第19話

エルフの国は脅威に晒されることなく平穏無事に過ごしている。これは大切なことでありがたいことだ。

しかし、国は落ち着いているのに、エルの心は乱されている。

ヒューと想いを通じ合った。お互いに想い合っていることがわかった。幸せだ。幸せだが、もっと大事なことがある。

あれから、二人の関係は先に進めていなかった。

夜は同じベッドで抱き合ってり、時には口付け合うこともあった。ヒューからしてくれることもあった。しかしそれ以上先に進めない。ヒューに止められて終わることの繰り返しだった。

まだエルフでいえば幼子の年のヒューに手を出す罪悪感がないわけではない。しかしヒューは人間の成人をはるかに超えた年だそうだ。驚くエルやエルフ達にヒューは少し拗ねてしまう。子供扱いをされて不快になる気持ちは嫌と言うほどわかる。

成人しているのならもういいだろう。

ある時、自ら薄布を取り払って裸になったエルはヒューに襲いかかった。エルの限界はとっくに超えてしまっていた。

「ほんとに僕のこと、好きなの!?」

「ど、どうしたんだ、エル」

「どうしたじゃなくて!僕、ヒューともっとしたいのに、どうしてさせてくれないの?僕としたくないの?したくないわけないでしょ、こんなにして!」

「お"…エル、待…したくないわけ、ない。待って、くれ………いい、のか?」

エルはヒューのヒューを取り出して息を呑んだ。大きいと思っていたヒューはそれは、それは立派なご立派だった。ヒューの目はギラギラと光っている。全裸でヒューを握りしめていたエルはごくりと恐怖で唾を飲んだ。しかし、ここで引いてはまたいつもと同じだ。

「いいよ」

エルは頷いて微笑んだ。きっと怯えた姿を見せてはヒューはこれ以上何もしてくれないしさせてくれない。

ヒューの喉がゴクリと鳴った。エルにははっきり聞こえたし、さっきよりも一層瞳をギラつかせてエルに被さってきた。ヒューの瞳は本人以上にヒュー自身を雄弁に語る。

「あっ…あのね、ヒュー、僕がね、ヒューにするっていうか、どうする?入れる?僕がヒューに入れる?」

「いや。入れられる想定は一切してない」

「えっ…あっ、そ、そうなんだ…」

ここまで焦らしておいてなぜその想定を一切していないのか。他の想定は沢山していたというのか。

このご立派を受け入れたらエルはどうなってしまうのだろうか。入るのだろうか。なんとか今から、入れる方にさせていただけないだろうか。

しかしエルは覚悟を決めた。ヒューのご立派に怯んでしまったが、もう怖がらない。怖がったらヒューが止めてしまうとエルはぐっと腹に力を込める。

想いを通じ合ってから2年の月日が流れていた。エルはどうしても、ヒューと一つに重なりたかった。

結果、ヒューは止まらなかった。やっぱりヒューの立派さが怖かったし『もう駄目』『もう無理』と懇願したが『すまない』と謝りながら『もう少し』『あと一回』と一向に止まってくれる気配はなかった。結局意識を飛ばしたエルが気づいた時には朝だった。ヒューはしょんぼりと落ち込んでエルの隣に座っていた。

『無理をさせた…すまん』

謝るヒューに、ボロボロのエルは『平気だから、またしよう』と約束をした。

これがいけなかった。ヒューは連日のようにエルを求めた。

ヒューとしたい、ひとつになりたいと願っていたエルだが、願いが想定以上に叶ってしまった。気持ちが良くて幸せだが、元気で立派なヒューに毎回エルは限界まで攻め立てられた。

(あんなに渋ってたのは、なんだったの…?)

もしやもて余す性欲をエルにぶつけすぎないようにするためだろうか。元気なのはヒューの方が若いからだろうか。ヒューから見たら遥かに年上のエルに気を使ってくれたのだろうか。とにかくヒューは元気だしとてもお上手だった。

ここでひとつ疑問が浮かぶ。

このテクニックはもしや誰かに仕込まれたものなのだろうか。

「もしかして、ヒューって、経験豊富、なの?」

「いや。エルが初めてだ。エルは、その…経験が、あるのか?」

事後にエルはヒューに問いかけた。どうやらヒューはエルが初めてらしい。やっとエルは行為の後に話ができるくらいには体力がついた。少し慣れたのかもしれない。息も絶え絶えだが。

「うぅん。ヒューが初めてだけど…すごいね、初めてなのに、上手だね」

「そうか?」

「うん。あのね、なんて、言ったらいいんだろ…とにかくね、すごいの」

エルはヒューに甘えながら呟く。初めてだと言うのが信じられないくらい、ヒューは上手だとエルは思う。比べる相手がいないが、エルは感心していた。

「そ、そうなのか。すごいのか。ちゃんと、その、気持ちいいか?」

「ぶふぅっ!も〜、見てたらわかるでしょ?毎回すごく気持ちよくて、すごいの!朝辛いくらいで…」

「そうか…すごいのか…」

ヒューの瞳がまたギラついている。

ヒューの瞳は本人の心情を雄弁に語る。

「ヒュー?まって、もう、いっぱいしたでしょ?ヒュー?聞いてる?」

「エル…♡」

「ちょ、だめ、だめだってば…あーっ♡」

その日もエルは意識を飛ばしたのだった。



益々仲睦まじく過ごすようになったエルとヒューだが、寿命については何も解決策が見つからないままだった。

当然ながら、寿命を延ばす術はない。ドクや年嵩のエルフに聞いてみてもそんな方法はないと言われた。そんな方法があればもっと広まっているはずだとドクは言っていた。

「寿命が伸びるなら俺だってやりたいよ。もう少し若い頃のまま、素敵な彼氏と堂々と外を歩けるような時代まで生きたい。そう、ヒューと一緒に…♡」

「絶対ダメだよ」

ドクの言葉はどこまで本気なのか。わからないが、やはりヒューの寿命をエルフと同じくらいまで延ばすなんてことはできない。

いずれくるヒューとの別れに怯えたまま過ごしたくない。昨日よりももっと幸せに、ヒューと過ごしたい。

先々代の王は愛する人間の王の後を追うように亡くなった。エルもそうなるかもしれない。そうなっても構わない。その時のためにも、次代へしっかりバトンを渡すために今エルは、自分の責務を果たす。




そうして過ごす日々が、もう数十年が経過した。

ホスは大分前にその役目を終えて天に旅立った。ルフとチルの元にいたクリとの間に何頭かの子孫を残していた。今はその子孫達が活躍してくれている。クリも、ホスの数年後に眠りについた。

ヒューがルエと共に子孫の馬を駆けてエルフの国に連れて来たチルは、何度も不安を口にしていた。

「ルフが、元気がない気がするんです」

様子を見に行ったヒューも、ルフとチルが遊びに行くドクやリゴ達も変化がわからないと言っていた。憎まれ口もいつも通り。

しかしヒューと共に出かけたエルフは気づいた。

以前ヒューと一緒に向かった時よりもルフに近づける。

ルエが確認のためにヒューと共に向かった。確かに、以前行った時よりも小屋に近い場所で体が痛くなったという。ルフのダークエルフとしての力が弱まっているのか。気になったエルもヒューと共にルフの小屋に立ち寄った。ルフの小屋は目視できるところまで近づけた。

エルはエルフの国に戻ってからというもの、ダークエルフがエルフに戻る方法を探していた。ルフがエルフに戻れるように。それが無理でも、エルフとダークエルフが共存できる方法を。しかしエルフの国のエルフ達にも、博識なドクにも、誰にも元に戻す方法がわからなかった。

いつしかルフは『もういい』と言うようになった。

もうエルフに戻ることは諦めた。隣にチルがいればいい。たまに林檎を持ってきてくれ。それ以上は望まないと言った。今の状態は共存していると言える。もう十分だ、と。

もっと望んで欲しかった。

エルがルフ達の小屋に近づけた頃、ルフは横になることが増えていたそうだ。ヒューは何度も足を運んでルフの様子を見てくれた。

共に出向くエルフがついに小屋の外まで近づけるまでになった。ルフは横になったまま、起き上がることもなくなってしまっていた。エルは開け放たれた扉の外でルフと話をした。

「チル、を、エルフの国、に、連れてって、やって、くれないか」

掠れた声で話すルフに、聞き逃さないように耳を傾ける。

「チルを…こいつ、ひとり、さみしい、から」

「何言ってるの、ルフ。僕、ここにいるよ。ルフといる。ずっといる。だから、一人にしないで。ね?」

チルは毎日泣いていた。ヒューはチルの背中を撫でる。

ここまでエルフが近づけるのだから、エルフの国へ行こうと提案したが、ルフは首を縦に振らなかった。ここでチルと二人でいたいというのがルフの願いだった。

エルはしっかりとルフに答えた。

「わかった。エルフの国の王として、約束する。チルは大切にエルフの国で預かる。でもそれは、今じゃない。1日でも長く、ルフは元気でいて。チルを泣かせないであげて」

ルフは笑った。

エルは背中を向けた。

声は震えていなかっただろうか。ちゃんとエルフの国の王としての姿をルフに見せられただろうか。エルがしっかりしていないと、きっとチルを預けることに不安を感じてしまう。誰よりも何よりも大切なチルを、ルフはエルフの国に任せようとしている。国王であるエルはきちんとした姿を見せたかった。

ルフとチルがエルフの森の外れの小屋で暮らすようになってから、チルは何度もエルフ国に訪れた。ルフがチルに行ってきてほしいと頼んでいたそうだ。故郷のエルフの国の現状や様子が知りたいと言っていたらしい。何度もエルフの国に来たチルは、エルフの顔見知りも増えた。もしかしたらルフは予見していたのかもしれない。

それから間もなく、エルはルフの小屋に足を踏み入れた。すぐ真横に立っても体に痛みは走らない。ルフももうなにも感じないようだ。小屋の外にはここに来れるすべてのエルフが集まっていた。

「エル、さま…かっけぇ。ちゃんと、おうさま、だね」

「ん…僕ね、王様、頑張ってるよ」

「はは…チル、大切に、してやって。こいつ、泣き虫、だから…チル、あり、がと、今、まで」

「ルフ…お願い、いかないで、やだよ、ルフ、お願い、だか、ら」

「チル、好きだ。愛、してる。ずっと…」

ルフは優しくチルに微笑んだ。ルフのこんな表情は初めて見る。ルフも成人を超えて、名実共に大人になった。

ルフのチルの頬を撫でていた手はぱたりとベッドに落ちた。チルのルフを呼ぶ悲鳴のような鳴き声に、エルフ達のすすり泣く声も重なった。悲しみに包まれたその場で全員がうごけなかった。

ルフは天に昇ってしまった。

ダークエルフになったことで寿命が短くなったのか。原因はわからない。エルフ達はルフの体を大切にエルフの国に運んだ。チルのことはヒューが抱えてエルフの国まで連れて行った。

ルフの望みの通り、エルフの国でチルに過ごしてもらえるように家を準備していた。悲しみに暮れるチルを、ヒューや、エルを含めたエルフ達で世話をした。ルフの体はエルフの国の埋葬地に埋められた。

「ずっと、帰りたがってたんです。エルフの人達と近づけるようになって、ここに来ようって言ったんですけど、でも、エルフの国にきたら、もっと辛いからって…この体でエルフの国に行くのは、余計に、きついって…」

チルはルフを心から愛してくれていた。チルを見ていればわかる。今チルはルフを思って悲しみの中にいる。エルはルフを想って涙を流すエルフ達に宣言した。

「チルを丁重にもてなし、このエルフの国で大切に保護する。彼はルフの最期まで傍にいてくれた。同胞であるルフを何より大切に扱ってくれた。彼に敬意を評して、また、ルフの意思を尊重して、チルをエルフと同等に扱う。人間だからといった差別は許さない」

エルはきっぱりと言い切った。チルは孤独なルフに寄り添って傍にいてくれた。もしもエルフの国を出て暮らしたいといえば、チルの意思を何より尊重する。しかし、チルが悲しみで動けない今は、エルフの国でゆっくり心を癒してほしい。

戸惑うエルフもいたが、賛同のほうが多かった。まだ幼いルフを心配していたエルフがたくさんいた。彼らはチルに感謝を告げて丁重にもてなした。ルフもまた、エルフ達に愛され大切にされていた。

少しずつチルも外に出る時間が増えた。まだまだ泣いている日の方が多いが、エルフの国をゆっくりと周って歩いている。

「ここは、ルフがよく落書きをしていました。この変な絵はルフのものです。何度言ってもやめなくて…」

「ふふ…ルフらしいですね…ルエさんのこと、怖いけど、本当は優しいって言ってました。ラクガキ消さないで残してくれてるんだって…これ、なんですね。本当に、残って…」

ルエは涙を滲ませて、チルは泣いていた。隣でエルも、涙が止まらなかった。愛おしそうにラクガキに触れるチルに、ルフの傍にいたのがチルで本当に良かったとエルは思った。

「やはり…遺して逝くのは、辛いな」

隣でヒューが、ぽつりと呟いた。




ルフの葬儀から、また年月が経った。チルはエルフの国に留まってくれた。

「僕は行くところがないので…ルフの眠るこの場所にいたいです」

チルは子供達にとても慕われていた。奴隷だった頃、下の子の面倒をみるのも僕の仕事だったからと笑っていた。辛かったその時代を笑えるようになったのはルフと出会えたからだ、とも。

同じ人間であるヒューとチルはとても親しくしていた。お互い同族である二人が仲良くしてくれて、エルはほっとした。チルもエルフの国で過ごすことになり不安があったようだが、ヒューがいて良かったと話していた。ヒューもやはり、同族がいることは心強いようだ。

そんな二人はやはりエルフに比べてかなり早く年を取っていく。見た目はどんどん変わっていった。

ルフの死から、ヒューが『遺していくのが不安だ』と口にすることが増えた。ルフはチルに、長く生きてくれと言い遺していたそうだ。後を追うようなことはしないで、チルはチルの時間を生きてほしい、と。チルはその言葉を胸に刻んで生きていた。

ヒューは何も言わない。ヒューはエルに強制するような言葉は言わない。ただ、ヒューもルフと同じように考えているのだろうとエルは思う。後を追うようなことはせず、エルの時間を生きてほしいと。

それは無理だとエルは思う。ヒューのいない世界なんて考えられない。

ルフを否定しない。

ルフを想って生きるチルも、立派で素晴らしい。悲しみを癒して子供達と過ごすチルの表情は穏やかで、穏やかに笑ってくれるようになって嬉しく思う。生きていてほしいというルフの願いは間違いじゃない。むしろ正しく、尊重されるべき願いだ。

ただエルは、ヒューのいない世界では生きられない。さみしくて悲しくて、生きている自分が想像できない。

ヒューの死後には触れないまま時を過ごした。ヒューはもちろん、チルも増々姿が変わっていった。筋力の落ちたヒューとは街へ行けなくなった。チルも、馬に乗って街に行くには体が辛いのだと言って行けなくなっていた。

ある時エルはヒュー抜きで数人のエルフと共に街に向かった。ヒューはとても心配していたが、エルは見知った街なので無事に行って帰れるとヒューを説得して出かけた。

しかし、酒に酔った人間に襲われた。珍しいエルフをどこかに売ると言っていた。エル達は散り散りに逃げて全員が無事にリゴの娘の宿屋に合流し、そのままエルフの国に帰った。街へ行くのにヒューの存在は大きかった。強く逞しいヒューがいたから、エル達は襲われずに済んでいたのだ。

エルはしばらく街に行くことはやめようと決めた。エルフ達に危険があってはいけない。

そして合流したリゴの娘の宿屋で驚いた。リゴが天へと旅立っていた。大往生だったそうだ。リゴの娘もだいぶ年を取り、孫がいた。またヒューやチルに会いたいというリゴの娘に、エルは曖昧に笑ってその場を去った。

ヒューの剣を振るう力は落ちている。もう街には行けないかもしれない。

「エルは本当に、変わらないのねぇ」

リゴの娘の言葉に、エルは笑顔を貼り付けて頷くことしかできなかった。

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