第7話

ルフは傍にいた人間の肩を抱いた。チビと呼ばれた人間は怯た顔でエルとひゅーを見ている。

ルフはちらりとひゅーを見た。ひゅーは王を見つめている。

「なぁ、そいつはなんなの?人間だよね?エル様の、なんなの?」

「あ…ひゅーは…この人は、僕を、ここまで連れてきてくれて…良い人だよ、ひゅーは。良い人間で、王様のことも、教えてくれて…」

「話せるの?そいつと、エル様………人間なら、コイツの言葉、わかるよね?」

ルフの金の瞳が強さを増した。床に転がっていた人間の王はビクビクと痙攣してから膝をついて顔を上げた。

「あ…う…  だ?おま は…」

人間の王と目が合った。先程よりも目つきがしっかりしている。ひゅーは背筋を伸ばし、右手を胸の上に当てた。

「 は、   に  するひゅー  」

ひゅーが人間の言葉で何か話した。人間の王と何か会話をしている。

「ひゅー…   …あぁ、おま 、おま  !  が   いた …   い、 いきしだ。  が    な…そ か、たすけ  きた 、  を…」

「 なしを きに    た。なぜ、エルフの国 おそ  … に  、いない    。  、 なにが」

「そん も 、こっ が    い!この  が、とつぜ  あば  !ふし   からで、     へいし 騎士 、  れた! しあった!!こ な からがある    きい な 、なん   ちか は!  はいった  どう って…!」

ひゅーと会話をしていた人間の王は突然怒鳴り始めた。驚いたエルはひゅーにしがみつく。ひゅーはエルを抱きしめてくれたが、無意識のようだ。人間の王から視線を外さなかった。

ルフが笑いながらエルに問う。

「なに騒いでんだよ、クソジジイ。なぁ、何つってんの?コイツ。ひゅー?に、聞いてよ」

顎でひゅーを示すルフに、エルは涙をこらえてひゅーに問う。

「…ひゅー、このひと、なに、言ってるの?」

「… …ちから、うふの、ちからは、なにかと、聞いてる。王は、なにをされたのか、と」

エルがひゅーに聞くと、ひゅーはエルにわかるように答えてくれた。しかしルフにはわからなかったようで、不機嫌そうな顔で首を傾げている。ルフが怒り出さないよう、エルフの言葉でルフに答えた。

「ルフ、王様に、なにしたの?なにをされたんだって、聞いてるみたい」

ルフはとても怒りやすくなっている。ダークエルフになってしまったからだろうか。

ルフは元々、少し気性の荒い子だった。気持ちのコントロールが上手くできない。まだ若いからだろう。みんなで見守ってあげようとエルフ達でルフを支えることを決めたことを、昨日のことのように思い出す。

ルフは笑った。

「あぁ…ダークエルフになってね、力が、変わったんだ。風の力は使えなくなった。代わりにね、人間を、操れるようになったんだ。人形みたいに、ね」

「あ…操、る…?」

ルフの金の瞳は益々強さを増していく。ルフの笑みは子供のように無邪気で、その中に深い残酷さを秘めているように見えた。人間の王は口をパクパクと開閉して口の端から水を垂らしている。

「よく、わかんないんだよ、自分でも…この力が、なんなのか。でもね、苦しむんだ、コイツ。俺の、力で」

ルフは笑いながら王に強い視線を向ける。操っていると言ってた。しかし、はたしてそれだけだろうか。王の顔の色の悪さが気になる。顔面だけではない。服から覗く腕も茶色や緑といった色が浮いて見える。まるで土のようだ。

「…ルフ?血が…!」

「ぁめ!」

ルフの鼻と両目から血が流れ出していた。ルフの隣にいた人間がルフに抱きつき、ヒューを見た。

「 めて、この と、 めて  い! な、ちか …   、ま  、つ    す、  て、お  、   … さま 、も 、し   す」

ヒューが息を呑んだ。一体何を言われたのだろうか。ルフの隣の人間は涙を流して訴えていた。ヒューは王様に視線を移す。ヒューは王様を見つめたままエルフの言葉で教えてくれた。

「える、とめる、ダークエルフ…まほう、とめて、言ってる、おうさま、目が、しんで…生きてない者の、目だ」

「おい!なに喋ってんだよ、このジジイと話しろ!」

激昂するルフにエルは叫ぶ。

「まほう、ルフの…ルフ、魔法を止めて!王様は死んでる、それは、死んだ者を操る力だ!」

ルフはびくりと体を揺らした。死んだものを操る力。生き物のの理にはしたその力の代償は大きいはずだ。風の力を操るエルフは使う力の大きさによって疲労の度合いが変わる。跳ね橋を渡る時のエルがそうだった。好物の花の蜜で力を回復できたが、あれがなければ回復までには時間がかかっただろう。それだけ体の負担も大きい。実際、今ルフは両目と鼻から血が流れている。力がルフを蝕んでいる。

ルフが力を弱めたらしい。人間の王様はぐんにゃりと体を折って床に倒れ込んでしまった。どろりと濁った瞳がヒューとエルを見上げている。ヒューと、ルフの隣の人間はまたなにかを話した。ヒューは頷いて、暗い顔でエルを見た。

「える…きしだんも、きっと…しんでる…」

外で見た視線の合わない騎士達。エルフの国を襲った彼らは死んでいたようだ。一体何人の死体を操ったのか。ルフの体に、他に異変はないのだろうか。

ルフは鼻の頭に皺を寄せた。

「だから、なんだよ…死んでるから、なんだっていうんだ。俺は、聞きたいんだ、なんで、あんな真似、したのか。俺と、このチビを、汚したのか。なんでエルフの国は、襲われたのか…エル様。もう一度…ひゅーを、使って、聞いて、くれよ。伝えてくれよ。俺が、どれだけ、怒っているか。恨んで、いるか」

ルフの瞳がまた輝く。人間の王様は顔を上げた。

「わかった、聞くから。伝えるから!終わったら、もう、その力を使わないで!…ひゅー、王様に、聞いて。この子たちを、よごした、りゆう、エルフの国を、こわした、りゆう…よごした、は、きっと、むりやり…」

「あぁ、大丈夫だ。わかってる」

ヒューは頷いて王様に向き合った。

「あ 王。あな は    に、 をし   か。なぜ  、   ます。  に、エルフの国     は…」

「なに    、  ?  つら  だ!    と   だ  !それ 、エルフの   …  …いぅ、お  ?  が、エルフ    たのか?  に、  った   !」

王様は怒鳴っていた。怖くてエルはひゅーに抱きついたままだった。怒る王様に、チビは震えて怯えている。一体何を言われたのだろうか。言葉が早すぎて、エルには聞き取れない。

「  、 は…エルフ 、  にする  だった   。 んと 、  ?」

「  いて  。  ろう、ぃぅ 。 の の  。  だ !こぇ   に   に   らせ …   にすす  。エルフ   った。  て  あつめ     …   !この   エルフ、  あやつ  !」 

「 、 を…  、 ? し ? が、 の の   !?」

エルはびくっと飛び上がった。何を言ったかわからないが、ひゅーが王様に向かって怒鳴りつけた。ここまで怒っているひゅーを、エルは初めて見た。

くつくつと、王様は喉を鳴らした。笑っている。

「   、 ?  、いぅ エルフ  ぁな  … 、のそれ  ?エルフ ?いる  。あ  め。  。  。  のそば   。エルフ    ? く  。  、  が   。ひひっ…ぃる 、  …  で   。いひひひっ」

「  …  は、   つれて    ない!」

「  か、 ぅか。いる  、   だ。  。  この  いい  、   やる  」

王様はエルを見ている。その目は濁っているのにギラギラと光って見えた。失礼ながらとても不快な瞳だ。エルはひゅーに抱きつく腕に力を込める。ひゅーは王様から隠すようにエルを包んでくれた。

当のひゅーは、普段の冷静さを失っているように見える。怒りで瞳が煮えている。一体何を話しているのか、わからないのがもどかしい。

「  は、 のか? 、  の、王  。 まで  だ」

「 しい  …  の、ダークエルフ …  と 、  のぉ… 、ぃる、   、  ?ん?    。なぁ、いる 」

「 、 です、  …王様  、 、で …」

チビは顔を背けて震えている。王様はまたぐったりと床にひれ伏して動かない。ルフは血を流したまま膝をついた。力が限界なのだろう。

「ルフ、もうやめて…それ以上力を使ったら、きっと、おかしくなっちゃう」

「なに、言って、た?コイ、ツ…」

「…ひゅー、この人は、なんて…」

ひゅーは怖い顔で王様を睨みつけていた。が、エルの問いに、ひゅーはやっとエルの存在に気づいたかのようにエルを見た。

ひゅーは少し視線を彷徨わせてから、口を開く。

「ほんとう、だった。エルフの国、おそったのは…エルフを、その…」

「大丈夫…ルフも、大人だから。おしえて、ひゅー」

「…エルフを、どれいに…からだを、うらせる、ためだ。この国の、ために、ほかの国の、人間に…このふたりも、そうさせるつもりだった。るふ、の、となりの子は……もう、そういうしごとを、させられていた。この子は、まだ、おさない…こどもだ」

ひゅーは苦しそうに答えてくれた。ひゅーが聞いたという話は本当だった。それどころか、それよりもひどい話だった。ひゅーから見たエルはまだ子供だった。長寿なエルフは人間から見ると、年齢に比べたら若く幼く見えるらしい。ルフと同じか、それよりも幼く見えるちると言う人間は、まだ子供らしい。きっとエルが想像するよりもずっと若い年齢の子供なのだろう。

子供がそんな仕事をさせられていた。エルフの国では考えられない。ぐったりとひれ伏す人間の王様が、なんとも汚くおぞましい生き物に見えた。

「ルフ…人間の国の王様は、エルフを捕まえに来たんだ。エルフを、奴隷にするために。その子も、奴隷として働かされてたって。体を売る仕事を、させられてたって」

「っ…俺よりもちっちぇこいつに、そんなこと、させやがって、クソが!俺が、殺してやればよかった!」

ルフの言葉にエルは目を見開く。

「ルフが、殺したんじゃ、ないの?」

エルは、ルフの死体を操る力で王様を殺したのだと思っていた。そうではないらしい。一体だれが王様を殺しというのか。ルフは首を横に振った。

「俺じゃない。派手な格好をした、男だ…魔法で、殺したんだと思う。派手なやつは、他のやつに、殺された。誰がだれか、俺は、知らない。わかんない」

「待って、ヒューに聞いてみるから。ひゅー、おうさま、ころしてない。ルフは、してない。はでな、おとこの、ひと、が、ころしたって…わかる?」

「はでな、おとこ……ぃる、さ 。おう 、 に  か、 って ?」

「   す。 も、エルフ …  を  と て  。エルフ  と、  …おう 、   、   騎士団に   れ  。  に、  、騎士団に  …  た騎士団  、  …おうさま 、   、  …」

「…おうさま…まじないしのちからで、しんだ。まじないしのちからで、みんな、騎士団、も………連れてこられたエルフは、一人にげたそうだ。他のエルフは、城にたどりつけなかったようだ…」

チビとひゅーは言葉を交わし、二人は益々暗い顔になった。ひゅーの話を聞き、エルも具合が悪くなってきてしまった。この城で、なんとも凄惨な事件が起こってしまったそうだ。エルはエルフの国を思い出してしまった。その上、エルフの国から連れ出されたエルフは何人か、道中命を落としたらしい。ふらつくエルを、ひゅーが支える。

「ばかだ、にんげんは…どうして、こんな…」

ひゅーは苦しそうだった。ひゅーは騎士団の一員だった。仲間たちが死んでしまっていた。エルフの国を襲われたエルと同じくらい、苦しいだろう。

呪い師の力で騎士団達や王様は死んでしまった。騎士団を失ったひゅーは、仕事も仲間も失ってしまった。エルはひゅーの背中を撫でる。

「ひゅー…」

「あぉ」

チビがひゅーに声を掛ける。二人は何かを会話した。ひゅーはチビに対して、首を横に振っている。

何かを叩きつける音が響いた。ルフが床を叩きつけていた。

「おい。こいつと、なに喋ってんだよ。エル様、そいつ…チビとなに喋ってんの?なんで、エル様は人間と喋れるの?俺はこいつと話せないのに!」

「…僕、少しずつ、人間の言葉、覚えたんだ。ひゅーと、たくさん話をしたから。ひゅー、ルフが、チビさんと、なにを話しているのかって…」

「えぅ、ちがう、彼は、ちる、というなまえだ。ダークエルフ、を、しんぱい、してる。ごめんね、ありがとう、いってる」

ルフに伝えると、ルフは驚いて隣のちるを見た。

「おうさま、めいれい、のこと、を、きみに、した。ごめん、なさい」

ちるの言葉をひゅーが、ひゅーの言葉をエルが言い換えてルフに伝える。ルフは顔を歪めてちるを見た。

「お前…お前のほうが…チビの方が、辛かった、だろ…あんなこと、させられて…チビは、悪く、ない、だろ」

ルフの言葉を、ひゅーを通してちるに伝える。ちるは笑って首を横に振った。

「ぼくは、それが、あたりまえ、だったから…きみに…ルフに会って、あたりまえじゃなくなった、って」

ルフはちるを強く抱きしめた。二人に一体何があったのだろうか。

ちるはひゅーに何かを言い、ひゅーが教えてくれた。

「ダークエルフ、は…ちるが、その…されてるところを、見て、ダークエルフに、なった、そうだ」

きっと、自分自身よりもちるがされていることを見てルフは怒り、ダークエルフになったんだろう。

エルは良く知っている。ルフが優しい子であると。ちるがされていることに耐えられなかった。

「ルフ。チビじゃなくて、ちる、って、いうんだって。名前、呼んであげて。たくさん話したら、きっと伝わるから…ひゅー、ちるに、おしえてあげて。この子は、ルフだよ。名前、呼んであげてって」

ルフとちるはお互いに向き合った。

「ち…ぃ、る…」

「ぅ…う、ふ…?」

二人は頷き合って、また強く抱き合った。しばらく二人を見つめて、エルは口を開く。

「ルフ。僕は、エルフの国に帰る。ルフはこれから、どうするの?」

ルフは涙で濡れた顔を上げてエルを見た。今までは死んだ騎士団達を操り、城を守らせていたのだろう。力の消耗具合からいっても、それは長くは続けられないはずだ。

「ひゅー。ここはこのまま、だれもこないままかな」

「いや…この城のにんげんは騎士団たちのあらそいを見て、にげたらしい。そのにんげんたちが、もどってくるかもしれない」

ひゅーの口ぶりはただ戻って来るだけではなさそうだった。きっとこの城を取り返そうと、武器を持って戻って来るかもしれない。ルフはここに長く留まらないほうがいい。

「俺、は…帰れない。エルフの、国に…闇に、堕ちた、から…」

「うん。ちるは、一緒にいてくれそうかな」

ルフはちるを見る。

「わから、ない…でも、一緒に、いたい。いて、ほしい…一人は、いやだ…こいつ、守って、くれた、俺、を、…」

「ひゅー…ルフは、ちると一緒にいたいって…ちるは、どうかな。できれば、一緒に逃げてあげてほしいって、言って、ほしい。それから…ちるは、その、生きている、人、なのかな…」

ちるには帰る場所があるかもしれない。勝手なお願いだが、できればルフの傍にいてあげてほしいと思う。エルは傍にいられない。ダークエルフとエルフは共にいられないと、先程身を以て知った。エルはともかく、消耗しているルフの命を削りかねない。

ちるは王様や外の騎士団のような土気色ではない。しかし、人間を見慣れていないエルには判断がつかなかった。

ひゅーはちると話をしてその内容を教えてくれた。それはありがたい申し出だった。

「ちるは、いきている。うふといっしょににげるそうだ。エルフの国のちかくの   …休めるところをおしえた。うふに、つたえてくれ。ちると、いっしょにいてやってほしい。このこは…しろに、もらわれてきた。かえるところがない。ひとりぼっちだと、いってる」

ひゅーはまるで自分のことのように苦しそうに話してくれた。どうやらちるは、奴隷としてこの城にやってきたようだ。エルはルフに、真剣に向き合った。

「ちるを連れて、逃げて。ちるは一緒にいるって、言ってくれてる。ちるを、守ってあげて。きっとルフならできるから」

ルフは頷いた。ちるの手を強く握っていた。ちるはルフに寄り添い、その身を案じていた。

「ちるを連れて、逃げて。ちるは一緒にいてくれるって、言ってくれてる。ちるを、守ってあげて。きっとルフならできるから」

ルフは頷いた。ちるの手を強く握っていた。ちるはルフに寄り添い背中を撫でて、その身を案じている。

エルには想像しきれない何かが二人の身に起きて、二人で共有しているのだろう。見えない何かが絆であったらいいとエルは思う。

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