第10話別れの前兆、交わる運命

夜が明けて私たちは再び旅を再開した。

目的地まであと少しというところまで迫っていたが、空気はどこか重く静かだった。

カイル殿下は無言で馬を進め、リュカもその後ろを黙ってついてきていた。

私は二人の間で揺れる心を抱えながら沈黙の時間を過ごしていた。


「どうしよう…このままじゃ……。」


私の心はリュカとカイル殿下の間で引き裂かれるような感覚に囚われていた。

リュカとの距離が少しずつ広がっていく一方でカイル殿下への思いは日に日に強くなっていく。

それが正しい選択だと自分に言い聞かせてきたけれどリュカの存在が私の心を乱し続けている。


「エリザ、なにか話したいことがあるんじゃない?」


ふとカイルが私に話しかける。

多分私が暗い表情をしていたから心配したのかもしれない。

私に向けたその声には優しさが滲んでいて私の心を揺さぶられる。


「な、なんでもないの。だから気にしないで…」


私は言葉を詰まらせながら無理に笑顔を作ろうとする。


(カイルに今の私の思いを知られるわけにはいかないわ。誤魔化さないと…)


しかし、カイル殿下は私の顔をじっと見つめている。

私は目を逸らしたくなってしまう。


「無理はしなくていい。エリザが何か悩んでいることがあるなら俺に話してくれ。君の心を苦しめるものが何なのか知りたいんだ。」


彼の言葉に私は胸が痛む。

カイル殿下はいつも私を気遣ってくれる。

そんな彼に対して私はリュカへの思いを隠していることがどれほど罪深いことか分かっている筈なのに。

どうしてこうも深く悩んでしまうのだろうか?


(私っていつの間にか優柔不断になってる…)


「カイル殿下…」


私は彼にどう説明すればいいのか分からず、口ごもったまま答えを見つけることができなかった。

カイル殿下やリュカに申し訳ない気持ちで溢れてくる。


(ごめん…。カイル殿下、リュカ。)


謝りたい気持ちでいっぱいになった。

だが、その瞬間、リュカが突然たち止まる。

彼の表情は険しく、周囲を警戒している。


「……何かが近づいてくる。気をつけてくれ。」


リュカの声にカイル殿下も即座に馬から降りて剣を交える。

私は状況に戸惑いながらもすぐに剣を握り締めた。

静かな森のなかに何かが潜んでいる気配が確かに感じられた。


「来るぞ…!」


リュカが叫ぶと同時に巨大な影が私たちの前に現れた。

異様な形をした魔物が鋭い牙をむき出しにして私たちに襲いかかってくる。


「エリザ!後ろに下がってくれ!


カイル殿下が私を庇うように叫びながら剣乎構えた。

リュカも素早く動き魔物の攻撃をかわしながら斬りかかる。

しかし、魔物は巨大で一筋縄ではいかない相手だった。


「くっ……!」


リュカが魔物の一撃を受け、地面に叩き付けられた瞬間、私の中で何かが弾けた。


「リュカ…!」


リュカが傷ついている姿を見ると無意識に叫んでいた。

「リュカ!大丈夫!」


「大丈夫かリュカ!酷い怪我だぞ!」


私とカイル殿下は彼に駆け寄ろうとしたが、魔物が再び襲いかかってきた。


「きゃあっ!!」


魔物に襲われそうになったその時、カイル殿下が間一髪でその攻撃を防ぎ、私を庇ってくれた。

しかし、カイル殿下の表情は厳しい。

むしろ怒ってさえいるようだ。


「エリザ!下がれっていっただろ!もし怪我をしてしまったらどうするつもりだったんだ!!」


カイル殿下の怒鳴り声に私は一瞬ひるんだ。


「ごめんなさい、カイル。でも私…」


私はカイル殿下の悲しげな表情を見て謝罪をするが、リュカが地面に倒れたまま動けずに苦しそうにもがいている。

――私には余裕がなかった。


「リュカを助けないとこのままじゃ…!」


カイル殿下を振り切った私は急いで彼の元へと走り出そうとしたが、カイル殿下が私の腕を掴んで止めた。


「なんで?どうして!?」


私は彼の腕を振り払おうとする。

それでも彼の腕の力は強く、全く動かない。


「無茶をするな!なんとかするから!!」


カイル殿下の言葉に一瞬心が揺れたが、それでもリュカを放って置けないという思いが私を突き動かしていた。

その時、リュカがゆっくりと立ち上がり傷ついた体を引きずりながら剣を握り直した。


「エリザ様、すみません。俺が不甲斐ないばかりに……」


彼の言葉には力がなく呼吸も荒い。

それでも彼は諦めずに立ち上がり、私たちを守ろうとする姿勢を崩さなかった。


「リュカ、もう無理しないであなたが無事でいてくれればそれでいいの!」


私は叫びながら彼に駆け寄りたい気持ちを抑えきれずにカイル殿下の静止を振りほどいてリュカの元へと走り寄った。

リュカの体は冷たく、傷口からはぽたぽたと血が滲んでいる。


「エリザ様、近寄らないでください…これ以上、俺があなたに迷惑をかけるわけにはいきません……」


リュカは痛みに耐えながら私を遠ざけようとするが、私は彼の腕を掴んで離さなかった。


「迷惑なんかじゃない!あなたはずっと私を助けてくれたじゃない!今度は私があなたを助けたいの!!」


涙が滲み、口が震える。

リュカの苦しむ姿を見るたびに私の心は張り裂けそうだった。

カイル殿下が再び魔物に向かっていく間に私はリュカを抱きしめていた。

その感触が重く、冷たいものであっても彼を見捨てるなんて出来ない。

――出来る理由がない!!

――諦めるな、リュカ!!

私と同じくらいカイル殿下もリュカの様子に焦っていた。


「…エリザ様…カイル殿下…」


リュカの声がかすれて耳に届く。

彼の目は少しだけ潤んでいるように見える。


「俺は、あなたのことをずっと守り、君と唯一無二の親友になりたかった。でも、もう俺には……すまない…」


その言葉が最後になりそうな気がして、私はリュカの顔を覗き込む。


(そんなの絶対に嫌…!!)


私は必死に首を振る。


「そんなこと言わないで!リュカ、あなたはまだ……」


しかし、リュカはかすかに微笑んで私の手をそっと握り締める。


「エリザ様、あなたが幸せなら…俺はいいんです……」


その瞬時に私の心は激しく揺さぶられた。

彼の言葉には真実が込められて私とカイル殿下のために自分を犠牲にしようとしているのが分かったからだ。


(駄目よ…!絶対に駄目……!!)


「リュカ……お願い。もうこれ以上私を悲しませないで……あなたがいなければ私は――」


私の言葉が終わる前に突然強い光が辺りを包みよ込む。

カイル殿下が魔物に決定的な一撃を与えて闇を打ち払う。


「エリザ!リュカ!大丈夫か!!」


カイル殿下が急いで私とリュカに駆け寄ってくる。

その顔には焦りと心配が浮かんでいた。


★★☆☆★★






























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