第十八話『消滅』
人間界に行っている三人が戻る前に天界に戻った私は、マドラスが言った奥の部屋へと向かった。いつも皆が集まっている部屋の端に奥の部屋へと続く細くて長い廊下がある。ここまでは来たことがあるが、この先に進むのは初めてだ。白い壁、所々に真鍮製のランプがあり、柔らかく廊下を照らしてくれている。ゆっくり、ゆっくり進んでいくと木製の扉が見えた。古い南京錠が掛かっていたが、私が触れると煙のように消えた。廊下のランプと同じく真鍮製のドアノブは冷たく黒ずみが所々にあり、回すとギリギリと音を立てた。
緊張しながらドアを開けるとそこは小さな部屋だった。畳四枚ほどの部屋、奥の壁には祭壇があり、燭台のようなものが置いてある。それ以外には何もない。
「ミライ」
「マドラス」
後ろからのマドラスの声にまた涙が溢れそうになる。しかし、私は気がついた。これは記憶だ。この部屋にマドラスが残した記憶。
「ミライ、悲しむな。これは運命だ。長くは話せないから、手短に言うぞ。ここは主神の部屋だ。思い浮かべればなんでも見ることができ、なんでも聞くことができる。不安になったらここに来て集中しなさい。過去の主神たちが必ず力になってくれる。よいな。悲しむでないぞ。まだやることが残っているぞ」
マドラスが消えると祭壇に向かい手を合わせた。すると勝手にお腹の辺りから神玉が現れ真鍮製の台の上に乗った。燭台だと思ったその台は神玉を乗せておく台だった。主神は身体の中に神玉を持たず、ここに置いておくのかと理解した私は、自分の神玉に一度だけ触れると部屋を後にした。
長い廊下を戻ると、そこには人間界から戻った三人が待っていた。
「マドラスは行ったのか?」
「行った?どこに?」
「先生はご存知だったんですね。ウェズ、グリス・・・・・・マドラスは・・・消滅した」
あまりの衝撃にウェズは、一瞬の間を置いてからその場に崩れるように座り込んだ。グリスもまた状況が把握できていないように見えた。私はさっき目の前で起こったことを二人に説明して聞かせ、最後にすまないと言うと足の力が抜けてしまい、膝から崩れてしまった。マドラスが悲しむなと言っていたが、悲しくないはずがない。消滅することを知っていたなら、なぜ話してくれなかったのかと怒りも抱いていた。
「三人共よく聞け。悲しんでいる暇はないのではないか?残った一つはどうするのだ?」
順調にスピードを上げながら走っていた車が急ブレーキで止まったかのような感覚だった。頭の中がくるりと一周して悲しみがリセットされた。そうだった。なぜ一つだけ残ったのだろうか。
「最初は順調だったんだ。白い光が世界中に充満しながら一つずつ獄落門は消えて」
「最後の一つだけ光が当たってもなんともなかった」
「見に行こう」
座り込んでいた三人が立ち上がり、同時に頬を膨らませて大きく息を吐いた。戦いが待っている、そんな気がしていた。あの時のような後悔はもうしない。私は主神になったのだから。万が一にも失うことがあってはならない。
三人で向かったのは十三個あった獄落門の中でも一番大きな街に現れた獄落門だった。遠くに確認できる距離まで近づいてみると、結界が張られていないことに気がついてスピードを上げた。顔を掠める風が刺さるほど痛くても、スピードを緩めず近づいたのに、手遅れだった。ほんの少し間に合わなかった。獄落門から出てきた青い手が門の柱を掴むとカルマほどの鬼神が現れた。カルマとは違い顔も体も青く、角は一本。手には大きな金棒を持っている。獄落門から一歩踏み出しただけなのに、辺り一帯の建物に火がついた。こんな奴が街を歩き回ったら、街は火の海になってしまう。
「火は私が消す!奴を止めろ!」
グリスが龍の姿になり離れると、私とウェズは剣を手に鬼神に向かった。
「お前たちか!カルマをやったのは!」
「怒ってるな。どうする?」
「どうするもなにも、戦うまでだ」
「私は大鬼神ワカだ!もしかして獄落門を消したのもお前たちか?」
「だとしたらなんだ?デカいだけで勝てると思うなよ」
ウェズが刺激したせいで、怒りを露わにしたワカは手にしていた金棒を振り回した。カルマよりも動きが速い。容易に近づけない。さらに振り回した金棒が風を起こし、周囲の火の勢いが増した。このままここでは戦えない。ワカを連れてどこかに瞬間移動したいところだが、実行するには体に触れる必要がある。しかし、近づけないから触れるのも簡単ではないな。空中では力が入らず金棒に弾かれるばかりだ。隙を探すも見つからない。飛び回りながら考えている間に疲れも溜まってきた。このままではウェズも私もやられてしまう。
「ウェズ!時間を稼いでくれ!」
「了解!」
ワカが暴れ続けるせいで周囲の火も消えそうで消えない。三人が全滅する前になんとかしなければと思い、上空に昇り龍になるとワカを中心に結界で包み込み、結界ごと移動させた。移動した先は本当の獄落門がある冥界。なぜか冥界に到着した途端、ワカは小さくなり私たちと変わらない背丈になった。
「地獄へ帰れ。命だけは救ってやる」
「命などないのに、どう救うのだ?」
命がない?そうか。鬼神や死神は命をもともと持っていないのか。使命を持って生まれ変わった者たちだ。すでに命は失い、罪を償っている最中だった。
「では、戦うしかないな」
何倍もの大きさだったワカとは違い、剣を持った私たちが目の前に並ぶと小さなワカは怯んだ。小さくなったとは言え。大鬼神だ。油断するな、平常心だと私は私に言い聞かせ、一歩を踏み出した。私たちの剣に比べ金棒は頑丈で重く、なかなか剣の刃をワカまで届かせることができなかった。その時だった。ワカが振った金棒から発せられた鋭い気がグリスを掠めた。ダメだ。今度こそは守らねばならない。
「ウェズ!グリス!離れろ!」
剣を手放した私は目を閉じ、胸の前で手を合わせた。周囲の時の流れを私の時の流れよりゆっくりにしてから、合わせた手を少しづつ離し、手のひらの間に気を集めた。赤であり、青であり、白と黒が混ざった私の気は、顔の大きさほどになるとバチバチと中で小さな稲妻を生み出した。今だ。閉じていた目を見開き、それをワカに向かって飛ばした。ワカに向かいながらさらに大きくなった気は、ワカに辿り着くと、ワカを包み込み気の中でワカは消滅した。
人間界から結界ごと移動させた獄落門と、元々そこにある獄落門が二つ並んでいる。理由もなくこのままでは危険だと感じた私は、まだ結界の中にある獄落門の「生」の柱に触れると力を込めた。私が何をしようとしているのか察したウェズとグリスは「死」の柱に触れ力を込めた。同時にピシピシと音を立て始めた獄落門は崩れ、塵となり消えた。十三個あった獄落門はこれで全て消滅させた。
「二人共、無事か?怪我はないか?」
「大丈夫だ。さて、次はなにが起こるのだろうね」
「何か起こる前にマドラスを弔おう」
「そうだな」
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