第13話
sideエル
エルはヒューを抱えてホスを走らせていた。エルフの国まで連れて行ってくれたホスは疲れているだろう。そんなホスを走らせるのは申し訳ないが、もう少しだけ頑張ってほしい。エルはヒューの体を浮かせ続けながら、ホスが早く走れるように風を調整し続けた。複数の風を操るのは体力を消耗する。しかし、それよりも今は一刻も早く街にヒューを連れていきたかった。
やっと辿り着いたエルフの国で ヒューが大きな怪我を負った。呪い師という男が操った剣で、エルを庇って腹部が大きく切り裂かれた。ヒューの腹をエルの上着で押さえつけたが出血は止まらない。泣き叫ぶエルに、仲間が近寄ってきた。
「一体、なにがあったのです…なぜこの男は怪我を…」
「病院の、エルフは!?悪いやつ、あいつに、ヒューが!」
「エル様。これも人間なのでは?まして、国を襲った連中の一人です」
「そうです!あの中にいました、私、見ました!はやくこの人もどこかに捨てないと…」
エルフ達はヒューを指さして口々に、人間だ、怖い、とささやきあっていた。
「違うよ!ヒューは、ちが…」
エルは叫びながら駄目だと思った。エルフ達はヒューを信用していない。それはそうだろう。エルは間近でヒューを見てきた。この傷も、エルを庇って負ったものだ。見ていたものもいるだろうが、信用しろという方が無理だ。
それに、見渡して病院にいたエルフがいないことに気づいた。襲われた時、恐らく病院で働いていたエルフ達はみな命を落としている。
エルはぐっと歯を食いしばった。泣いて叫んでもヒューは助からない。悲しんで怖がってもヒューの血液は流れるばかりだ。
エルは風の力でヒューを持ち上げ、ホスを呼ぶ。
「ホス!お願い、街まで走って!みんなは、もしも人間がきたら、逃げて!バラバラに、遠くに!いなくなるまで隠れて!」
「エル様!お待ち下さ…」
「エル様!!」
エルフ達が呼ぶ声が、あっという間に遠ざかった。飛び乗ったホスは風のように駆けていく。エルも風の力で手助けをしながら、ヒューを抱えてホスにしがみついた。
もしかしたらエルフの国にまた悪意を持った人間が来るかもしれない。あれを生き延びたエルフ達だ。無事でいてくれるはずだ。
今ヒューは血を流して、死が間近にある。ヒューが、街には病院があると言っていた。
(お願い、ヒュー…僕を、置いていかないで…!)
エルは祈りながら風の力を使い続けた。
ホスに乗ったまま、エルは街の中を駆けた。たどり着いたのは夜だった。人は少ないが、いないわけではない。エル達を見て、人間が悲鳴をあげていた。
「ホス!止まって!」
林檎の並ぶ家の前でホス叫ぶ。林檎の向こうで、見知った女性が目を丸くしていた。
「あ、あんた、エルフの…」
「お願い、助けて!ヒューが、けがしてるの!病院、あるでしょ?病院!お願い!助けて!」
「お、おち、おちつ…なんて怪我だい!こっちだ、おいで!」
リゴは中から出てきてホスを引いてくれた。少し歩いた先の建物の扉を叩きながら、リゴが大声で叫ぶ。
「ドク!出てきな!患者だよ、ひどい怪我だ!」
中からのっそりと男が出てくる。前が見えているのかいないのかわからないくらいもっさりとした髪型の、痩せて背の高い人間だ。
「なんだよ、騒がしいなぁ…」
「ドクも手伝いな!怪我人がね、ムキムキイケメンで、重…あれ?重くないね?」
ドクと呼ばれた男とリゴとエルでヒューを扉の中へ運び込む。エルの風の力でヒューは簡単に運ぶことができた。中は白を基調とした部屋で、嗅ぎなれない匂いが立ち込めている。
ヒューをベッドに横たえると、ドクはヒューの怪我を見た。
「なるほど、切創かぁ…これ、なにでついた傷?」
「あ…きず、傷?…けん、です。ヒューの、剣で…」
「ふーむ。剣士同士で斬りあったのかな?とりあえず縫合しようか。ちょっとごめんよ」
「う"っ…」
ドクは話しながら手袋をはめて、傷口に液体をかけてから指を突っ込んだ。意識のないヒューから、うめき声が上がる。一体何をしているのか。息を呑むエルを他所にドクはうんうんと頷く。
「うーん。思ったより深くないね。内臓は大丈夫そう。良かったね。出血も止まってるし。すごいね。すごい生命力…この筋肉のおかけで止血されたんだろうな。すごいね、すっごい筋肉。すごいね、これは…」
ドクは針と糸を手に持ち、ヒューの腹を縫い始めた。まるで手芸をするかのような手つきにエルはただ圧倒されてしまう。話しながら縫うドクは、あっという間に縫い終えてしまった。
「もう血も止まってるし、大丈夫でしょ。心臓もしっかり動いてる。点滴で感染症予防して栄養も入れとくよ。あと炎症抑えるのと解熱剤だな〜目が覚めたらしっかり食べれば大丈夫だよ。ほんといい体して…ねぇ!この子、エルフじゃない!?」
「ありがとうね、ドク。エルフちゃん、イケメンはもう大丈夫だよ。って、なんだい今更。見りゃわかるだろ」
ドクはエルに顔を向けた。もっさりとした黒髪が前髪までかかって顔も視線も良くわからない。急に向けられた興味にエルは少し身構えてしまうが、ドクはすぐに顔を反らした。
「本当に髪が白くて耳が尖ってるんだね。へ〜。それより、この人すごくない?誰なの?すごいよ、この筋肉。体も筋肉も大きくてめちゃくちゃイケメン。すご、胸板。すごぉい」
腕に管を入れられたヒューは先程よりも穏やかに、眠っているように見える。その胸は上下しているので、ヒューは生きている。
ドクはそんな穏やかに眠るヒューにペタペタと触れた。胸から怪我をしていない方の腹から顔から首まで。助けてくれた相手だ。感謝すれど、不快に思うのは違うとエルは思う。しかしエルの胸の中に、モヤモヤとした何かが広がった。
「触るんじゃないよ、ドク!この子の彼氏なんだから」
「嘘!?もう相手がいる上にノンケかよ!なんだよぉ、めちゃくちゃタイプなのにぃ…ね、エルフちゃん、ちょっと太もも見ていい?ちょっとだけ…」
「だ、だめ!ヒュー、あしは、けがない!です!」
ヒューのズボンを広げて中を見ようとするドクに、エルは思わず叫んだ。そこは怪我をしていない。見る必要はないはずだ。
叫んだ拍子に目の前が歪み、エルはぺたりと座り込んでしまった。ずっと風の力を使っていた。今まではヒューが心配で気を張っていたが、体はもう限界のようだ。
「エルフちゃん!大丈夫かい!?」
「あの、り、林檎、ください、できます、か?あと、そと、ホスが…うま、にも、ごはん…あげて、」
「わかった。馬は外の馬屋に預けておくよ。林檎は今、持ってくるからね!」
リゴは外に飛び出してきた行った。リゴが戻る間、ヒューの体を触ろうとするドクを止めていると、すぐにリゴが戻ってきてくれた。
「ほら、お食べ。お馬ちゃんね、いい子に馬屋で休んでるよ。エルフちゃんは娘の宿を使っていいから。ゆっくり休みなよ」
「イケメンのことは心配しないで。俺がここで見てるから」
リゴとドクの勧めを、エルは首を横に振って断った。
「あの………ぼく、ヒューのそば、いたい、です。ここ、いる、だめ、ですか?」
「え、駄目だよ。俺がイケメンと一夜を過ご」
「いいよ。どうせ他に患者もいないんだろ?いいじゃないか。いさせておあげよ」
エルのお願いを、二人は聞いてくれた。ドクはしぶしぶの承諾だったが、リゴのお陰でヒューのそばにいられることになった。エルは林檎をかじって一息つき、ヒューの眠るベッドの傍の長椅子に横になった。エルはヒューの手を握る。疲れ切って体は動かないのに、中々眠ることができなかった。
翌日。心配だったホスの様子を見にいくと、馬屋でのんびりしていた。大きな怪我もなく、ご飯をもらって体も休まっているようだ。エルはリゴの用意してくれたローブを羽織っているおかげか、エルフだと騒ぎ立てられることはなかった。
「昨日はありがとう、ごめんね。ゆっくり休んでね。また来るからね」
しかし念のため、エルはホスに断ってから早々にヒューの眠る病院へと戻った。なるべく人目につくところにいないほうが良い。病院に戻ると、リゴとその娘がいた。ドクがヒューの傍らにいる。また触っているのだろうか。
「ヒューに触るの、駄目です」
「まだ触ってないよ!いや、それより。ヒューが起きたよ」
エルはヒューに駆け寄る。ヒューは薄っすらと目を開けていた。
「え、る…?」
「あっ………エルだよ、ヒュー…良かった、目が、覚めて」
エルはヒューの手を握った。自然と嬉しくて笑ってしまう。涙は止まらなかった。二度と手の届かないところへ行ってしまったらどうしようかと、エルはずっと不安だった。ただでさえ、人間の国の城を訪れたあたりからヒューの心はここになかった。どこか違う場所にいるかのようだった。
リゴと娘が室内に入ってきた。ヒューを見て安堵の表情を浮かべてくれた。
「良かった…イケメン、生きてた…もう、驚かさないでよぉ…」
「血まみれで、アンタ、もうダメかと思ったよ…何があったんだい」
「あの…お城の、呪い師の人、きて、ヒューを、傷、つける、しました。ヒュー、ぼく、守、って…」
エルは話しながら涙をこぼしてしまった。ヒューが傷ついた。あの時、恐ろしい話を聞いた。あの呪い師はエルフを食べたと言った。エルフを食料とする者がいるなんて考えもしなかった。それも腹を満たすためではない。魔法の力を得るためという身勝手な理由だった。
「あぁ、エルフちゃんの為だったんだね。怖かっただろう、エルフちゃんは?大丈夫なの?」
「こんなにマッチョなイケメンを傷つけるなんて…最低な野郎だね!そいつは今、どこに?」
「たぶん、しんだ、と、思います」
「そう、なの、か?」
ヒューの問いに、エルは頷いて答えた。ヒューの投げつけた石で頭を砕かれた呪い師は、エルがエルフの国を出る時もその姿のまま横たわっていた。体が崩れかけていた呪い師は頭部の一撃が致命傷になったようだ。
「そう…か…やつは、死んだ…俺は、生き、て…」
「うん。生きてるよ。ヒューは、生きてる。死んじゃ駄目だよ、ヒュー。お願い。置いてかないで、僕の、こと」
エルはぐっとヒューの手を握る。涙は流れるそのままに、エルはヒューに訴えた。
「僕、またエルフの国の外に出ちゃったから。ちゃんと、連れてって。ヒューが、僕を、連れてって。一人で、どこか、行かないで…何が、不安なの?なにか、怖いの?教えて、ヒュー。お願い。一人で、行かない、で」
ヒューはエルを見ていた。目覚めたばかりでまだ意識がはっきりしていないだろう。ゆっくり休ませてあげたほうがいい。
ただ、エルの気持ちは伝えておきたかった。城を出てからの虚ろなヒューが怖かった。エルフの国を出てチルとルフの元へ行ったあと、ヒューはきっともう戻ってこないとエルは思った。それはただの推測だが確信に近いものだった。
「ケンカ?別れちゃうの?ヒューはフリーになるの、カナ!?」
「ちょっと黙っときなよ、おめぇはよ。エルフちゃん。詳しく聞かせてご覧?」
「そうさね。アタシ達が聞いてあげるよ。こんな可愛い子泣かせてアンタ、このイケメンがよぉ。ツラが良くなかったらぶん殴ってんだって。どうだい、イケメン。大丈夫かね?水でも飲むかい?」
リゴの娘が軽口を叩くドクをどついた。椅子を引き寄せてリゴと娘の二人はエルの傍に腰掛ける。ぼんやりとしているヒューだが、大丈夫だと言って、眠ることはなかった。
エルは真剣なリゴとその娘に言葉を選ぶ。
「ヒュー…ときどき、消えてしまいそうで…ぼく、怖い。ヒューが一人で、どこか、行って、しまいそうで。なにか、不安そうで、こわがってる、みたいで…どこに、行こうとしてたの?」
ヒューがエルの頬を撫でた。ヒューは口を開かず、少しの時間室内に沈黙が流れる。答えてくれないだろうかと思ったが、ヒューがリゴとその娘に視線を配ってからやっと口を開いた。
「遠い、ところ…この国も、村も、関係の、ない所、なら、どこ、でも」
「どうして?」
「…国王が、あんな、人間、だった。騎士団も、その命令を、聞いていた。人間は、ひどく、おろかな、生き物、だ。俺も、同じ、だ。村の、人間も、エルを、傷つけようと…傷つける、ことに、躊躇が、なかった。おれが、まもってきた、村人、は、国、は」
エルはヒューの言葉に耳を傾ける。傷が痛むのか言葉は途切れ途切れだ。休ませてあげたほうがいいと思うが、ヒューの本心を引き出すなら今しかない。
「俺、は…なにを、守って、きた?国、を…村を、守ら、ないと、必要と、して、もらえない。守ら、なきゃ、いけない、のに………もう、疲れ、た」
ヒューの瞳から一筋、涙がこぼれた。エルはヒューの頭を抱えた。
ヒューは誰かを守ることが自分に与えられた使命だと思っていたらしい。そうすることでしか、必要とされない存在だと思っている。
ヒューは守っていた対象に裏切られた。国王は多種族であるエルフを蹂躙しろと命令を出した。村で見た女性はエルを騎士団の男に襲わせた。ヒューが命を懸けて守ってきた彼等に、ヒューは尽く裏切られてきた。
心の折れたヒューはもう彼らを守れない。守れないから居場所がない。
だから、ここではないどこかへ行きたいのだろう。
人間は良いものだと先々代の王の手記で読んだ。でも、それだけじゃなかった。悪い人間もいる。たくさんいる。人間は人間同士で傷付け合う。どうしようもない生き物だ。
きっとヒューは人間に裏切られたことが、怖くて不安に思っている。ヒューは優しい人間だから。だから裏切られてしまった。
「遠くに行くなら僕も行くよ。連れて行って、ヒュー」
「っ…だめだ!エルは、エルフの、国に…!」
「じゃあ、もう一度エルフの国に行ったら。一緒に行こうよ」
「だめだ、エル、それは…」
ヒューは首を横に振る。エルはヒューの髪を撫でた。
「ヒュー、一人で傷つかないで。僕がいるから。僕を、守って。僕はヒューの心を守るから」
非力で人間やオークに狙われているエルは、力でヒューを守れない。せめてヒューの心だけは守ってあげたい。エルはヒューを裏切らない。
ヒューの管で繋がれていない手がエルの背中に触れた。その手は震えている。泣いているのだろうか。頭に抱きついているエルからは見えない。壊れ物に触れるかのような手の弱さはまるで幼い子供のようだ。
ヒューは死に場所を探していたのではないかとエルは思う。近しい人間達に失望したヒューは、生きる希望を失った。こんなに優しい彼に、どうしてこんな深い悲しみを与えるのだろうか。エルだけは裏切らず、傍にいたい。
エルフと人間の共存はできない。その理由をエルは知っている。それでもエルはヒューの傍にいたかった。
「………人んちでイチャイチャしないでくれよぉ…そろそろ包帯を変えたいんだけど。いいかな?」
ドクの声に、エルは体を起こした。ヒューの目元は赤く、涙で濡れている。ヒューは自分の腕で目元を覆ってしまった。
ドクが包帯を持ってヒューとエルの傍に立つ。
「大丈夫。もう変に触らないよ。君達のことはわかったから。ヒューのことは…諦めるよ。エルフちゃんも少し休みな。俺が見てるから。ちょっと傷口見るよ…膿んでないし熱もないね」
ドクはため息交じりにヒューの包帯を外しながら言う。剥き出しの傷を見てうんと頷いた。確かにその手つきにいやらしいものは見受けられない。エルは邪魔にならないようにベッドから降りた。ドクは新しい包帯をヒューに巻き直し始めた。
エルがリゴと娘に目を向けると、二人は涙を滲ませていた。
「詳しいことはわからないけど…今は傍にいたいんだね」
「あとで林檎を持ってくるよ。ベッドで寝たければうちにおいで」
「ありがとう、ございます」
エルは深々と二人に頭を下げた。ヒューを治してくれたドクにも。人間は良い人間だけじゃない。でも、悪い人間だけでもない。
「はぁ…すごい胸板。見るだけならいい?」
包帯を変え終えたドクが言う。ドクは少し悪い人間かもしれない。エルは思い直した。
それから数日が経った。エルはドクの家でヒューの傍にいた。傷を縫った翌々日にヒューは動けるようになり、ヒューと共にリゴの娘の宿屋で世話になることにした。
人間の世界は何事も対価が必要になる。ドクへの治療費とリゴの娘への宿泊費はヒューが出してくれた。今までの旅の支度から全てヒューがお金を出してくれている。エルはヒューに寄り添い礼を伝えた。
「あのね、ヒュー、ごめんね。ありがとう。いつも、お金、あの、使、う?してくれて…」
「いや、大丈夫だ。騎士団の頃の金があるから、心配いらない…それより、エル。少し、離れないか?」
「やだ」
エルはベッドに腰掛けるヒューの隣に腰掛け、ぺったりと体を寄せている。少しでも離れればヒューがどこかへ行ってしまうのではないかと不安だった。
そんなエルとヒューを見て、リゴの娘はテーブルに朝食を並べながら笑った。
「イチャイチャしちゃってぇ。ラブラブねっ♡」
「いちゃいちゃ?って、なに?」
「いや…それは…その…」
エルの問いに、ヒューは赤くなって視線をそらす。この宿に来てからリゴやドクも足を運んでくれた。エルはますます人間の言葉を覚えた。しかし、まだまだわからない言葉も多い。ヒューに聞けばわかりやすく答えてくれるが、こうして答えてくれないこともある。そんな時はリゴ達が丁寧に教えてくれた。
「イチャイチャってのはね、恋人同士が仲良くすることよ。恋人同士は、わかる?男と女がね、仲良くする関係ね」
「恋人、仲良し…あっ、パートナーのことだ!うん。わかるよ。でも、僕とヒューは、恋人同士じゃないよ?」
「えっ!?」
リゴの娘は変な声をあげた。ヒューは黙ってやりとりを聞いている。
「エルフのパートナーはね、好きですって言って、はいって言ったらなるんだよ。人間は、違う?」
「え?えっと…違く、ないわ。ちゃんと、お互い、同意して、から…」
「じゃあ、僕とヒューはパートナーじゃないよ。僕はヒューが好きだけど…エルフと人間は、駄目って、読んで…」
(あ)
エルは先々代の王の手記を思い出す。悲しい結末。人間の家族形態を聞いてやっとわかった。それはエルフと人間の家族の在り方の違いによるものだった。
(そっか…だから…)
「あの………朝食、冷めないうちに、召し上がれ〜!」
考え込んでいたエルを置いて、リゴの娘はそそくさと部屋を出ていってしまった。
「ちょっと!君達、恋人同士じゃないってホント!?」
朝食が終わり、ドクが賑やかに室内に入ってきた。なぜこんなにも嬉しそうなのだろうか。またヒューを見る目がジロジロと遠慮がなくなっている気がする。
「うん…そう、だけど」
「やったー!じゃあ、俺にもまだチャンスが…」
「そうじゃないって!あのね、お二人に、お話が、ありまして」
ドクだけではなく、リゴの娘も部屋に入ってきた。リゴの娘は珍しく暗い顔だ。一体どうしたのか。
「あの、ごめんなさいね、二人共!アタシ、恋人同士だと思い込んで、この部屋に…ヒュー、あなたこんな可愛い子とこんな部屋で…辛かったでしょ?まさか、手、出してないわよね?」
リゴの娘はこの部屋にしたせいで間違いが起きていたらどうしたらいいのかとヒューに詰め寄った。一体なんの話だろうか。ヒューも珍しく目を丸くしている。
「出してない、手なんて!それに、エルは男だぞ!?」
ヒューの言葉に部屋の空気は一瞬止まった。それから怒号のような声がリゴの娘とドクから同時に上がった。
「男!?エルちゃん、男なの!?」
「?うん。そうだよ?」
「男だから手をださないの!?ヒューはやっぱりノンケなの!?」
「いや、ノンケ、というか…考えたことが、ない」
リゴの娘とドクの問いに、エルとヒューでそれぞれ答える。ノンケ、とは一体なにかわからないが、なぜこんなに男女であることを気にするのだろうか。
「ごめんね、エルちゃ…エル君。女の子だとばっかり…」
「うぅん、謝らなくていいよ。あの、人間は、男同士とか女同士のカップルはいないの?」
リゴの娘とドクは顔を見合わせる。
「いない、ことはないけど…」
「珍しい、かな。異端だよね。正直」
ドクはの口元は笑っているのに、なんだか泣いているように見えた。どうやら人間の世界で同性同士のカップルはあまりないことのようだ。
「エルフはね、男同士も女同士もいるんだ。男女のパートナー同士もいるよ。それでね、子供は男女からしか産まれないから、子供はみんなで大事にするんだよ」
エルフは性別は気にせず、好き同士だからパートナーになる。子供も男女のカップルの間にできたら喜ばしいが、子供を産まない男女のカップルもいる。エルフそれぞれで、そこには干渉も強制もない。人間はこんなに気にしなければならないほど、大変なのだろうか。
「そうなんだ。いいなぁ、エルフは…」
ドクは悲しそうな空気のまま呟いた。
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