第十四話『炎山』
マドラスが指さしたのは
黒鳥は存在を知ってはいるが、詳細がわからない神獣だ。神獣の多くは人間界の自然を司っている。しかし中には世界をリセットするために存在している神獣がいる。黒鳥や火の鳥はこの類で魔獣とも呼ばれているのだ。人間界で大きな災害や戦争が起きる時は、この魔獣の仕業とも言われている。そして一番大事な内容を思い出した。黒鳥は時を食い物にして生きている。時空を超えてきた者は餌なのだ。千年後の未来から来たウェズはさぞ美味い餌なのだろう。食われたら終わりだ。
「行ってきます」
「ならぬ」
「しかし、ウェズを見捨てられません!」
「其方も捕えられるぞ。ここはここの三人に任せなさい。必ず千年後に送り帰そう」
マドラスは微笑んでいた。そして私の不安を拭うように抱きしめてくれた。涙が溢れそうな感覚を目を閉じてなんとか抑え込み、再び目を開くとそこにマドラスはおらず、階段の上の屋代の中からグリスの声がした。
「ミライ!」
グリスを見てすぐ、千年後に送り帰されたのだとすぐに気がついた。
階段の下にいたはずなのに、突然視界は屋代の中になり、目の前にはウェズとグリスがいた。マドラスかと気がつきはしたものの、さっきの者は何者だったのかと気になって仕方ない。変な感覚だった。古い友人に会ったような、いないはずの兄弟に会ったような、今まで感じたことのない感覚だった。
「ミライ」
私と入れ替わりで不審な者と話をしていたマドラスが、神妙な面持ちで戻って来た。あれは誰だったのかと確認すると、マドラスから返ってきた答えに鳥肌が立った。
「千年後の其方だ」
さらに話を続けたマドラスだったが、私もウェズもグリスも話の内容が非現実的過ぎて頭が真っ白になってしまった。
千年後の私たちがここに来た。そしてなぜかウェズが黒鳥に攫われてしまった。ウェズを助けてほしいと千年後の私に頼まれた。
「マドラス、ちょっと内容が入ってきません」
「だろうな。私にも詳細はわからない。千年後の未来になにか起こったようだが、その内容は聞かなかった。ただ千年後から来ているウェズを助けなければならん」
言われたことだけやればいいと、そう言われているようで腹が立った。しかし他でもないウェズだ、助けたい気持ちはある。それにしても黒鳥とは・・・。
黒鳥はバドという名で滅多に炎山から出て来ない。天界に住んでいるとはいえ、ほとんど知らない者だ。
「バドはなぜウェズを攫ったのでしょうか」
「千年後から来たのだ。さぞ美味いだろうな」
「食う?私を食う気ですか?」
「助けに行く気になったかな」
自分の事ではあるものの、他人事のように話を聞いていたウェズが怒りに満ちているのがわかった。急がねばならないようだ。私たち三人はマドラスからいくつかの注意事項を聞き、すぐに炎山に向かった。
「よいか、捕らわれているウェズを救ったら、ウェズは離脱しなさい。顔を合わせてはらぬ。顔を合わせた瞬間、捕らわれているウェズは消滅する」
注意事項の内容が重すぎて、上手くいくのかと不安は募る。しかし、このまま放置したら千年後にウェズはいなくなることになるのだ。それだけは何としても避けたい。炎山の麓で私たち三人は顔を見合わせ息を合わせると、同時に龍の姿になり頂上を目指した。
炎山は炎に囲まれているが、頂上付近だけは火がない。私たち三人は空高く昇ると、頂上に向かって急降下した。降り立った頂上は開けていて火から守られているが熱気は凄まじい。長くはいられない。
「ほう。龍共か。何か用か」
バドだ。バドは私たちと同じ神獣ではあるが交流はほとんどないうえに、生態もよくわからない。飛んでいる姿が異彩を放っているため見たことがある程度だ。黒く重たそうな羽織を引きずって、手には長い槍を持っている。戦闘態勢であることは明らかだった。
「捕えた神を返してもらう」
「お?そう言えば右の奴に似ているな。あれは未来のお前か?」
「そんなことはどうでもいい。返してもらうと言ったのだ!」
「やだね」
古い神獣とはいえ態度に腹が立った。敬うべき存在だが、もうそんなことは言ってられない。私が剣を構えると、ウェズとグリスも剣を手に構えた。負ける気はしない。なんせバドは小さいから。人間でいう子供ほどのサイズのバド。私たち三人に囲まれて渋い顔をしたかと思ったら、フッと鼻で笑うと指をパチンと鳴らした。周りを囲んでいる炎がゴォーッという音を鳴らして火力を増した。するとその火の中から黒い鳥が現れた。気がつくと三人に囲まれていたバドはいない。何が起こっているのかと辺りを見回していると、上空からの殺気に気がつき私は急いで二人に声をかけた。
「ウェズ!グリス!上だ!逃げろ!」
私の声に反応し二人がその場から離れた瞬間、空からは火を纏った無数の矢が降ってきた。止まったかと思うとまた逃げた先に矢が降って来る。これを何度か繰り返すうちに私には見えた。バドは黒鳥ではない。黒鳥使いなのだ。そして、黒鳥さえ討てば、バドは何もできないのではないかと思った。
私は降って来る無数の矢から逃げながら、黒鳥になんとか近づき、ある程度近づいてから瞬時に龍に姿を変えると、黒鳥の首根っこを掴み上昇した。バタバタと大きな羽を動かし、ギャーギャーと鳴く黒鳥を何度も落としそうになりながらなんとか目標の地点まで辿り着くと、水を生み、それを炎山全体目掛けて流し込んだ。黒鳥がいなければ炎を生むことはできないはず。案の定、炎山を包んでいる炎が少しづつ消え始め、代わりに白い煙を吐き出していた。
火を消され、黒鳥を奪われ、バドはどんどん小さくなり、手のひらほどの大きさになった。私は黒鳥を解放し炎山の地上に降り立った。
「これが本当の姿か。可愛らしいな」
ウェズがからかっていると、炎に包まれていた場所に半球の結界が現れ、中には倒れている者がいた。千年後のウェズだ。
「結界を解け」
バドは仕方なさそうに小さな手で指をパチンと鳴らし、結界を解いた。同時に隣にいたウェズは姿を消し、グリスが倒れているウェズを助けに走った。
「黒鳥の傷はすぐに治ります。お騒がせしましたね」
「なんか、ムカつく」
「それはお互い様です。次は相手を確かめて攫ってください」
小さいバドは胡坐をかき、腕を組み、フンッと言って不機嫌そうにそっぽを向いた。
「ミライ!行くぞ!」
グリスに呼ばれ、私は炎山を離れた。すると炎山はあっという間に消えていた炎が復活し、元の姿に戻った。
グリスの背中でぐったりしているウェズは、確かにいつも一緒にいるウェズとは違うようだった。肩の辺りから血も出ている。神力が弱まっているのだろうか。
「マドラス!」
救出したウェズを連れてマドラスの屋代に行くと、マドラスは駆け寄ってきてグリスに抱えられたままのウェズの背中に触れた。するとウェズの身体は液体のようになり、グリスの背中から消えた。
「無事でなにより」
「千年後に帰したのですか?治療しなくてよかったのでしょうか」
「案ずるな。千年後にも私はいる」
攫われたウェズを千年前に残して天界に戻った私は屋代の階段の下をひたすらウロウロと歩き回っていた。少しすると時空の門の前まで行き様子を見て、門の側にウェズがいない事を確認するとまた屋代に戻り。そんなことを繰り返していたら、グリスが屋代の中から私を呼んだ。
「ミライ!ウェズが戻った!」
全身の血がようやく巡った気がした。階段を駆け上がりウェズを探すと、ウェズは寝台の上に寝かせられマドラスの治療を受けていた。息はしている。手も温かい。ようやく私は安堵し、その場に座り込んでしまった。
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