第4話 視線が触れても散る火花

LGBTという言葉が一般的に知られるようになった今日この頃、ゲイバーなんてものはこう見えてそこらじゅうにある。ひっそりと目立たないように看板も何も出さない店もあれば、開けっぴろげに元気にゲイバーですと看板にも書いてあるようなところもある。さて俺がつとめているゲイバーは、もともとはゲイバーではなかったという話を店長から聞いたことがある。もともとはスナックのつもりで開いていて、そのうち店長がゲイであることから少しずつゲイが増えて、そうしていつの間にかゲイバーになったというわけだ。看板は普通に出ているし、看板には「スナック」の文字が含まれている。新宿二丁目にあるわけでもないこの店を、普通のスナックだと思って入店してくるサラリーマンも結構な比率でいる。そういうときは飲んでいるゲイもみんな気を遣って、あまり近づかないように、なおかつあまり話しかけないようにと距離を置く。絡み酒なんかもってのほかで、そういうことをしたくなってしまう客は、その日に限ってそそくさとアルコールを呷ってから帰るようになっている。ゲイかどうか知らないけれどサラリーマンの常連のひとりがそういうタイプで、自分と同じようなスーツの客を見かけると、一杯だけ呷って帰るようにしているのがわかる。絡み酒を好ましく思う客もいるし、実質ゲイバー状態とは言ってもハプニングバーの形式は取っていないために、話しかける勇気が出ない場合なんかは、絡み酒をする客が良い潤滑油になったりするらしい。そういう現場を何度か見ている。けれどもちろん、スーツを着た男性には話しかけない上に、絡み酒もしないのだ。彼なりのポリシーだろうけど。


「あらミヤちゃん、今日は足元がしっかりしてるじゃないの」

「昨日はしっかりしてなかったの?」

「そうよこの子ったら、ふわふわしちゃってオーダー間違えたりしてたんだから」

「気になる彼でもできたのー?ミヤちゃーん」

「うるっせえし黙ってろよ……」


今日の持ち場はバーカウンターで雑用とフロアスタッフの両方だ。本当ならもう一人スタッフがいて、そいつと半分ずつに分けてから仕事をするのに、そのもう一人が昨日付けで辞めるという話になってしまって、それで急遽俺がシェイカーを振ることになっているというわけだ。普段は店長の看板息子という意味で、フロアスタッフをメインにやっているのだけれど、今日はそんな悠長なことをやってられない。店長が振ったシェイカーを洗って、片付けて、グラスを拭く。ミネラルウォーターが欲しいと言われれば注ぎに行き、店長だけでシェイカーが追いつかないときには、簡単なシェイクくらいは俺がすることにもなっている。単純に一人の人間に対して与える仕事量を超えているというのに、今日ばっかりはどうにもならない。店長はさっきすでにドアにデカい張り紙をしていた。文面はこうだ。


「本日はバイトが一人飛んだためにオーダーいただいてから時間をいただく場合がございます、って書いてあったんだけど。マスターも大変だねえ」

「文字の通りだからちょっと今日はこっちにも絡んでこないでください、お客サマ」

「マスターは忙しいだろうけどミヤちゃんはそうでもないでしょ。昨日に比べて足取りがしっかりしてるし」

「ああー……うるせえ……」


ミヤっていうのが俺の源氏名だ。ホストでもキャバでもないのだから源氏名なんかいらないんだけど、俺の場合は一応身バレを警戒しているので、顔がよく似たそっくりさんということで源氏名をつかっている。かつてのご新規さまだったはずの常連さんたちは、いちいち俺が源氏名を使うことにも触れてこない。最近では大手スーパーも偽名を使った名札を使ったりしているそうなので、そういう時代の流れかと理解してくれているのかもしれない。まあ、こうやって俺がバーカウンターでグラスを磨いているのに話しかけてくる連中は、そこまで考えずに俺のことをミヤちゃんと呼んでいるだけだ。ただそこに名札があったから、その名札通りの名前を呼べば、返事もしてもらえるから。それだけの話だと思う。こういう場所に通ってくるやつって結局みんなコミュニケーションに飢えていたりとか、あるいは人間のぬくもりが恋しかったりだとか、そういうものが多い。だから絡み酒を良しとする人間がいて、絡み酒をするとわかっていながらそれに対応する人間がいたりするのだ。そういう俺も結局は寂しいからここで働いているだけなのだけれど。ゲイバレしたところで、知らんふりしていればどこでもなんでもやれただろうから。それでもここにこうして昼夜逆転気味の生活をしながら働きに来ているその理由は、同じような悩みを抱えているようなひとたちに会えるから、が一番大きい。ひとりぼっちじゃないとわかるだけで、こころは少し落ち着きを取り戻すのだ。

ミヤちゃんはツンデレだね、などと言いながら客がそれぞれ散っていく。ちらりと視線を動かしてやれば、どこかで見た雰囲気を持つマッチョな男性がこちらを見ているようで、つい俺も吸い込まれるようにそっちを見てしまった。目が合う。視線が絡む。これはいけないとわかっているのに、視線をそらすことができない。吸い込まれて吸い込まれて、なにもなくなってしまいそうになる。消えてしまいそうになる。あのひと、どこかで見たような気がするんだよな。フロアスタッフとしての知識を総動員しながら、いつもその席に座っている客を思い出そうとしてみる。スナックという名のゲイバーだから、大体みんな同じ席に座ることを好んでいる。大人の幼稚園みたいなもんだ。新規客が来て自分たちの特等席をとられてしまったときなんかは、フロアスタッフという立場で見ている限りでは、ものすごくおもしろくてどうしようもなくなる。悪い意味ではなく、良い意味で。迷子になった子猫のようにきょときょととして席を探しているから、そうなったら俺が笑いをこらえて案内してやる。


「足が落ち着いてないってどういうことだよ」

「そのままの意味よ」

「昨日だってちゃんと来て仕事しましたー」


カウンターにもたれ掛かるようにして絡んでくる常連に対して、悪態をつきながらドリンクを出す。話しかけて欲しそうだったから、角の席に座って、壁に背中を預けてこちらを見ているそのひとからゆっくりと目をそらし、カウンターに居座る理性あるモンスターたちに向き直ってやる。角の席のひと、どこかで見たことあったけど、ここだったのかな。角を特等席にするひとなんか少ないはずだから、俺だって覚えてていいはずなんだけど。フロアスタッフとして勤務時間だけは長いはずなのに、こんなにハンサムなひとを忘れているなんてことがあって良いものだろうか。良いとか悪いとかじゃなくて、そんなことってあるんだろうかと心配になってしまう。自分の脳みそを心配してしまう。いつもだったらもっと念入りに客をチェックして、そうして自分の好みがいないかと確認するのに。どうしてこのひとのことをインプットしていなかったんだろう。ていうか、前からいたか?あの席、そんなに常連になるようなひと座ってたか?ときどきちらりちらりと視線をよこした男性は、まるで急に興味を失ったかのようにこちらに視線をよこすのをやめて、店長が作ったドリンクに口をつけている。伏し目がちだからか、顔が一切よく見えない。思い出せないまま諦めてカウンターの中の雑用にとりかかる。


「ミヤ、これも拭いといて」

「はい店長……あの、あそこのテーブル席の方って、常連の方ですか?」


フロアスタッフとしては一番大事な常連さまの顔を覚えなきゃならないのに、あのテーブルのお客様だけを思い出せなくなっているなんてあっていいことじゃない。ちゃんと覚えなきゃと思ってグラスを磨きながら店長に聞いてみた。ちょっと小声で。ご本人に聞こえてはならないので、かなり小声で。なんか座っている姿がどことなく、小鳥遊さんににて見えてきている。そんなことがあるはずがないのに、小鳥遊さんがこんなところにいるわけがないのに、それなのに小鳥遊さんであればいいなあ、と思ってしまう自分がいる。店長はカクテルを作りながらカウンターにいる常連と話しをしているので、俺の質問は後回しになる。

カランコロンカシャカシャとシェイカーを振る音、それから常連同士がひそやかに話す声。店内にはそれくらいしかないのに、俺はどうしてもあの席の常連さんらしきひとから目が離せなくなってしまった。お客様をあまりじろじろと見るなとフロアスタッフとして雇用された当時に一番強く言われたことばなのに、今はあのお客様をひたすらじろじろ見てしまっている。さっき何回か目線が合った気がするのだ。だから、粘り強く見続ければもう一度視線が噛み合うかもしれないから。そんな一縷の望みを託すように、じっとじっと見続ける。ピーク時間帯はなんとかやりすごせたから、今度の俺の仕事はフロアスタッフだ。具合が悪くなりそうなお客様に飲むペースを抑えるように提案したり、カクテルをごくごくと飲み干してしまったお客様にはチェイサーを飲むように伝えたり、普通のゲイバーとは成り立ちも存在も違うこの店では、フロアスタッフの仕事も山のようにある。


「ミヤちゃーん、こっちきて飲みましょうよ」


常連客の呼び声が耳に届くと同時に、チリッとうなじのあたりが焼けるような感覚がして、慌てて後ろを振り返った。誰もいない。酔っ払った客が俺に絡んできているのかと思ったけれど、今日の絡み酒おじさんは元気に、最近来てくれるようになったトランスジェンダーのお一人様に絡んでいる。相手も相手で楽しそうなので、これを妨害するのはやめておく。客の管理をするのもフロアスタッフの大事な仕事だけれど、同じくらいにはこの「空気を読む」ということも重要な仕事である。本当に困っているお客様と、困っているふりをして周りの誰かを引きつけようとするお客様、どちらも大事なお客様だから、うちでは平等に対応をしていくようにしている。これがうちのルールである。


「俺は今仕事中なんですけどー」

「ミヤ、堅いこと言ってないで飲んでこい」

「おごってくれますかー?」

「いいわよー、奢ってあげる」

「じゃあ店長、少しだけいいですか」


少しと言わずたくさん高い酒飲んでこい、と店長が耳元でささやく。バチン、とどこかで薪が爆ぜるような音がして、なにか火花のようなものが視界に入った。火花なんてこんな室内であり得るはずがないのに、確かに今のは火花だった。誰かがマッチでたばこに火をつけた?それはないだろう、うちの店の防火設備が反応してしまうかもしれない。こういうところに用心深さを発揮する店長は、最先端で感度良好な火災報知器やスプリンクラーを導入しているから、マッチを使うのは基本的に禁止になっている。どうしてもマッチを使いたい場合は、フロアスタッフ同席のもとでやってもらうことになっている。俺だって消防の研修を受けているから、すぐに消火活動に移ることができるようになっている。フロアスタッフって俺だからさ、実際のところ。

俺を呼んだテーブルに着くと、好きなものを飲んで良いと言われて、そのまま客用のふかふかの椅子に腰掛ける。昨日からいろんなことがありすぎて、なんだかどっと疲れたような気がする。寝ちゃおうかな。店長だってそれくらいじゃ怒らないし、この常連さんは以前まだこの店に不慣れだった俺が寝てしまったらそれをプラスに捉えてくれて、心を許してくれたんだとかなんとか喜びまくってくれていた。いい人たちなんだと思う。基本的にはいいひとたちなんだと思う。けれどもちょっとその、自分たちが俺を寝かしつけてやったんだ、みたいなマウントの取り方はどうなのかなと思ってしまうわけで。ことばを選ばずに汚い言葉だけでいえば、俺でマウントを取るのをやめろ、ってことなんだけど。眠いから寝ちゃおうかな。くあ、と一つあくびをしてからそのままゆっくりと背中をクッションに預けていく。ふわ、ふわ、ずぶ、ずぶ。ゆっくりクッションが俺の背中の形にフィットしていく。それがまた心地よくてたまらない。


「ちょっとちょっとミヤちゃん、聞きたいことがあるんだからまだ寝ないでよ」

「そうだぞ、ちゃんと起きてろよ」


うるせえな知らねえよ。おまえらの聞きたいことって絶対たいしたものじゃないってこと、俺はこれまでの経験則から知ってるんだからな。どうしても聞きたいならさっさと言いなさいよ。こっちはこれから閉店までフロアとカウンターを行き来して、それぞれに与えられた任務を片付けなきゃいけないんだから。心の中で毒を振りまきながら、なあに、と愛想よく振る舞ってやる。相手は客、相手は客、相手はお金。いろいろと心の中で自分に言い聞かせるけれども、それも残念ながらうまくいかない。顔は引きつっているかもしれない。

ところで聞きたいことって一体何なんだろう。先にそれを教えてくれないと、俺だってどうにもならなくなってしまう。最近の生活の様子?それならここに常連レベルで通い詰めている雄大に聞くのが一番良いだろう。マッチングアプリの次にワンナイトの相手を探すのはここだと言うから、そのうちまた来るだろうし。雄大とルームシェアをしていることくらいはこのレベルの常連さんだったら知っているだろう。雄大とも面識があるだろうし。

そんなことを考えていたら、する、と太もものあたりに手のひらがぬくもりを伴ってやってきた。あーあー、お触りは禁止ですよ。言われなきゃわかんないのかなあ。大きめにため息を吐き出しながらゆっくりとその手に指を絡めて、テーブルの上に持ち上げてやる。こうするとみんなはファンサービスをされたと勘違いして、すごくおとなしくなってくれるから楽で良い。イヤな考え方だなと店長に言われたけれど、おとなしくなってくれて、罪を認めてくれて、ここだけのおふざけとして認識してもらうにはちょうど良いのだ。社会に出てやってしまったら一発アウト、更正のチャンスなんか与えられない。ま、みんないい大人だし、わかってると思うんだけど。一応、一応ね。アリバイとして注意しましたよというのがあるのと無いのでは、やっぱりこっちも受けるダメージが違うからね。そもそもここ、ホストクラブでもキャバクラでもなんでもないんだけど。どうして俺がご奉仕しなきゃなんねえんだよ。

「さっき、ものすごい真剣にあそこの隅のお客さんを見ていたみたいだけど、あの彼はミヤちゃんの知り合いだったりするの?」

ド直球で聞いてきた、女性なまりのことばを使うお客様。ああそっか、そっちから見ても俺の視線はバレバレだったんだ。なにしろ誰かを好きになるなんてことは今までほとんど無かったに等しいから、何をどうやっていいのかわからないでいる気がしている。そりゃあ付き合ったこともセックスもしたことがあるから、どうやって関係性を作り上げるかは熟知しているけれども。雄大も言っていたけれど、そういうのってどうも俺、やったことがないのだ。今まで付き合って来たひとは、みんなみんな向こうから告白をしてきてくれたから、俺はそれに流されるだけでよかった。だからなにも考えずに、たまにデートプランを考えて、デートの道中では楽しませることだけを考えているだけでよかった。相手が求めるかわいい「望夢くん」でいれば、それでよかったんだから。

恋愛なんかチョロいチョロいと思っていたその俺が、今ではこうして四苦八苦しながらアプローチをしている。そもそもあの隅の男性だって、小鳥遊さんに雰囲気が似ているだけの別人だろうし。バイセクシャルのひとってどこに属しても肩身が狭いから、こういうゲイバーみたいに一属性だけが集合する空間にはよってこないって話だったんだけど。先に雄大からバイセクって話を聞いてしまったのは悪いと思っているけれど、それでも小鳥遊さんはここには来ないと思う。真面目そうだし、しっかりしていそうだし、雄大の幼なじみってことは、それなりの企業に勤めてそれなりに給料をもらっているんだろうなというのもわかるし。そういう大きな会社に勤めているひとは、うちの店よりも高級な店に行って飲んでいるに違いない。こんなところに来なくてももっといいところがありますよ。自分の職場だし、俺が生きるための生命線でしかないのに、小鳥遊さんがここに来るのは違うだろうと思ってしまう。ていうか、違うんだよ。違う。絶対に違う。

いや、でも。でも、だ。夢ばかり見てはいられない。バイセクってことは、ときどきは男を引っかけて遊びたいという習性があるはず。普段はどんなにきれいな女の子と遊んでいても満たされ切らずに、男に手を出すひとが多いという。じゃあなんだよ、こんなところに小鳥遊さんがいたら、俺はどうしたらいいんだよ。聞かれた質問なんかまるっと放り投げて、柔らかいクッションに全体重を預けきりながら、自分がするべき行動について考える。まずは告白から始まるのかな。あなたに一目惚れしました、付き合ってください。それもおかしい気がするだろうし、かと言ってその定番をスルーしてしまったら、幼なじみの大親友というステータスのままで仲良く距離を詰めていくしかない。そんなにじりじりとした恋愛ごっこみたいなことを、この歳で俺ができるだろうか。

やろうと思えばできなくもないだろう。そもそも告白だってしたことがないんだから、告白以外のことだってすべてが初体験になってしまう。ああ、下品な話だけど、後ろだけはどうやってももう初体験にはならないです。いろんなひとに抱かれちゃってるから、その辺はなんとなく目をつぶってもらえるようにお願いしないとならない。角のお客様が、店長になにか合図をしている。フロアスタッフの俺が代わりに行くべきだろう、店長はカクテルを作っているから、なかなか手が離せないだろうし。すくっと立ち上がってクッションを置き直して、完璧なミヤちゃんスマイルをみせて、立ち上がろうとする。手を引かれる。痛ってえな、このクソ。悪態をつくのも心の中でとどめておいて、視線だけで自分の手首の状況を探る。朝念入りに雄大に巻いてもらった包帯が、若干緩んできている。ちら、とワイシャツの隙間から包帯が見えてしまった。店長を見る。カクテルを提供し終わったのか、流れるような動作でカウンターから出てきて、角のお客様のところに向かった。あーあ、俺はやんややんやとうるさい蜂の巣みたいな席に逆戻り。こうなったら高い酒でも飲んでやろうかな。ばふん、と、力が強めなお客様のおかげでクッションに座って、さあ何かが始まろうとしているんだろう、先ほどまで穏やかだったお客様たちの表情がぐっと怖いものになってしまって、こちらは思わず冷や汗をかいてしまった。その瞬間、角のお客様と小鳥遊さんのことだけが頭にちらついて、頭は真っ白だ。聞かれることなんかもうわかりきっている。この手首のあざができた理由でも聞かれるんだろう。

そういえば俺はこのひとたちに、彼氏ができたことを報告してしまっている。優しくてムキムキマッチョで、とかって惚気たのだ。だってその当時はこんなことになると思わなかったから。またDVでも疑われるのだろうかと考えると、それだけで気分が憂鬱になってしまう。その憂鬱をこの人たちに話したところで、なにか変わるんだろうか。なにも変わらないよなあ。何も変わらないけれど、でも、話せばちょっと気分が晴れるかもしれない。告白されてちゃんと好きになることができたひとだったのに、最終的にはノンケだったという大きな壁を立てられて、俺の気持ちなんか何も知らないみたいな態度を取られて。ノンケでも俺のことを好きだったじゃん。ノンケでもゲイと付き合ってる人だっているんだよ。そういうことを積み上げてやりたかったのに、それ以上に「行為で失敗した」「ノンケだったから付き合えない」なんて言われてしまったら、俺はもう引き下がることしかできなかったのに。それなのに、去り際は俺の手首を、こんなあざになるまでつかんだりして。何が何だったのかもわからない。こういうモヤモヤを、今日はこの人たちにぶつけてしまおう。相手は俺よりも何年も先を生きている、人生の先輩たちだ。今日は優しさに甘えてしまおう。

あのね、このアザはね。付き合ってた彼氏と別れるときに、手を捕まれてできたアザなんだよ。酒が回ってどこか子どもっぽい話し方をする自分を、遠くから見つめている気分だ。

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