第2話

 死刑になることを覚悟していたが、ちょうど国会で死刑制度が廃止される法案が通り、楠本が判決を下される直前に死刑が禁止となった。

「被告を懲役三百年とする」

 裁判官は無表情で法廷に響く声で言ったが、見ようによっては口にゴーヤーでも詰め込まれたような渋い表情に映った。楠本の背後から遺族の怒号が聞こえてきた。

「ふざけんな! お前なんか死んでしまえ!」

「俺が殺してやる! 来いいますぐ!」

 楠本は背後を振り返り、頬を持ち上げてやった。遺族の怒号がさらにボリュームを上げて楠本にぶつけてくる。裁判官はすぐに退廷を命じ、楠本は法廷を去った。

「絶対に抜け出してやるからな」

 出てくる毎食少量のみそ汁を口に含み、刑務官の目を盗んで檻の鍵穴に垂らすようになった。刑務作業以外にわずかな時間が空いたとき、腕立て伏せ、上体起こし、スクワットを計画的に実施して凹凸のある体に仕上がった。壁の上には有刺鉄線が刑務所をぐるりと囲んでいるのも把握していた楠本は、庭で尖ったものを見つけては握りつぶして痛みに耐える練習もし続けた。

五年後、脆くなった鍵穴は僅かに押すと簡単に壊れ、部屋から出ることができた。五年の間におおよその刑務所の構造は頭の中に入っていた。刑務官も一人買収している。

「お前の家族の住所もう知ってるぞ。俺の仲間がずっと見張ってる。いつでも殺せんだぞ」

 全くのでたらめだったが気の弱い刑務官は信じ、監視カメラの映像をオフにした。いつもの庭にでたときにサイレンが鳴り響き、刑務官らが飛び出してきた。長年壁に傷つけて作ったくぼみに爪先を差し込んでよじ登る。ありがたく照明が照らしてくれるのでくぼみの位置がわかりやすい。あとは有刺鉄線を掴んで乗り越えるだけ。身体に疲れはない。

 しかし、想定外だったのは有刺鉄線に触れたときだ。触れた瞬間、全身に鋭い痛みが駆け巡った。その反動でつま先が離れ、地面に落下した。背骨からの落下はまずいととっさに判断し、頭を両手で覆い横向けに落下した。

「ぐふう」

 幸い、背骨や頭を守ることはできたが、あまりの衝撃で立ち上がることができない。そのうち刑務官らに囲まれ、脱獄は失敗に終わった。脱獄したことで罪を犯したことによる反省が見られないとして、懲役が五十年長くなった。

 やっぱり刑務所を脱獄するのはリスクが高い。なら、三五〇年生きてやろうじゃねえか。

複数本肋骨の折れた腹をさすりながら楠本は心の中で誓った。

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