているのかもしれない。同窓会をやりたいからおまえが影武者として行ってこい、とか言われて来ているのかもしれない。

湊は好きなジャンルのショップを見つけたらしい。ちょっと待ってて、と言われたので、素直に近くにあるベンチに腰を下ろして、頭の中を整理する。湊は湊でトリはトリ。二人は違う人間であるはずなのに、どこか似ている。トリのことなんか、告白できなかった苦い思い出として忘れていたはずなのに、今日はやけにあいつのことを思い出して考えてしまう。俺の中では十八歳の時点で成長が止まっているのだけれど、大きくなったらきっと、湊みたいないい男になっていることだろう。バイセクシャルなのかな、トリも。女性関係の猥談にも加わっていたし、そうかもしれない。違うかもしれない。そもそもヘテロセクシャルである可能性も捨てきれなかった。だって俺は告白したわけでもないし、トリも俺に告白してくれたわけでもない。記憶の限りでは、トリは俺に人一倍優しくしてくれたけれど、それだって友達だからかもしれない。友達だからと思っているのは俺だけで、トリはみんなに優しくしていたのかもしれない。浮かれて勘違いしていただけの俺と、みんなに優しかったかもしれないトリ。トリのことを思い出せば思い出すほどに、胸の中が苦しくなってくる。なあトリ、おまえ今どこにいるの。雄大に聞けばちゃんと、ちゃんとどこにいるかわかるのかな。もう一回会えたら俺は、ちゃんと告白するからさ。おまえのことが好きでしたって、多分初恋でしたってちゃんと言うからさ。言ったら言ったで終わりでいいから。涙が出そうになって、慌てて上を向いた。湊が俺の顔をのぞき込んでいた。びっくりした。


「びっくり……したぁ……」

「望夢くんは、ぼくとデートするのいやだった?」

「イヤじゃねえけど」


イヤじゃないけど、なんていうか。昔好きだったやつに似てんの。さすがにこれは言わなかった。言ったら人間としてアウトだと思ったし、俺がトリや湊だったら猛烈に傷つくだろうから言わないでおいた。好きだったやつに似てるなんて言われて喜ぶやつはおかしいやつだけだ。でもデート中に違うことを考えて泣き出すなんて、あんまり良いことじゃない。それはわかっているのに、どうにもこうにも泣きたい気持ちになってしまって、気持ちを切り替えられそうにない。いっそ正直に話してしまおうか。そうして、一目惚れしましたって宣言して、もう会わないようにしてしまおうか。旅の恥はかき捨てってことばもあるくらいだし、今日言いたいことを言ってしまって、ついでに告白もしてしまって、二度と会わないようにしよう。それでどうだろうか。湊のことを傷つけるかもしれないけれど、こうやって宙ぶらりんな感情を持ち合わせたデートなんて、絶対に楽しくはないから。俺が楽しくないのもそうだけれど、明らかにこのデートを楽しもうとしている湊にも、どこか申し訳ないから。ちゃんとはっきり決着をつけて、そうして終わりにしよう。食事は各自で済ませるってことで。今日は雄大も休みだったはずだから、雄大にちゃんと話して湊とのことを終わらせるようにしよう。よし、それでいい。

俺の隣に湊が座った。深呼吸をひとつ、ふたつ。ゆっくり息をしてから、拳を強く握りしめる。どこから話せばいいのかわからないから、もういっそ全部話してしまおうか。トリというニックネームの男がいたこと。高校時代に仲良くなって、俺が好きだったひとのこと。大好きだったこと。そうして、その男に湊がものすごく似ているということ。全部、全部話してしまおう。


「俺は、早見望夢って言うんだけど。湊は最初から俺に、望夢くんって言ったよな」

「元彼くんがノゾム!って大きな声で言ってたでしょ。それできみがノゾムくんなんだな、ってわかったから、そう呼んだだけだよ」


なんかまずかった?と湊が俺を見てくる。元彼とはどうなったの?と今度は質問をされて、言わなくたって良いのに俺は、バカ正直に、別れた、と返事をした。そっか、無事に別れててくれて良かった。つぶやくように湊が言う。こいつはどれほどお人好しなんだろうなと、一人で俺はまたモヤモヤしてしまった。こいつは見ず知らずの俺を助けるだけじゃない。こうやってみんなのことを助けようとしていたら、本当にこころがいくつあっても足りないくらいに傷ついてしまうはずだ。自分をもっと大事にしてほしい。


「傷つけるかもしれないけれど、聞いてくれるか」

「……それじゃあさ、ぼくの行きつけのバーに行こうよ。店長に連絡すれば、開店時間前だけど開けてもらえるし」

「いや、ここでいいよ。視線が気になるならカフェでも入るけど」

「じゃあぼくもわがまま言うね」


大きく肩を揺らしながら深呼吸をして、湊が声を発した。やっぱり深呼吸するんだ、と何故か納得してしまった。まだ出会って数日だけれど、どこか見覚えがあるのだ、彼には。彼と、それから最近店の隅にいる常連さま。二人に、どこかデジャブを感じてしまうようになってきた。


「ぼくのことを傷つけるとか傷つけないとかそういうのはもうどうでもいいから、今日は望夢くんが仕事の時間まで一緒にいて」

「どうでもいいわけねえだろ」

「今日だけはどうでもいいの、せっかくデートしてるし、ぼくは傷つかないから」


心を読まれたような先回りをされて、俺はぎょっとするしかできなかった。トリと重ね合わせてしまっているから、ごめんねと謝罪をして、一度家に帰って雄大経由で二度と連絡をとらないようにしようと思っていたのに。それらを全部先回りされたような気がして、どこか落ち着かない。このひと、俺のこと好きなんだな、多分。学生時代のあれこれを踏まえれば、そろそろこのひとは俺に告白をしてくるはずだ。好きだからどこにも行かないで、とかそういう感じで。今まで一度だって恋愛対象の同性からの告白は断ったことがなかったけれど、今回ばかりは違う。確かに一目惚れしたけれど、それは俺が動揺していたからで。あんな公衆の面前で、ゲイです!とレッテルを貼られたのが怖かっただけ。そんなときに助け船を出してくれたのが、湊だったから。それで好きになってしまったような気がしているだけ。トリと重ね合わせて、代わりにしているだけ。学生時代に置き忘れた恋愛を、無関係の人間を巻き込んだ上でもう一度やり直そうとしているだけ。

全部、どれをとっても湊に、小鳥遊湊にものすごく失礼なことをしようとしているのだから。傷つかないから一緒にいてといわれても、傷つくんだから一緒にいないほうがいいに決まっている。決まっているのだ。だって俺は湊を傷つけようとしているんだから。学生時代のあれこれを引きずって、それを無関係なおまえにぶつけてすっきりしようと思っているだけなんだから。それで傷つかないから一緒にいてと言われても、傷つくから無理だろうとしか思えない。一緒に居るべきじゃない。仮にも一瞬だけでも、重ね合わせているだけでも、それでも俺は湊が傷つく顔を見たくない。俺に告白して、俺が流されやすいからってオッケーしても、最後にひどくズタズタにされてしまうのは、湊なんだから。俺はどうやったってトリと湊を重ねてしまうから。やめろと言われてもやめることなんかできないんだから。


「お願い、望夢くん。今日だけ」

「おまえのことを傷つけたくないから言ってんだけどさ、わかんねえかな」

「傷つかないって言ったじゃん」


傷つかないって言われてハイそうですかってうなずくやつがいるかって話しになってしまう。バカなんだろうなあ。トリにそっくり……ほら、また。もうやめられないんだ、俺は。トリを探して探して、探してしまう。好きだとことばにできなかった後悔は、いつか美しい思い出とともに俺のことを絞め殺しに来るんだと思う。きっとそうだ、絶対そうだ。絞め殺しにきたうちのひとりが湊なんだろう。神様っていうのは残酷で不平等だな、と思う。俺は別に二股をかけたわけでもないし、当時のトリに思わせぶりをしたわけでもない。ちゃんと、友人として付き合うことを徹底していた。誰かと付き合っていても他に好きなひとがいることが罪だとするならば、この世には俺以上に天罰を受け止めなければならないひとがたくさんいるのに。それなのに、どうして俺はここまで苦しめられなきゃいけないんだろう。ちょっと、ちょっとだけ学生時代に好きだったやつとそっくりなやつが目の前に現れただけだっていうのに。


「傷つかないから、何でも言って!」

「またトリみたいなこと言う……あ、」


うっかりと口から心の声が出てきてしまった。まずい、と思ったけれども、発してしまったことばを取り消すなんてことはできない。トリにそっくりだから好きなんじゃなくて、好きになったらトリに似ているところがたくさん出てきて、それでなおさら好きになったっていうだけなのに。これをうまく説明することができないから、付き合ったりするといった一歩前に進むことをやめようと思っていたのに。最悪の形でトリと重ね合わせていることが露呈してしまった。

どうしよう、どうしよう、どうしたらいいかな。心の中でいろんな感情が渦巻いている。この際だからぶちまけてしまおうか。傷つかないって自分で言ってるんだから、傷つけてもいいんだろうか。全部聞きたいみたいなことも言っているし。そもそも俺たちはまだ付き合ってもいないのに、どうしてそこまで束縛をしてくるのだろう。俺は確かに湊に一目惚れをしたけれども、マンガでもないんだからそれがわかるわけがない。目がハートとかそんなのはマンガなんかの世界でのことであって、現実にはそこまで露骨にわかりやすいものじゃない。そんなのがわかる世界なら、とっくに俺はトリに告白していただろう。好きとか嫌いとかがわからなかったのも事実だし、今だってまだなんとなく手探り状態だけれど、それでも俺はなんとなく自分のことを好きか嫌いかはわかるようになっていたのに。この小鳥遊湊だけは、なにがなんだかまるでわからないのだ。どうしてそこまで俺に執着するんだ。俺がトリに執着するみたいに、俺に執着している。なんだか考えれば考えるほどに怖くなって、逃げだそうとその場に立ち上がってみた。ほぼ同時に相手の影が動く。手首を引かれて座るように促されるのかと思ったら、よわよわしく俺の服の裾を握るだけだった。


「ねえ、望夢くん」

「なんだよ、離せって。服の裾が伸びる」

「……そういう謎にドライなところ、変わってないね。ぼくのこと、覚えてないけど、でも許してあげる。ぼくのこととトリを、重ね合わせていたんでしょう?そうしてぼくを傷つけないようにした。なにか間違ってる?」

「なんなんだよおまえ」

「相変わらずやさしいなあ、望夢くん。……ぼくだよ、ぼくがトリ。小鳥遊の鳥をニックネームにしようって言い出したのも、きみだったのに。でも、またこうして会えて良かったな」


勢いよく抱きついてきたトリのぬくもりに安心する。トリ、おまえ、こんなにかっこよくなっちゃって。これじゃあ俺の好みどストライクになっちゃうじゃん。それでも俺が最低だと思っていたことが回避できてよかった。雄大の幼なじみってこともちゃんとわかって良かった。なあ、トリ。会えない時間が愛を育てるって本当だったんだな。俺、おまえと会わない間、ずっとおまえのことばっかり考えていたよ。告白してみればよかったなあ、って。でも今度はチャンスを逃さないから。トリの背中をぎこちない手つきで撫でながら「好きだよ、おまえのこと。トリも湊も、どっちだって好きだよ」と、告げた。

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