第17話

村でも騎士団でも『自分達の為に死ね』と言われているようなものだった。必要とされているけれどそれは捨て駒としてだった。それに縋らねばならないほど、ヒューは孤独で生きる意味がなかった。

今はヒューの力が必要だと言ってくれている。

腕に重みを感じて見ると、エルがヒューにしがみついて泣いていた。

「お願い、ヒュー。ここにいて。少しの間でいいから、もう少しだけ、傍にいて。僕たちを助けて」

ヒューはエルを抱きしめた。誰よりも、エルがヒューを必要としてくれている。エルフの国を出る理由はもうなくなった。まだしばらくは、死に場所を求めるような真似はしたくない。

「エル、様。ありがとう、ござい、ます」

「ふふっ…ヒューにエル様って言われるの、なんか、変」

エルは泣きながら笑った。ヘラっと気の抜けた笑顔を、ヒューはずっと見ていたいし、ずっと守りたいと思った。

歓迎だけではなく、側近のエルフ達の戸惑いも感じた。ルエ以外の側近は顔を見合わせて、それでもヒューに笑顔を向けようとしてくれている。ヒューはそれを制した。

「あの…無理に、受け入れなくて大丈夫です。俺が怖ければ近づかなくていい。俺も、近づかない。触ってほしくない場所は触らない。直してほしくないところも触れない。俺はここで、エルの傍にいたい。役に立ちたい。でもあなた方に無理をしてほしくない。俺も、俺を嫌っている相手から無理に付き合ってほしくない」

本音を伝え過ぎかと思ったが、今後この国で過ごすのであれば大切なことだとヒューは思った。ヒューの全てを受け入れてくれなくていい。共存していくならお互いに適切な距離が必要だと思う。

ヒューはこの国で自らの力を発揮したい。必要としてくれる、エルの傍にいたい。

「それなら…こちらこそ」

「正直、あなたを見るとあの日を思い出して、辛い。なるべく、傍に寄らないようにさせてほしい」

「私も人間とはあまり、関わりたくない」

「一つお聞きしたい。エル様をさらったあの日、あなたはなんと言っていたのですか?」

側近達はそれぞれに意見を出してくれた。年若い男性の側近の問いにヒューは答える。

「この子供は…あ、エル様は、必ず返す、と」

その前はついてこいと煽ったはずだ。少しでも森に誘導して逃がすため。彼はあの時エルを追ってきたエルフの一人だったようだ。なぜ騎士団の中にいてエルを囮にした上で助けたのか聞かれ、ヒューは正直に答える。

偶然エルが襲われている場面に出くわした。エルを助けたら他のエルフ達がエルに手を伸ばしていたのでエルを囮にした。小さくて軽いしエル一人なら連れ去っても救えるとも思った。

王からの命令でここに来たが、無抵抗なエルフを一方的に蹂躙する行為に疑問を感じた。だからエルフに手をかけず、ヒューはこの国を去った。きっと抵抗されていたら、他の騎士団と同じことをした。エルフ達に戦意も敵意もなかったことが、ヒューに武器を取らせなかった理由だ。

「あの時、そんなことを…エル様を助けたいと追いかけて、力が付きて木陰で動けなくなりました。気づけば人間達はこの場からいなくなっていて…」

「あなたが助かってくれて、良かった」

一人でも多くのエルフが救えたのなら良かったと、ヒューは心から思った。男性のエルフは顔を両手で覆って崩折れた。

「私の命が今ここにあるのはあなたのお陰です」

礼を言う彼を他のエルフが支えた。色んな考えのエルフがいる。本音で話ができて良かった。

ヒューは少し肩が軽くなった気がした。





「ヒュー様!いっしょにあそぼー!」

「ひゅーしゃま〜!」

「後でな。あっちの壁を直してからだ」

「ヒュー様。後で家にも寄ってって」

「あぁ、わかった」

あれから5年。ヒューはまだエルフの国にいた。エルフの国を修繕しルフの様子を見に行き、ヒューは中々に忙しい日々を送っている。新しい命も産まれて、子供たちを皆で育てている。エルフ達は見た目に反して強く逞しかった。

変わらずにヒューを遠巻きにしているエルフもいる。接し方がわかれば付かず離れずの距離でいられた。

「ヒューったら。大人気ですねぇ?」

そんな中、距離感のないエルはヒューにぴったりとくっついてついてくる。

「まだ城で仕事があるんじゃないのか?」

「やだ!ヒューといるもん!ルエがね、うるさいんだもん。僕建築なんか興味ないのにね、無理矢理…」

「エル。なにが無理矢理ですか」

冷たい声に振り返ると、ルエが静かに怒りを燃やしてそこにいた。彼の怒りはダークエルフにならない程度の怒りだ。だが、十分怖い。

「だっ、て、む、無理矢理、」

「無理矢理厳しくしなければならないのはあなたに集中力がないからです。行きますよ」

「ルエさん、人参を…」

「結構です。後ほどいただきます」

「んぁああっ!ヒュぅう〜」

「頑張れ、エル」

ルエはエルを引きずって城へ戻っていった。こんな光景も見慣れるくらいには時間が過ぎたのだと感じる。

ヒューは時々リゴ達が住む街を訪れた訪ねた。エルフの国にはないものを騎士団時代の貯蓄から買う。時にはその場で力仕事をして稼ぐこともあった。初めて訪れた時にリゴの娘の腹にいた子供はもう五歳になって口も達者になり、果樹園を走り回っているそうだ。エルフの子も人間の子も、とても成長が早いと感じる。

時にはエルやチルとルフを伴って来ることもあった。歓迎してくれたし、特にチルとルフを連れて行くとリゴ達は大変丁寧なもてなしをしてくれた。まだ幼い二人を、リゴとその娘はは手厚く扱ってくれているようだ。

中でもドクは毎回大歓迎でヒューを迎えてくれる。

『ヒュー!逢いたかったよ、僕の筋肉!』

毎回抱きつこうとしてくるが、エルが嫌がるので拒否していた。

『ちょっとだけ大胸筋舐めていい?』

いいわけがない。拒否していた。

ドクは医者であるだけあって博識だった。エルフの国の先々代の頃の人間の国について聞くと、ドクは本を取り出して答えてくれた。

「その頃に、王が討たれた記述がある。心優しい王様だったみたいだね。国民には慕われたみたいだけど、優しさに漬け込まれたのかねぇ。こういう王は、遅かれ早かれ討たれるよね…この王は変態王と血縁関係にない。ちなみに今の王も血縁関係にないよ。この前即位した新王は、元々変態王に反感を抱いていた宰相だ。今回の事件のだいぶ前から謀反を企ててたんだそうだよ。これ幸いと宰相が王座におさまったわけだ。人間の王なんてそんなもんで、王族の血が脈々と続くなんてあんまりないよ」

ヒューは難しい話は苦手だが、ドクの話はすっと脳に入ってきた。今の王様は前王の頃の宰相で、呪い師の暴走で騎士団同士が打ち合っている混乱のさなかに家臣たちと逃げ出した。城に戻って死んでいる前王をいいことに現王として即位したらしい。

「ま、誰が王様になったって俺の生活は変わんないけどね。あ〜彼氏欲しい」

「他の街に行けば出会いもあるんじゃないか?」

相変わらずドクは暇そうにしている。ここにはあまり患者が来ない。特に男性は敬遠しているらしい。この場にこだわらなくてもいいんじゃないかと思うのだが、ドクは笑って答えた。

「住み慣れてるからね、ここ。離れる気は、ないんだよね…たまにヒューみたいな眼福も来るしねっ☆」

どこか淋しげだったドクだが、最後はおちゃらけて言う。ヒューはそうか、と返事をするに留めた。ドクがここにいる理由が何かある。いつかドクにも愛しい相手が見つかるといいと願った。




エルフの国にはチルが遊びに来ることもあった。ヒューと手の空いているエルフで迎えに行き、ホスに乗せてエルフの国に連れて行く。チルは様々な場所を見て喜び、ルフへの土産を増やしていく。

「ルフが、僕の話を嬉しそうに聞いてくれるんです。エルフの国で何を見たのか、誰がどんなことをしてくれたか…ルフは本当は、ここに帰りたいんです。せめて、僕が代わりに、エルフの国を感じて…ルフに、教えてあげたいんです」

きっと僕が感じたこと、ルフにはわかるから。

微笑むチルに、ヒューは頷いた。ルフは無理矢理に故郷から引き離された。チルも同じだ。二人は支え合って生きている。帰りたい故郷の傍でルフは辛いかもしれない。しかしルフは以前ヒューが尋ねた時に言っていた。

『エルフの国にいた時によくここで遊んだ。昼寝したりリスに餌やったり。あの頃を思い出すんだ…チルと共有できて嬉しい。ここに来られて、本当に良かった』

憎まれ口の多いルフだが、その時は素直に感情を口にしていた。あれはルフの本心だ。

今果樹園を管理している年嵩のエルフは以前言っていた。彼は兄とともに兄弟でここを管理していた。兄は騎士団に襲われたあの時に命を落としている。彼は騎士団に蹴り飛ばされ、失神して目覚めたらもう騎士団はいなくなっていたそうだ。

『エルフは若ければ若いほど魔法の力が強い。若ければ若いほど、精神が未熟でダークエルフになる。若いもんを儂らで支えてやるのがエルフじゃ。あの時エルを、ルフもどこかに匿ってやれたら…儂も若ければ、きっとダークエルフになっとった。そういことじゃ。ヒューにもチルにも、感謝はしとる。だがすまん。人間は、好かん』

ルフはあの年齢ゆえ騎士団や王に目をつけられてダークエルフになった。もしもあの時、エルと共にルフも救えていたら。考えても仕方のない後悔はいつまでたっても消えない。それはこの果樹園の主も同じだった。



相変わらずエルとはエルの部屋で過ごしている。質素な室内は落ち着く。しかしベッドも一つしかない中での生活は、慣れたが慣れない。

毎日ヒューとエルは、その日何があったのかを報告しあって眠る。そして毎晩エルはヒューに抱きつき甘えて眠る。王としての仕事も責務も大変だろう。しかしエルの甘える仕草に、たまらなくなってしまう時がある。

一体何を考えているのか。相手はあのエルで、この国の王だ。ヒュー自身が子供にしか見えないと突き放した相手だ。

そうは思っても体は正直に反応したりする。ヒューは自身がエルをどうしたいのか、この感情がなんなのか、計りかねていた。

それにヒューの中に引っかかっていることがある。先々代の王の話だ。悲恋に終わった先々代の王は、人間の王の後を追うように亡くなった。長寿であるエルフに比べたら人間の寿命は遥かに短い。エルを置いて先に逝くことになるのは明白な事実だ。

エルフは体の不調が強く出てしまう。それは洞窟で過ごした時間の中で、実際に目で見た。

エルは優しい子だ。そばにいるヒューが先に逝けば、エルは深く悲しむだろう。エルフの国の王であるエルに、負担を強いることになる。

この感情を、どうしたら良いのだろうか。エルはまだ、ヒューを好きでいてくれているのだろうか。その好きは、ヒューと同じ感情のものなのだろうか。

そんな折、エルはいつものように甘えながら言った。

「あのね、ヒュー…人間の国に、帰る?」

ヒューは雷に打たれた気がした。

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