第9話

sideヒュー



ヒューは村に来ていた。ぼんやりと歩きながら、エルフの国に向かうために必要なものを買い揃えようとしていた。

「ヒュー!戻ってたのかい!?」

「城は、どうだった?騎士団として、城にいなくていいのか?」

「ああ。城は、もう…しばらく行かないほうがいい。それより、蜂蜜はないか?」

村人達はざわついている。興味のないヒューは買い物を続けた。騎士団にいた頃の給金はほぼ使わずにとっていたので、エルフの国に向かうための準備も問題なくできる。

家柄はともかく、腕の立つヒューはそれなりに金をもらえていた。そのため、準備に金を使ってもまだ有り余るほど手元に残っている。これがあれば、えるを送り届けたあともしばらくは生活がしていかれるだろう。

もうこの村に戻ることはない。

ヒューは村を出たときを思い出していた。あの時、まさかこんなことになるとは思っていなかった。まさか自分が、故郷を捨てるという選択をするなんて。

城に向かう途中の騎士団の宿営地で、ついにエルフの国を襲った理由を話してしまった。どう話すべきか迷い、もしかしたら聞きたくないかもしれないと避けていた話題だ。えるはずっと機会を伺っていたようだ。

そこで聞いた話は衝撃だった。

えるは100歳を超えたエルフの成人で、性行為についても知っていた。あけすけなえるの物言いを思い出してヒューは少し頬が熱くなった。子供だと思っていた彼は子供ではなかった。

子供は守るものだ。

ヒューは幼い頃から体が大きく強かった。守ることが、ヒューの存在意義だった。親もないヒューが村に存在するための手段が『守る』ことだった。余計な人間であるヒューを、年老いた養親である祖母は守り育ててくれた。本来ならヒューは口減らしのために捨てられるべき存在だったのに。

『自分より弱い者は守ってあげなさい。ヒューは、それができる子だ』

余計な人間を増やし育てていると後ろ指さされることもあった祖母は、ヒューを守ってくれた。その恩に報いなければならない。そうしなければまた、捨てられしまうかもしれないからだ。

えるには失望されたくない。捨てられたくないと思ってしまう。あの子は優しい子だ。洞窟であんなに怯えていたのに、ヒューを優しいと言ってくれた。

『ちがうよ。ひゅーは、ちがう。ひゅーは、やさしいよ』

『すごく。やさしいよ』

人間がエルフの国を襲った。ヒューも襲ったうちの一人だ。しかしえるは、そんなヒューを優しいと言ってくれる。

えるは優しい子だ。だからヒューは、城で王とダークエルフと会わせてあげたいと思った。命を懸けて。

ヒューが騎士団を止める間に、王とエルは片言でも会話ができる。もし対話がうまくいかなければダークエルフを連れて逃げてもらおうと考えていた。

実際行ってみると、城は人の気配がなく静まり返っていた。王の話も真実ではないと疑っていたが、本当だった。本人の口から聞かされて、その上その内容は想定より酷いものだった。




『あ…う…誰だ?お前は…』

『私は、騎士団に所属するヒューです』

ダークエルフのるふの力だろう、王の意識は徐々にはっきりとしてく。ヒューは王と顔を合わせた。

『ヒュー…騎士団…あぁ、お前、お前か!下女が騒いでいたな…顔の良い、強い騎士だ。家柄が残念らしいがな…そうか、助けにきたか、ワシを…』

『話を聞きに来ました。なぜ、エルフの国を襲い…城に誰も、いないのですか。一体、何が』

『そんなもん、こっちが聞きたい!このガキが、突然暴れた!不思議な力で、助けに来た兵士も騎士も、皆やられた!殺し合った!!こんな力があるなんて聞いてない、なんなんだこの力は!ワシは一体どうなって…!』

ヒューはえるを介してるふと話をした。える同様、るふはなぜエルフの国を襲ったのかを知りたがっていた。今回城を訪れた理由の一つだ。ヒューは王に問う。

『あなたはこの子達に、何をしましたか。何故かと、聞いています。それに、エルフの国を襲ったのは…』

『何をしたか、だと?こいつらは奴隷だ!どうしようとワシの勝手だろう!それをこの、エルフのガキが…いや…チル、お前か?お前が、エルフを使ってこんな真似をしたのか?あんなに、可愛がってやったというのに!』

『奴隷、とは…エルフも、奴隷にするつもりだったと聞きました。本当、なのですか?』

『嘘をついてどうする。可愛いだろう、チルは。ワシの自慢の奴隷だ。下の方の、な。ひひっ…これを他国の要人に貸し出して我が国に便宜を図らせる。交渉を有利に進めるんだ。エルフもそう使うつもりだった。他国に貸し出して金を集めるつもりだった…それがどうだ?このクソ生意気なエルフめ、ワシを操りおって!』 

『こんな、子供を…奴隷、だと?貸し出す?それが、一国の王のすることか!?』

ヒューは王を怒鳴りつけた。怒りが湧き上がって止まらなかった。まさかあの命令の理由が本当だったとは。

それどころかよりひどかった。王はエルフを他国の人間に貸し出すつもりだった。知らなかった。信じたくなかった。自国の王がこのような勅命を出すなどと。

王はくつくつと喉を鳴らして笑う。

『一国の王だからこそ、だろう?だから、チルにエルフの穴を準備させたというのに…お前、隣のそれはなんだ?エルフだな?チルよ。あれも仕込め。教えてやれ。こいつは従順そうだ。ワシの傍においてやろう。エルフは長寿なんだろう?長く使える。この美貌があれば、多少年がいっても十分だ。ひひっ…チルと、このエルフと。ワシの手管で楽しませてやろう。いひひひっ』

『貴様…この子は、そのために連れてきたんじゃない!』

『そうか、そうか。チルもそれも、ワシのペットだ。貸出用の愛玩動物だ。どれだけこの子達がいいものか、味わわせてやるんじゃ』

あの時、エルがヒューにしがみついた。何を話しているかはわからなかったと思う。王の異様な空気にエルは怯えていたようだ。

もう大人なのだと言われても、ヒューよりも小さなエルは子供のように見えてしまう。いつも優しく屈託なく笑うエルを、庇護するものとして見てしまう。そんなエルを愛玩動物扱いされて、ヒューの腸は煮えくり返った。エルフをなんだとおもっているのだろうか。

『その話は、本当なのか?貴様、この国の、王だろう。どこまで下衆なんだ』

『惜しいのぅ…そこの、ダークエルフも…商品として、申し分ないのにのぉ…ほれ、チル、どうやるか今、見せてやるか?ん?疑っとるこのアホに見せてやろうじゃないか。なぁ、チルよ』

『ほ、本当です、全部…王様の言う事、本当、です…』

エルをペット扱いするだけじゃない。同族である人間のチルにまで、同じ扱いを既にしているという。

そのチルは、えるとの接触で苦しんでいたるふに飛びついて声をかけていた。

『大丈夫?どこか、痛い?』

言葉はヒューと同じ人間の言葉だ。耳も尖っていない。チルは人間の、紛れもない子供だ。

『止めて、このひと、止めて下さい!変な、力…たぶん、魔法、使ってるんです、止めて、お願い、たぶん…王様は、もう、死んでます』

王を操り目や鼻から血を流するふを心配していた。仲が良いのかと思ったが、以前のヒューとえると同じように言葉が通じ合っていない。だから会話も意思の疎通もできていない。

それでもチルはるふのそばにいたようだ。チルは亡き者ではない。それは肌の色と瞳を見ればすぐにわかった。王の顔面は土気色で瞳もひどく濁っている。外にいた騎士団達の違和感もこれだった。王も騎士団も死んでいる。チルはそうではない。るふは死者を操るという。つまりチルは自らの意思でるふのそばにいる。

王の死についてもチルは教えてくれた。

『はでな、おとこ…チル、さん。王様が、誰に殺されたのか、知ってるか?』

『呪い師、です。彼も、エルフを…この子を食べたいと言っていました。エルフを食べると、魔力が増すとか…王様と、言い争いになって、駆けつけた騎士団に呪い師は殺されました。斬られた時に、呪い師が、騎士団になにか言って…広場にいた騎士団がお互い、斬りあって…おうさまも、斬りつけ、ました…』

呪い師の姿がないのが気になったが、王の背中を見て納得した。呪い師は不思議な力を使う。王の背中は何かで焼かれたような跡があった。あれが致命傷だったのだろう。マントから背中まで円形にくり抜かれたように焦げ付いていて皮膚は真っ黒な炭になっている。しかし燃え広がるでもなく、狙った部分だけを真っ黒に炭化したようだ。

『他の人間は?エルフは、どこにいるんだ?』

『騎士団以外の人間は城の外に逃げていきました。エルフも、この人の他に1人いたけど、逃げたそうです。何人か連れてきたそうですが、みな道中で…力尽きてしまったみたい、です。騎士団長が、王様にそう報告して、ました』

チルの話はあまり不審なところがない。生者であり、やはりるふに操られているわけではなさそうだ。

エルフの国から連れ出されたエルフは道中、命を落としたらしい。なぜるふ一人なのかと思ったが、そもそも城に辿り着いたエルフの数が少なったようだ。

チルはるふと一緒にいる理由、るふがダークエルフになった経緯も教えてくれた。

『あの…僕は、汚い、です。王様に、買われて、城にきて、王様と、王様以外の人とも、たくさん…この人も、僕と同じことをするって、言われました。この人の準備を、するように、いわれて、』

『そんな…汚いなんてこと、ない。君はただ被害者で…』

『ひ、被害者じゃ、ないです。この人、嫌がってたのに…準備して、王様が、僕と…やり方を、見せようとした時、怒って…この人、の、空気が、変わったんです…呪い師が、ダークエルフに、なったって…僕が、無理矢理、見せた、から』

チルが王様と行為をする準備とやり方を目の前で見せたら、るふは怒ってダークエルフになったらしい。

なぜ呪い師がダークエルフになったと気づいたのだろうか。

『僕、汚い…卑怯、です。この人、怒ってくれた。僕を抱こうとする、王様に…でも、僕、しないと叱られるから、もっとひどいことされるから…この人のこと、無視、しました。それに、この人がいれば、僕も少し、楽になれる、って、思、って…僕は、卑怯、です』

青い顔でまるで罪を告白するかのようなチルに、胸が痛かった。

チルはまだ子供だ。

同じ仕事をするというるふに、己の体の負担が軽くなるのだと喜んでも、それは致し方のないことではないだろうか。そもそも子供に強いる負担ではない。王の趣向が間違っている。

チルは自分を責めて苦しんでいる。そんな必要はないのに。

『チル。君は悪くない。悪いのは王だ。周りの大人だ。俺も…この城の騎士団だった。でも、知らなかった。君の、存在を…君は汚くない。汚いのは王と、君を汚した者達だ』

ヒューは必死にチルの話を否定した。王や周りの人間は責めらて当然だが、チルが自分を責めることは間違っている。

チルはボロボロと涙をこぼした。

『そんなこと、だれも…言って、くれなかった。僕、知らなかった。僕、奴隷で、これしか、できなくて………この人に、伝えてほしいです。ありがとうと、ごめんね、って。あとは、自分で、伝えます』

『わかった。きっと、伝わる』

ヒューはチルに頷いた。チルの言葉はえるを介してるふに伝わる。二人は名前を呼び合って抱きしめ合っていた。壮絶な環境と状況に、言葉は通じなくとも二人で支え合っていたようだ。被害者同士、深いつながりができたのだろう。

『ひゅー…ルフは、ちると一緒にいたいって…ちるは、どうかな。できれば、一緒に逃げてあげてほしいって、言って、ほしい。それから…ちるは、その、生きている、人、なのかな…』

えるの言葉にヒューは安堵した。るふはチルと一緒にいる気らしい。

『るふは、チルと一緒にいたいそうだ。チルは、どう思う?』

『僕…一緒にいたいです。この人と…僕、帰るところ、ないです。一人ぼっちは、いや、です』

『良かった…るふに伝える。ここにはもう、いないほうがいい。馬小屋に栗毛の馬がいる。あれが一番気性が荒くないし、体力もある。食料や必要なものを準備して、西の霧の立つ森を目指してほしい。エルフの国から近い。近くに騎士団の監視小屋がある。そこで過ごしてほしい。このエルフをエルフの国に送り届けたら、君達のところへ行く』

チルは何度も頷いて、ヒューの話に聞き入っている。チルは言葉のやり取りがしっかりできている。奴隷だが、他国の人間を相手させられることから教養を叩き込まれたのかもしれない。

言葉が通じる上にここで起きたことを詳細に聞けて良かった。

ダークエルフがいるという噂が立っている。他国から攻め入られるかもしれない。この城には長居しないほうがいい。

幼いこの子達を二人にしてしまうのは心苦しいが、今は二人が逃げることと、えるをエルフの国に送り届けることが先だとヒューは判断した。先程のえるとるふの様子を見る限り、二人を近くにおいてはおけない。

ヒューとえる以上に言葉の交わせない彼らだが、きっとこれから変えられるだろう。

『必要なものはこの城から持ち出すといい。水と、食料は』

『僕とるふの分は別に保管してます。るふは、あんまり食べなくて、心配ですけど…厨房の奥の食料庫にまだあります。お持ちください』

『ありがとう。エルフはあまり食べなくても平気なようだ。えるは林檎や野菜を喜んで食べる。どこかで手に入れるといい。まずは騎士団の宿営地を目指してくれ。魔物が襲ってこない』

『はい。こちらこそ、ありがとうございました。この人のこと、知れて良かった。この力を使うようになって、どんどん弱ってたんです。僕のせいで…』

チルはるふの背中を撫でた。寄り添う二人に、ヒューはチルの話をえるに伝える。話を聞いたるふはチルの手を強く握った。言葉の話せるチルがいれば、当面は暮らしていけるだろう。

チルとるふは心配だが、まず先に、えるをエルフの国に連れて行ってやりたい。

ヒューはこの城で死ぬと思っていた。騎士団とやりあえば命はないと思っていたが、その騎士団は呪い師による力で互いに殺し合い解体していた。エルフ達との約束を、自分の手で果たせそうだ。

ヒューは床に崩れた王を見る。自国の王の末路にヒューは暗い気持ちになる。しかしふと気になった。

『チルさん…呪い師は今、どこに?』

るふは死体を操れるという。実際床に伏せる王は今はただの死体だと見てわかる。死体となった呪い師を操ると、呪い師の魔法は使えるのだろうか。

『呪い師は…るふが、操れなかったみたいで、騎士団を使って…外の堀に、捨てられました』

るふが操れなかったということは、もしかしたら呪い師は生きていたのかもしれない。しかし堀に投げ捨てられたという。もう生きてはいないだろう。エルフの国への行き方は現状ヒューしか知らないことになるはずだ。

休みたいというえるを連れて、ヒューは王のいた玉座の間を出た。

嫌な話を聞いて、えるも疲れてしまっただろうとヒューは思った。実際暗い顔をしている。さっき歩み寄ったえるはるふと距離を詰めて二人共苦しんでいた。

エルフとダークエルフは共存できないとえるに聞いた。やっと会えた仲間はるふ一人。他に一人逃げたそうだが、他の連れてこられたエルフは、道中命を落としている。

えるを休ませてやりたい。休むのであればと慣れた場所である騎士団の休憩所を選んだが、建物の外には遺体が一つ転がっていた。怯えるえるを食堂へ案内した。

以前えるはエルフは心の揺らぎが強く体に出るのだと言っていた。花の蜜はるふに全て渡してしまっている。食堂で林檎を探したが、生鮮食品は見当たらなかった。

林檎がないことを伝えると、えるはなぜかヒューに謝罪をした。

『ひゅー、あのね…あの、ごめんね。ルフは、騎士団の人たちが、ひゅーのなかまって、しらなかったから…ルフが、からだを使ってしまって、ごめんなさい』

鍛えられた騎士団の体は、盾にするのに丁度いい。操れるのであれば騎士団を使うのは当然だろう。

エルフに対するひどい仕打ちが本当だったとわかった今、えるの心の中はとても辛いだろう。実際今も顔色が良くない。しかしかえるはヒューを気遣ってくれている。

この子は優しいエルフだ。優しいだけじゃない。年下だという同族のるふに丁寧に接していた。エルフはみなえるのような性格なのかと思ったが、るふは何度か怒鳴り、気性が荒く見えた。この状況のせいでるふの気性が荒くなったのかもしれないが、えるは特別穏やかで優しい性格であるように思えた。

そんなえるを自国の王の勅命が傷つけ、えるの仲間も傷つけた。祖国を破壊した。その理由が、ヒューにはやはり納得し難いものだった。

こちらが襲われ、傷つけられた故の反撃であればまだわかる。しかしエルフの国は国交を絶ち、関わりのない国だった。資源を奪いたいのであればまだしも、ずっと幼い容姿であると言われるエルフを性的に搾取するためだった。

騎士団は国を、ひいては王を守るためにある。ヒューは騎士団の一員として、命を懸けて職務にあたっていた。こんな国や王を守るためだったのだろうか。この国の王に、ヒューは絶望している。

えるから幼い頃に同じような状況に陥ったのかと問われたが、ヒューには寝耳に水だった。否定するとえるは驚いた顔をした。

子供や、自分より弱い者を守ることはそんなに不思議なことだろうか。体が大きく強いヒューには当然のことで、今までもそうしてきた。その結果騎士団に所属することになった。

『自分より弱い者は守ってあげなさい。ヒューは、それができる子だ』

それがヒューの存在理由だ。そうしなければ、ヒューに生きている価値はない。

えるはエルフの国に一緒に行ってほしいと言った。ヒューは迷わず頷いた。エルフの国にえるを送り届けて、チルとるふを安全な場所まで護衛する。

その後はここではないどこかへ行ってしまうつもりだった。どこへ行けばいいのか検討もつかないが、少なくともこの国の外に出たい。騎士団員であったヒューが生き残っていては怪しまれるだろうし、エルフの国への行き方を知るヒューは、その近くにいないほうが良い。たとえどこへも行けずに行き倒れたとしてもそれはそれだ。もう待つ人のないヒューはどうなろうと悲しむ人はいない。

ただ、最後に祖母に挨拶をしていきたい。生まれ育った家に別れを告げたい。ヒューの家に寄りたいという願いを、えるはすぐに承諾してくれた。エルフの国までの道中に必要な物資を揃えつつ、ヒューは生家に別れを告げることにした。




「おかえりなさい、ヒュー。戻ってきたのが見えたから…良かったわ、無事で。心配してたの」

ぼんやりと買い物を進めていると、行商人の娘が声をかけてきた。年下で、ヒューにとって妹のような存在だ。エルは彼女くらいの年だろうと思っていた。エルの年齢がわかった今、なぜか行商人の娘の方が大人びて見えた。

「あぁ…父親は、元気になったか?」

「えぇ。父がね、ヒューに会いたがってるの。城の状況を聞きたいって。ね、少し、うちに来て?」

娘はぴったりとヒューの左腕に体を密着させている。城の状況と言われても説明が難しい。今しばらく、チルとるふが少しでも遠くへ逃げられるまでは誰にも近寄ってほしくない。行商人の言うるふの容姿は合致していた。直接見たのかどうかはわからないが、るふの存在を知る人間は少ないほうが良い。

ヒューは娘を引きはがそうと右手で押す。娘は負けじとヒューにくっついた。

「いや。もう帰らないと」

「だめよ!一緒にいて。私、ヒューを待ってたのよ?あんな子に取られるなんて、嫌なんだから…っ!」

なかなか離れてくれない娘にヒューは困り果てた。村人が何人か笑顔でヒューと娘を見ている。今までも時々、この少女はヒューにしがみついたり抱きついたりしてくることがあった。村人達がニコニコ笑って見ているのもいつもの光景だ。

誰も助けてくれない。ヒューが力を込めて無理に引き離せば怪我をさせてしまう。毎回ヒューは困り果て、離れてくれるのをじっと待った。

しかしその日は違った。えるが家で待っている。早く帰らなければならない。それに、気になることを言っていた。娘は普段と少し違って見える。何かに焦っているようだ。ヒューを引き止める腕の必死さが物語っている。

「あんな子、って…」

「しらばっくれないでよ!私の気持ち、わかってるくせに!」

娘が怒鳴った。嫌な予感がした。ヒューが口を開く前に、娘はヒューに食ってかかった。

「お城で何してきたのよ!あんな、いやらしい生き物を連れて帰ってくるなんてっ」

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