第7話予兆と新たな試練
カイル殿下とリュカのおかげで、私は少しずつ自分の力を扱えるようになってきた。訓練の日々は厳しいけれど、二人がそばにいてくれる安心感で、私は何とか頑張れている。そんなある日、突然新しい情報がもたらされた。
「エリザ、リュカ、少し話がある」
カイル殿下が、厳しい表情で私たちを呼び寄せた。訓練の休憩時間、彼はいつもの軽やかさを感じさせない雰囲気だった。
「どうかしたんですか?」
「実は……領内の北部で、魔物の動きが活発化している。ここ数日は急速にその数が増え、被害も出ている」
「魔物が……?」
私は驚きのあまり、思わず息を呑んだ。魔物たちの存在は、この世界に来てから知ったけれど、それが実際に私たちの住む場所に脅威を及ぼすことになるなんて想像もしていなかった。
「そうだ。そして、その中心にいるのは『影の魔王』だと言われている」
「影の魔王……」
リュカが静かに繰り返す。その言葉の響きに、私は冷たいものを感じた。それは恐らく、ただの魔物とは違う存在。
「奴が動き始めたということは、我々も早急に対応しなければならない。エリザ、君の力が必要だ」
「私の……力?」
「そうだ。君の魔力は普通の人間では扱えないほど強大だ。まだ完全にコントロールできていないかもしれないが、その力があれば奴を封じることができる」
「でも……私、本当にできるのかな?」
不安が胸をよぎる。最近少しずつ魔法を使えるようにはなってきたけれど、それが『影の魔王』のような恐ろしい存在に対抗できるとは思えなかった。
「君はできるさ、エリザ」
カイル殿下は優しく私の肩に手を置いた。その温かさが、少しだけ私の不安を和らげる。
「僕もリュカも、君を信じている。君はすでに、十分すぎるほど強くなっているよ」
「……ありがとうございます」
殿下の励ましに、私は少しだけ自信が湧いてきた。そうだ、私はこの世界に選ばれて来たんだから、自分を信じなければならない。
「行きましょう、エリザ様」
リュカが淡々とした口調で言った。彼の冷静さが、今は頼もしく感じる。
★★☆☆★★
その夜、私たちは北部の村へ向かうことになった。カイル殿下、リュカ、そして私。三人で馬車に揺られながら、次第に冷たくなっていく夜風を感じていた。
「大丈夫、エリザ。僕たちがいる。君一人で戦うわけじゃない」
馬車の中、カイル殿下はそう言って私の手を取った。彼の手は温かく、その優しさが心に染みる。
「殿下……」
私はその手に応えるように、ぎゅっと握り返す。不安はあるけれど、彼がそばにいる限り、私は負けない気がした。
「リュカ、君も何か言ってやれよ」
カイル殿下が少しおどけたようにリュカに話しかける。
「……エリザ様なら大丈夫です」
リュカは簡潔にそう言うだけだったが、その言葉には確固たる信頼が込められているのが伝わった。
「ありがとう、リュカ」
私はリュカの方を向いて微笑んだ。彼は特に表情を変えることなく、ただ静かにうなずくだけだったが、その沈黙が今は心地よい。
★★☆☆★★
村に到着すると、そこは思った以上に荒れていた。家々は半壊し、村人たちが不安そうに集まっている。魔物の襲撃が頻繁にあったという話を聞いた時、胸が痛んだ。
「ひどい……」
「影の魔王がこの辺りを拠点にしているらしい。急ぐぞ」
カイル殿下が素早く指示を出し、私たちはその言葉に従って動いた。私も今は怯えている暇はない。全力で、この村を救わなければならない。
「エリザ、魔法の準備はいいか?」
「……うん、なんとか」
私は深呼吸して、自分の中の魔力を感じ取ろうとした。まだ完全にコントロールできているわけではないけれど、この場で怯んでいる場合じゃない。
「よし、では行こう」
私たちは村の北にある森の中へ向かった。そこが、影の魔王が潜んでいるとされる場所だった。
---
森の中は暗く、静寂が不気味な雰囲気を漂わせていた。木々の間から時折見える月明かりが、かすかな道しるべとなっている。
「気をつけろ、何か来る」
リュカが鋭い声で警告する。私たちが足を止めたその瞬間、突然闇の中からいくつもの魔物が姿を現した。
「来たか……!」
カイル殿下が剣を抜き、リュカもすぐに身構えた。私も魔法の準備を整え、いつでも魔物に対抗できるようにした。
「エリザ、僕たちが前線で戦う。君は後方から魔法で援護を頼む」
「わかった!」
カイル殿下とリュカが素早く前に出て、次々と襲い来る魔物を倒していく。二人の動きはまるで息が合っているかのように、スムーズだった。
「……はぁっ!」
私は魔力を集中させ、魔物に向かって魔法を放った。青い光が魔物たちを貫き、次々と消えていく。
「エリザ、すごいぞ!」
カイル殿下が私を褒めてくれる。その言葉に、私は少し自信を持てた。
「まだまだいけるよ!」
次々と魔物を倒していく中、ふと背後に不穏な気配を感じた。その瞬間、巨大な影が私たちを包み込んだ。
「これは……!」
「影の魔王だ……!」
リュカがすかさず叫んだ。目の前に立ちはだかる巨大な影。その圧倒的な威圧感に、一瞬動きが止まった。
「エリザ、準備はいいか?」
カイル殿下が剣を握りしめ、私を見つめた。私は深く息を吸い込み、全ての魔力を集中させた。
「……うん、やるよ」
自分を信じるしかない。ここで怯んでしまえば、すべてが終わってしまう。
巨大な影が徐々に形を成し、その姿が私たちの前に明確になっていった。まさに「影の魔王」と呼ぶにふさわしい、黒い霧のような体が渦巻き、赤く輝く目が私たちを見下ろしていた。
「こ、これが……!」
その異様な存在感に、私は思わず一歩後ずさる。体が震え、恐怖が全身を包み込んだ。
「エリザ、落ち着いて! 俺たちがいる。君ならできる!」
カイル殿下がすぐに私の肩を叩き、私を励ましてくれる。彼の言葉で少しだけ冷静を取り戻したが、それでも目の前の魔王の威圧感は圧倒的だった。
「……やれる、やれるはず」
私は自分に言い聞かせ、手のひらに魔力を集中させた。今まで何度も訓練を積んできたし、リュカとカイル殿下もそばにいる。自分を信じて、戦うしかない。
「エリザ様、あなたの魔力で奴の動きを封じてください。我々がその隙に斬りかかります」
リュカの冷静な声が響く。その声に背中を押され、私は魔力を一気に解き放った。青い光が私の体から溢れ出し、巨大な光の柱となって影の魔王を包み込んだ。
「うああああ!」
影の魔王が苦しげにうめき声を上げる。彼の体が一瞬揺らぎ、その黒い霧が薄れる。
「今だ、リュカ!」
「行くぞ、カイル殿下!」
二人は同時に剣を構え、魔王に向かって一直線に突っ込んでいった。その動きはまるで一つの生き物のように連携が取れており、私はその背中を頼もしく見つめていた。
「はああっ!」
カイル殿下の剣が輝きを帯び、リュカの剣も鋭く光る。それぞれの一撃が影の魔王に深く食い込み、黒い霧が一瞬で散っていく。
「や、やった……?」
私は緊張が解け、ふらりとその場に膝をついた。魔王が消えたことで、森の中が急に静かになり、不気味なほどの静寂が戻った。
「……ふう、これで一安心だな」
カイル殿下が私のそばに来て、優しく私の肩に手を置いた。彼の手の温かさが、全ての恐怖を和らげるようだった。
「エリザ、君のおかげだ。よく頑張ったな」
「……ありがとうございます、殿下」
私は彼の言葉に涙がこぼれそうになるのを必死にこらえた。ずっと不安だった。自分が本当に役に立てるのかどうか分からなかったけれど、こうして無事に終わることができて、ほっとしていた。
「エリザ様、無事で何よりです」
リュカも私のそばに来て、淡々とした口調で言った。彼の言葉には温かさが込められており、少しだけ微笑んだ。
「ありがとう、リュカ。あなたたちのおかげで、私も頑張れました」
---
その後、村に戻ると、村人たちが私たちを歓迎してくれた。影の魔王の脅威が去ったことを知り、彼らは安堵と感謝の言葉を私たちに送った。
「エリザ様、リュカ、そしてカイル殿下、本当にありがとうございました!」
村の長老が深々と頭を下げる。その姿に、私は改めてこの世界の人々のために力を尽くしたことを実感し、胸が温かくなった。
「いや、エリザがよく頑張ってくれたおかげだよ」
カイル殿下は私を誇らしげに見つめながら、そう言った。リュカも静かにうなずき、私は少し照れくさそうに笑った。
「まだ終わったわけじゃないけど……」
そう、影の魔王を倒したとはいえ、この世界のすべての危機が消えたわけではない。これからも多くの試練が待ち受けているはずだ。
「でも……私はもう、迷わない。カイル殿下、リュカ、そしてこの世界のために、全力で戦います!」
私は二人に向かって強く決意を表明した。その言葉に、カイル殿下もリュカも満足そうに微笑んでくれた。
その夜、村で簡単な宴が開かれた。食事の席で、カイル殿下とリュカとともに穏やかな時間を過ごし、私は少しだけ未来に希望を感じていた。試練は続くが、二人がそばにいてくれる限り、私は乗り越えられるはずだ。
「エリザ、明日も訓練だぞ。覚悟しておけよ」
「もちろんです、殿下!」
私たちは笑い合いながら、夜が更けていく。
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