第十三話『拉致』

走り抜けた時空の門の先で身体に急ブレーキをかけて振り返った。

「ウェズがいない」

門を通り抜ける寸前だった。右手で掴んだウェズの腕が抜けていく瞬間、私の視界の端で黒い大きな翼を携えた何者かがウェズを攫って行く映像が残っていた。

「ミライ、大丈夫か?」

「マドラスの元へ急ごう」

グリスと共にマドラスの屋代を目指した。焦りで走っている足が縺れて倒れそうになりながらふと正気に戻り、ああ飛べるのだったと思い出し、そこからは飛びながらまた焦っている自分がいて、またふと正気に戻り屋代の前に瞬間移動した。

「グリス、大丈夫ではないようだ」

「そうだな。当たり前だ。私も大丈夫ではない」

「ウェズは大丈夫だろうか」

「見た目が変わってもミライはミライだな」

薄茶色だった髪の毛は真っ黒になった。華奢だった身体は少し大きくなった。真っ黒だった目が灰色になった。見た目はまるで別人のようになったが、中身は私だ。黄龍で、風を司っていて、ウェズとグリスしか友人がいない私だ。


 マドラスは起きたことをすでに知っていて、不安そうに屋代の中をウロウロしていた。その様子を見て、私の焦りは加速した。

「時空の結界の外に連れ出されている」

「私が、もう一度行きます」

ウェズは時空の門を一人では通過できない。なぜならマドラスが創り出した神だからだ。私が助けに行く必要があるが、問題が多い。まず同じ時間に同一人物が二人以上存在することはできない。私が時空の門を通過した先に、千年前に行ったさっきの私がまだいたら、私は消滅してしまう。同じ時間に存在している二人が出会わないために時空の結界が張られているのだ。さらなる問題はその結界の外に出てしまうことで、出会わなくても一定の時間、同じ時空に同一人物が存在していると、その時空の者でない者は消滅するのだ。

「危険だ」

「ウェズは誰かに攫われました。攫われる前に行けば危険ですが、攫われた後なら問題ありません」

「時空の結界の外だぞ」

「わかっています!時間がありません!行かないという選択肢はないんです」

「ミライ、行け!獄落門は私とマドラスで何とかする。ウェズを必ず連れて戻れ」

「グリス!何を言いだすんだ!ミライ、ダメだ。よく考えないとダメだ」

マドラスが慎重になるのは理解できる。ウェズを失うかもしれない。もしかしたら私も失うかもしれない。息子のように大事にしてくれていたから。でも、今は危険を冒してでもウェズを助けなければならないのだ。しかも時間がない。千年前も今と同じように時間が流れている。ウェズは時空の結界の外に出ると何が起こるか知らない。もし攫った者から逃げて、遠く離れてしまったら、助けを求めて天界に行ってしまったら、そう思うと一分、一秒が惜しかった。

「マドラス、私を信じてください。無事に戻ります。二人で」

マドラスはゆっくり目を閉じてから大きく息を吐くと手をひらひらとさせて、行けと私に合図した。その合図を確認した私は瞬間移動で再び時空の門の前に立った。今度は一人で。目を閉じて呼吸を整えると、頭に思い浮かべた。千年前の無山。正確に私とグリスが去ったすぐ後の無山だ。時空の門の中ですれ違うことも許されない。正確に、正確に。ゆっくり一歩を踏み出し、門の中に足を踏み入れた。

「ミライ!」

「鐘采老様!ウェズは、ウェズはどこに?」

「あれはウェズか。連れ去られた。恐らく鬼神だったかと」

鐘采老が指さした先は時空の結界の外。千年前なら、私が人間界で暮らしだした時だ。結界の外は人間界。まさか私が私に出会うことはないだろうか、そんな不安を抱きながらも私は鐘采老にお礼を告げて結界の外に向かって飛んだ。鐘采老はウェズが鬼神に連れ去られたと言った。鬼神なら・・・。千年前ならまだアガンもいる。もしかしたらアガンなのか?


 世界は広い、無駄に飛び回るわけにもいかない。ウェズを追って時空の結界の外に出た私は、ウェズの気を探そうと目を閉じた。ウェズの気は光と水に満ちている。天候を司っているため、太陽のように温かい気だ。

「ミライ!」

ウェズの声だ。声がした方角を確認すると大きな黒い鳥が目に入った。黒鳥だ。鬼神ではなかった。トラック一台分の大きさがありそうなその鳥の足元にウェズは捕えられていた。文献でしか見たことのなかった黒鳥は、想像以上の大きさで、恐怖の塊だった。世界を破滅に導くとされている黒鳥がなぜウェズを捕えているのだろうか。幸い時空の結界からはそう遠く離れていない。相手が鬼神だろうと黒鳥だろうと関係ない。ただウェズを救うだけだ。

「何者だ!ウェズを解放しろ!」

無駄に大きな黒い鳥は耳の奥を突くような甲高い声で鳴くと、姿を消してしまった。ウェズを連れたまま。同時にウェズの気も消えた。


 必死に以前見た文献の黒鳥の内容を思い出そうとした。焦りのせいで別の内容しか浮かんでこない。すぐに時間の無駄だと判断した私は、危険なのを承知で天界に向かった。到着した天界に私はいないはず。そして千年前のウェズとマドラスがいるはず。マドラスなら黒鳥のことを知っているはずだし、ウェズならウェズを探せると思った。千年後と変わらない屋代の前で、私がいないことを祈りながら階段を一段ずつ上った。しかし、少しずつ視界に入りだした屋代の中に、私は私の姿を見つけて急いで階段を下りた。見つかってはいないはず。そう思ったのに、

「誰だ?」

階段を下りきったそこには私がいた。先回りされた、まずい、消えてしまう。

「許可なく屋代の階段を上るとは、名を名乗りなさい!」

私に責められるとは思いもしなかった。同じ場所にいてはならないのに、どうしたものかと思っていたら急に声がしなくなって、恐る恐る伏せていた視線をあげた。さっきまでいたはずの私はいなくなり、そこにはマドラスがいた。

「ミライか?」

「はい」

「元の姿に近いな。何年後から来たのだ。何があった?」

「千年後から参りました。ウェズを助けなければなりません」

「ウェズだったのか?」

マドラスは黒鳥が何者かを攫ったことを察知していた。そして助けに行くならあの場所だと言いゆっくり指をさした。

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