第8話二人の誓い
影の魔王を倒してから数日が経った。私たちは村の平和を守った英雄として称えられ、感謝の言葉や贈り物が後を絶たなかった。しかし、私は少しだけ不安だった。なぜなら、影の魔王を倒したことで、今まで抑えていた感情がふと顔を出し始めたからだ。
「あの……カイル殿下、少しお話してもよろしいですか?」
私は意を決して、カイル殿下に声をかけた。村外れの静かな湖畔で、二人きりになれる時間を求めていたのだ。彼はそんな私の真剣な表情に気づき、微笑んでうなずいた。
「もちろんだ、エリザ。どうしたんだ?」
カイル殿下の優しい声が耳に響く。その一言だけで、私は少し緊張を和らげることができた。けれど、今私が話したいのはそんな軽い話ではない。ここで、きちんと気持ちを伝えておかなくてはならないのだ。
「……私、この旅の途中でいろいろなことを考えてきました。殿下やリュカのおかげで、今まで見たことのない景色を見たり、力を振り絞って戦うことができたりしました」
「エリザ、それは君自身の力だよ。俺たちはただ、君の力を引き出す手助けをしただけさ」
カイル殿下は、穏やかにそう言ってくれた。その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。しかし、それでも私は自分の中で答えを出さなければならない。
「カイル殿下……私は、本当にあなたの隣にいていいのか、不安になるんです」
「不安だって?」
「はい。私は……ただの一介の魔法使いです。あなたのような王族とは違う……私がこの旅を終えたあと、あなたにふさわしい存在であり続けられるか、正直、自信がないんです」
私の言葉が湖の静かな水面に吸い込まれていくように感じた。そんな私をじっと見つめるカイル殿下。彼の瞳はまるで、この世のすべてを受け止めるかのように深い色をしている。
「エリザ……」
その瞬間、カイル殿下はゆっくりと私の手を取った。その手のひらの温かさが、私の心の奥にまで届いてくる。
「君が隣にいるかぎり、俺はどんな戦いでも勝てる。君がいなければ、俺はただの王子だ」
「でも、殿下……」
「いや、エリザ。俺は君と一緒にいたい。君がどんなに不安になろうと、俺の気持ちは変わらない。だから、そんな心配はしなくていい。君は俺にとって、かけがえのない存在だ」
その言葉が、まるで魔法のように私の心を包み込み、不安を吹き飛ばしてくれた。カイル殿下は本気で私を必要としてくれているのだと感じることができた。
「……殿下、私も……私も殿下と一緒にいたいです! これからも、ずっと!」
私の言葉が出た瞬間、カイル殿下は優しく微笑んだ。そして、私の手をしっかりと握りしめたまま、もう一度強くうなずいた。
「ありがとう、エリザ。君がそう言ってくれるなら、俺も頑張れる。これからも、君と一緒にこの世界を守っていこう」
私たちはしばらくそのまま手をつないで、湖畔の静かな風景を見つめていた。カイル殿下のそばにいることで、これからもきっと乗り越えられるという確信が湧いてきた。
★★☆☆★★
その夜、村に戻ると、リュカが一人で星空を見上げていた。彼の横顔は、いつもの冷静な表情とは少し違って、どこか寂しげに見えた。
「リュカ、こんなところで何をしているんですか?」
「……エリザ様か。いや、ただ、少し考え事をしていただけだ」
リュカは相変わらず淡々とした声で答えたが、その言葉に何か引っかかるものを感じた。私はそっと彼の隣に腰を下ろし、星空を見上げた。
「リュカ、あなたも、何か不安なことがあるんですか?」
「不安? いや……そんなことはない。ただ、殿下とあなたがうまくいっているのを見ると、少し……」
リュカが言葉を濁す。私はその表情を見て、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。
「リュカ……」
「エリザ様、あなたのことを思って、俺はずっと戦ってきたんだ。だけど、殿下とあなたの絆を見ていると、自分がどこに立つべきなのか、少し迷ってしまうことがある」
リュカの言葉に、私は驚きを隠せなかった。彼がこんな風に自分の感情を吐露するのは、今まで見たことがなかったからだ。
「リュカ……私、あなたのことも……」
「いや、そんな顔をしないでください、エリザ様。俺は、あなたが幸せならそれでいい。それだけが俺の望みなんだ」
リュカはそう言って、静かに立ち上がった。彼の背中には、どこか重い決意が見え隠れしていた。
「リュカ……あなたも私にとって、大切な仲間です。忘れないでください」
「……ありがとう、エリザ様。それだけで十分だ」
彼はそう言って、振り返らずに夜の中へと歩いていった。その背中を見送る私は、胸の中に言いようのない感情が渦巻いていた。
リュカの言葉が心に刺さり、私は自分の選択が本当に正しかったのかどうか、また考え始めてしまった。でも、それでも……私はきっと、カイル殿下を選んでよかったと思う。
★★☆☆★★
その夜、私は眠れずにベッドで横たわっていた。リュカの言葉が頭の中を何度も巡り、そのたびに胸が痛んだ。だけど、私はもう迷わない。カイル殿下と一緒に、この世界を守るという決意をしたのだから。
「……これでよかったんだ、私は」
そう自分に言い聞かせ、私は目を閉じた。しかし、心の奥に残る小さな痛みは、なかなか消えることはなかった。
夜が深まるにつれて、私の心の中にはまだ残るリュカの言葉が渦巻いていた。彼が私に対して抱いていた感情、それは旅の途中では決して気づかなかったものだった。
「リュカも、私のことを……」
その事実が、今さらながらに私の胸を締めつける。しかし、私はもうカイル殿下を選んでしまった。リュカに対する気持ちもあるが、それはあくまで仲間として、友人としてのもの。そう、自分に言い聞かせるしかなかった。
「きっと、これでよかったんだ……」
何度もそうつぶやきながら、私は静かに眠りに落ちていった。しかし、その眠りはどこか不安定で、夢の中でさえ、リュカの悲しげな表情が頭を離れなかった。
翌朝、カイル殿下とリュカ、そして私の三人は、再び旅に出る準備を整えていた。村の平和を守り、次の目的地へと向かうためだ。しかし、昨日とはどこか違った緊張感が漂っていた。
「リュカ、大丈夫か?」
カイル殿下がリュカに声をかける。彼は何事もなかったかのように微笑んで返事をするが、その瞳にはやはりどこか寂しさが残っているように感じた。
「ええ、殿下。問題ありません」
リュカのその一言に、私の胸が再び締めつけられる。私は彼の気持ちを知ってしまったが、それでも旅は続けなければならない。今は、カイル殿下とともに、この世界を守るために。
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