第5話 WHY WHY WHY?? 〜タワマンラプソディー〜

「うわータワマンやん、、、嫌だぁああああ〜〜!!!」

と、いつものように独り言を言いながら自転車にまたがると、目的地にこぎ出す。

 パクパクEatsなどフードデリバリーをやっている人は共感できると思うのだが、我々配達員はタワマンへの配達が 大っっっっっっっっ嫌いである。


 理由としては、とにかく時間がかかる。

 普通のアパートやマンションのように正面玄関から入ってそのままエレベーターに乗って部屋の前まで行けたらいいのだが、多くのタワマンは部屋に辿り着くまでがとにかくからくり屋敷か?と言いたいくらいたいそうめんどくさいシステムのところが多い。


 セキュリティー上そうなっているのかもしれないが、だったらアメリカみたいに注文した人は一階のロビーまで降りてきて、商品を受け取るべきである。セキュリティー上そのほうが安全なのだから。


 でもいまのところ日本のシステムは、どれだけめんどくさかろうと、どれだけ住人や警備員から配達員はゴキブリみたいな目で見られても、注文者の部屋の目の前まで持っていかなければならない。なお、部屋にたどり着くまでにかかるめんどくさい手続きや永遠に降りてこない、住民様とは別の業者用のエレベーターで行き来するのにかかる時間(10分からひどい時には30分くらい)は、実質タダである。これが最近 パクパクEatsではお馴染みの320円配達だったときはもうたまったものではない。下手すると時給320円に平気でなったりする。その上チップは日本ではほぼ期待できないとなると、我々配達員はドMなのかと思ったりもする。


 炎天下の中、汗だくになって5キロ自転車をこぎ、ついに目的地に着いた。名前に「◯◯◯タワー」がついていたのでタワマンを覚悟していたが、やっぱりタワマンだった。もしかしたらタワーという名前の2階建てのアパートかもしれないとちょっぴり期待しちゃったぶん、がっかりしながら正面エントランスを探す。


 、、、、ん?ないぞ。


 私は地図を見直す。炎天下の下、私のスマホは爆熱を放ちながら、自ら画面を暗くしてなんとか生き延びようとしている。よってとても見にくい。

 入口はだいたい大きい道路に面していることが多いのだが、このタワマンは違うらしい。私は自転車にまたがり、建物にそってゆっくりこぐ。

  

 もちろん自分がいたところの真反対に入り口のようなゲートがあり、入っていくと、

「あー、ちょっとちょっと!」

と、警備員のおじさんに呼び止められる。

 止まって振り返る。

「配達の人でしょ?入っても自転車停めるとこないから、どっかよそで停めてきて!」

 えらっそーな口ぶりである。ハズレを引いた。警備員の中には、自分達みたいな配達員にはとても横柄になるタイプと、とてもフレンドリーに接してくれるタイプとある。7対3くらいの割合だ。

「よそって、どこか近くにありますか?」

「知らないけど、敷地内には停められないから!苦情きてんのよ。ウーバーが好き勝手に自転車停めて邪魔だって。」


 好き勝手って、、、お前んとこの住民が注文したものを配達にきてるだけなのに、なぜ遊びに来て勝手に停めてるみたいな言われ方しなければならないのか。

 私はゲートを出て、反対側の道路に自転車を停めて、早足でゲートをくぐる。時間がかかりすぎている。注文者から低評価をもらうかもしれない。急がないと。


 やっとエントランスまでつく。最近のファンシーなマンションは全部ガラス張りで、ぶつかりそうになる。実際ぶつかったことも何度かある。かと思えば、simple is best がモットーになっているデザイナーマンションのような場所は、壁もドアもなんだかお洒落な石で出来ていたりして、どこにも何も書いてないから入口すら分からず、うろうろしていると、壁と思っていた壁のような壁がウィーンと開いたりして、「お前、ドアやったんかい!」と一人で壁にツッコミしたりもする。



 ガラスだらけの罠をぶつからず抜け、インターフォンを探していると、

「あーちょっと!配達の人はそっちじゃないよ!」

 先ほどのえらそうな警備員がいつの間にか後ろにいた。ついてきてたのか。

 もしかしたら普通に入れるかとしれっと入ろうとしたがダメだった。

「防災センターはどこですか?」

「それはあっちで聞いて!」

と、遠くに見える箱のような物を指差す。


 汗をダラダラ流しながらその箱に着くと、窓口のようなものがあり、そこで聞くらしい。

「すみません。配達のものですけど、防災センターはどこですか?」

「防災センターですね。はい。」

と、何やら地図のような物を取り出し、

「ここをまっすぐいって、左に行って突き当たりを右にまがって左手側にございます」と地図に赤い線をシュッシュッシューっと引いて、渡してくれた。


 ああめんどくさい、、、、。私は地図を受け取ると防災センターまで歩いた。てか今の箱防災センターでよくない?なぜに無駄にワンクッションあるのだろう、、、金持ちの考える事はよく分からない。それにしても暑い、、、。もう防災センター預かりでいいじゃん!なんでこんなめんどくさい思いして部屋の前まで持って行かなきゃいけないの?

 とぼやいても私たちはしょせんAIの奴隷。パクパクEatsというシリコンバレーの金持ちのぼっちゃんが作り出したシステムピラミッドの最底辺にいる奴隷にすぎない。


 防災センターにつくと、これまたえらそうな態度のおっさんに名前や連絡先を書かされたあと、またもや地図を出されて3つあるオートロックの場所を教えてもらった。

 その紙を持って永遠かと思われた通路を通ってやっと一つ目のオートロックにたどりつく。

 [3204]を押したあと、「呼出」を押す。

 ピーンポーン、、、、となったあとしばらくして「お話ください」と表示が出たので、「お待たせしましたパクパクEatsで〜す!」というと、ピーっと解除された。

 出ました。オートロック無言解除。


 それから中に入り、ちょっと進んでは2個目、そのまた先に進んでは3個目のオートロックも無言で解除され、また迷路をさまよい、やっとエレベーターについた。これは、居住者とは別の業者用のエレベーターである。心なし汚い。

 先に着いてエレベーターを待っていたであろう配達業者の人がいたので、お疲れ様で〜すとお互い挨拶をする。


 居住者用のエレベーターは5つくらいあったが、業者用はもちろんひとつである。

 32階に行かなければいけないのだが、エレベーターは下の降りてくるどころか28...29...と上に上がっていっている。 

 ああ、これはめちゃくちゃ時間かかるな。私はスマホでTwiterを開く。


 すると、notificationが8つも来ていた。

Patrickのほうのアカウントだった。自分の本垢のTwitterではせいぜい notification 3でいいほうである。

 見ると昨夜ツイートしたゲーム内での自撮りショットにいいね!とコメントがついている。「イケメンすぎぃ〜〜!」とか、「同じキャラなのに私のソードマスターよりイケメンなのはなぜ!?」など、女性からのコメントやフォローが続く。すごい。イケメンパワーすごい。

 コメントをくれた人に、 「Thank you, you are so sweet」「Thanks! you look super cute, too!」と、アメリカ人ならではの甘いコメントを返す。キモいと思われないラインで甘いコメントを返すように努力をする。楽しい。


 5分くらいごちゃごちゃやっていると、やっとエレベーターが来た。しょっているバカでかい箱型のバッグが邪魔にならないように持って乗り込み、32を押す。

 私の他にもヤマト、佐川、他のフードデリバリーの人たちが、こぞって乗り込む。みんながみんな違う階で降りるので、32階に着いたときは私一人になっていた。


 目的の部屋の前に注文の松屋の牛丼2つを置き、またエレベーターへと急いだが、エレベーターはもちろん 22....21....と下っていっていた。


 あああああああああああもういやあああああああああ1つしかないのにいいいいいいいいいいいい!!!!!と叫び出したくなる衝動を抑え、薄暗闇の中今度は自分の本垢のTwitterを開き、国内外のニュースをチェックする。今日も気の重くなるニュースで溢れている。その横を住人らしき人物が胡散臭そうにこっちを見ながら通過する。ヘルメットかぶって首からタオル巻いた全身焼けないように覆われている男か女かも分からない自分はかなり怪しいし、このマンションにそぐわないと自覚はある。私だって一刻も早くここから抜け出したいが、なんせエレベーターが一つしかない上に自分の階に来るまでにめちゃくちゃ時間がかかるのだ。


 お出かけの用意をしたような家族連れがわいわい話しながらこちらへ歩いてきて、私の横を通る時びっくりするくらい静かになる。


「なにあれ、、、ウーバー? 怪しすぎでしょw」

「ママー!あの人男の人ー?女の人ー?」

「こら、見ちゃいけません!」

 なんて話してるんじゃないかと勝手に被害妄想が始まる。ああ早く抜け出したい。これで報酬320円とか、、、いや、タワマン内で時間かかりすぎてるので調整金が入って325円にはなってるかな(真顔)。


永遠と思われた待ち時間がやっと終わり、私はエレベーターに乗り込んだ。



 暑すぎて具合が悪くなってきたので、今日は早々と引き上げることにした。320円を追いかけて体調崩すほど割の合わないものはないと思ったからである。最近こういう日が増えてきている。なんの理由も説明もなく突然の報酬引き下げ、我々奴隷配達員は「えええ!?」ととまどいながらもひたすら運ぶしかない。生きるために。


 問い合わせたくても、術がない。仮に問い合わせできても、「報酬はきちんと支払われていると確認できました」のようなトンティンカンなテンプレしか返ってこず、こちらの問うなぜ報酬が下がっているのか、どういう計算方法なのか、などに返ってくる答えはまずない。答える必要はないのだ。なぜならパクパクEatsにとって、我々はただの奴隷、馬車馬でしかないのだ。それを隠さないし、報酬、待遇はやればやるほど悪くなる。そしてそれに対抗する術もないという現実が、だんだん耐えきれなくなってきて、まだ注文が入る時間なのに引き上げてしまうことが増えてきた。


 帰る途中で、いつものお気に入りの弁当屋で、今日も鯖味噌弁当を買う。

 家に着いてソファに座ると、どっと疲れが襲ってくる。座ったまま、何をするでもなく、ぼーっと虚無を見つめている自分に気がつき、ハッとすることが増えてきた。

 いかんいかん。生きろ、私。ぬけがらになるな。さ、ログインしよう、、、。


~明日へ続く〜

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