船神レモンという女 ~メモリアル~
燈夜(燈耶)
船神レモンという女 ~メモリアル~
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船神レモンという女 ~メモリアル~
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バイト先の居酒屋にXが流れた。素晴らしい高音のバラードである。
まあ、この場に似つかわしくはない。
この場に似合うのはそうだな、加賀岬かうまぴょい伝説、と言ったところであろうか。
スポーツ新聞を客の親父が広げていれば、なお相応しい。
え? 赤鉛筆を耳に?
──昭和かッ!
鳴っているのは俺のポッケのスマホだ。
そう、俺が発信源。
Xが流れてくるということは、マリィかレモンのどちらかなのだろうが。
いずれにせよ、今の俺は忙しい。
超忙しい。
モノごっつ忙しかったい! 今は勘弁してくれんね!!
え? 電話に出ろ?
冗談だろう。
今の俺は三件目の掛け持ちバイトだ、楽器店に家庭教師に居酒屋。
え? そんなに働いてどうする?
金が、金が要るんだよ、それも早急に!!
だからバイトを増やしたんだ。
適当なの探してたら、楽器店のリョウ兄がダチの店ということで、ここを紹介してくれて。
まあ、俺のそんなことはどうでもいい。
とかく、この居酒屋繁盛しずぎぃ!
俺は店内を駆けまわる。
ビールジョッキを両手に持って、右へと左へと。
料理皿を持って次から次に。
もつ鍋の匂い、焼き鳥のたれの匂い、タバコのにおい、アルコールの匂い。
そして時々香水のにおいも混じって。
この店には、とにかくそんなものが充満している。
流れているのはX。
通話に出ることはできないが、瑞姫でないだけマシである。
マリィかレモンなら、放っておいてもあとからどうにでもなる……と思いたい!
「あんちゃん! 焼酎! 瓶で! 芋!」
赤ら顔のお客さんが、座敷席から通路へ顔を出して怒鳴る。
「はい、承りました! 親父さん、芋焼酎を瓶で5番さん!」
俺は髭面の親父さんに注文内容を報告す。
「あいよ! 神薙! 手が空いてるだろ、芋焼酎5番さんに持って行ってやんな!」
「はーい、親父さん」
炭火の前で焼き鳥を焼いている親父さんの指示に、トロイ女の声が続く。
それが聞こえたころ、電話のコール音は止んだ。
俺は少しホッとする。
で、俺は気持ちを切り替え、また仕事モードに戻ったのだが。
だがしかし!?
スマホが鳴る。
今度はメールの着信音だ。
おおおう、おおおおお!
言わずと知れたマリィだろう。
メール魔のアイツに違いない。
スマホはピコンピコンピコンピコン鳴っている。
新着メッセかメールか。
まあどちらでもいい。
マリィめ、仕事の邪魔だっつーの!
で、それも一息つけば。
もう、閉店時間が迫っていた。
いや、正確には午後十時、法廷時間が迫っているのだ。
「おう、帰るのか、今日もありがとなあんちゃん!」
「はい、これからもよろしくお願いします!」
と言っては夜の街を一人歩きだす。
で、一歩出た瞬間。
スマホの着信音、Xが流れ出る。
──はあ、疲れる。
マリィか、いや、電話だからきっとレモンだな、うん。
俺はスマホを取り出すと、通話を始める。
「──お前、今な時間までバイトやってるのかよシュン」
それは氷の声だった。
実に酸っぱい。
レモンである。
「あーあ、この不良。せっかく晩飯でも一緒にと連絡したのに、お前出なかったからな」
「外食?」
「そうだよ。だからマリィと行ったよ。回るお寿司にな!」
「マリィ、生魚キライだろ?」
「サブメニューの豚骨ラーメンとデザートにモンブラン食ってたよ、マリィは」
「そっか、でもバイト抜けるわけにはいかなかったからな」
「なんでだよ」
「金が要るんだよ、しかも今の店はリョウ兄ィに紹介してもらった店でもあるし」
「はあ? バイトならお前、そのリョウ兄ィの店でもしてるだろ? しかもお前、家庭教師もやってるじゃないか、小中学生の」
「足りないんだよ、全然足りないの」
レモンがため息をつくのが聞こえた。
「金金金って、お前なあ」
「いいじゃないか、俺は好きでしてるんだ」
「金の亡者になることが?」
「違うよ、俺にはやりたいことがあるんだ」
「やりたいことって、何か楽器買うのかと。それともパソコン?」
「違う違う」
「えー!? 教えろよケチ」
「いいじゃないか、秘密で」
「なんだよそれ。あたしにも秘密あ!? 教えろよ、マリィにも話してないんだろ?」
「ああ、秘密さ」
「はあ? あたしとお前の中じゃないか、良いじゃないか教えろよ」
「ヤダ」
「なんかムカついてきた。だれか殴りたい気分だ」
「夜中にバイオリンでも練習するんだな、誰かが殴り込んでくるまで。そうしたら、そいつを傘でもバットでも椅子でも使って殴りつけてやればいい」
「なんだとシュン、お前あたしをなんだと」
「え? 気軽に話せ、深い相談もできる幼馴染だろ? マリィと一緒で」
「マリィと一緒、か」
「そうさ?」
──その後、一分ほど沈黙があり、再びレモンのため息が聞こえ。
「じゃあ、もういいよ。こんどランチやディナーにお前誘わない。忙しいんだろ? バイトで」
「ああ、忙しい」
「けっ! お前なんか知るか!」
プチ。
──あ、通話が切れた。
どうやらレモン、怒ったようだ。
いや、今の剣幕、どう考えても怒ってるだろ。
で、俺も溜息をつき、メッセージの確認をする。
マリィから連絡が来てるはずなのだ。
未読数十個。当然すべての全部差出人はマリィ。
──ああ、いも見てもこの数のメッセージ、眩暈がするぜ。
で。
俺は読まなかった。
だって、レモンがマリィから聞き出して、俺にレモンが通話してきたに決まっているのだから。
でも、こう忙しいのも月末までだ。
うん。
俺はその日が待ち遠しい。
きっと、先ほどのようないがみあいにはならない。
みんな笑顔で。
多分。
いや、きっと喜ぶ!
そんなことを思いつつ、住宅地の街灯を頼りに俺は家路を急いだ。
◇
「じゃ、今日で辞めるんだな、このバイト」
「ええ、ありがとうございます」
「いやいや、他でもないリョウの頼みだったからな。君はよく働いてくれた。もしよかったら、この後もそのまま働いてくれると助かる」
「いえ、せっかくですが」
「そうかい? でも、働き口がなかったら、ホント歓迎するよ、朝倉君」
うん、俺はその日、バイト代の大金を手にした。
使い道は決まっている。
うん、それしかないだろう。
いや、むしろ他になんに使う!?
うん、うん。
俺は気が緩んでいるのだろう。自分でわかる。
気が付けば、俺はFOOL for THE CITYを口ずさんでいた。
うん、クール、実にクール。気分はロックンロールだぜ!
◇
俺は二人にチケットを渡した。
「なんだよこれ?」
とはレモン。
「だよぅ」
との情けない返事は金髪のマリィ。
ん。
二人はぽかん、としてるが、俺が二人に渡したのは……。
「万博のチケットだよう!」
マリィが叫んだ。
「大阪! しかも一週間パスポート!」
二人が揃って俺を見る。
その眼は点。
いまだ現実が見えてないようだ。
「二人とも、今度の休みに万博に行くぞ! 瑞姫も連れて。六泊七日で楽しみまくるぞ!」
「ってことはリゾートホテル!?」
「ああ」
「で、で、もしかして新幹線!?」
「そうだぞ」
「ホテルの食事ってもしかして!?」
「どこかの食いしん坊のために、食い放題のバイキング形式だッ!」
俺が言い放つ。
「じゃあ、バイトはこのために!?」
「おおおお、シュンちゃん凄いんだよう!」
二人の幼馴染は実に嬉しそうだ。
ああ。
きっとみんなで楽しむ万博は、きっと思い出深いものになるに違いない。
そうさ。
こいつらの笑顔が見たい。
だから、俺は無理にバイトを入れたのさ。
まだ見ぬ万博。
頼むから楽しい夢の空間でありますように、っと!
船神レモンという女 ~メモリアル~ 燈夜(燈耶) @Toya_4649
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