第十一話『時空の門』
グリスの言葉にその場にいた全員が息を呑んだが、私はすぐに答えた。
「それは嫌だ」
私は悩まない。ウェズとグリスの消滅は私の選択肢にはない。他に方法はいくらでもあるはずだ。私が強くなればいい。三人が強くなればいい。もっと早くに戦い方を学んでおくべきだったと後悔するところだが、私たちは神だ。時空を超えて修行すればいい。
「
「ミライ、なぜその人を知っている」
「先生が持って来てくれた文献に記述がありました」
神玉を作り出すことができる。そう書かれていたところに、一緒に書かれていたのがこの鐘采老のことだった。万年も生きている不老不死の仙人で、神力を高めることに長けている。戦い方を学ぶならこの仙人に学ぶべきだと。
「どこにいるか知っているのか?」
「知っています。
「行き方も?」
「はい」
マドラスと先生の質問に交互に答えていたが、それより私はウェズとグリスの表情が気になっていた。できることなら一緒に行きたいと思っている。しかし、望まぬ修行は拷問でしかない。二人が望まないのであれば私一人で向かわなければならない。
今更、修行をしたところでとは感じるものの、いいきっかけだと思うことにした私は、皆の前で「一人で行く」そう言った。二人も一緒に行くことを当たり前にはしたくなかったからだ。しかし、それを聞いた二人は顔を見合わせてから私にこう言った。
「なぜ一人で行くのだ?」
二人も一緒に行くことを当たり前にしたくなかったのに、彼らはそれが当たり前だったようで、胸の辺りが擽ったくなるような嬉しい気持ちだった。
「嫌かなと」
「嫌とかそういうことではないな」
「そうだな。で、出発はいつ?」
「すぐにでも。でも、その前にマドラス、世界中の獄落門の時を止められますか?」
「お安い御用だが、どの程度だ?」
「一時間程度でいいかと」
「何をする気だ」
「千年前に行って修行を積み、一時間後のここに戻って来る予定です」
うんうんと二回頷いたマドラスは、数人の部下を連れてすぐに出発した。そしてマドラスの出発を見届けた私たち三人は天界にある時空の門に向かった。
時空の門は天界の北の果てにある。氷で覆われた場所にポツンと寂しく建っている。私は以前に一度だけここを通ったことがある。その時は門の存在など気がつきもしなかった。それほどに存在感のない錆びれた門なのだ。時空の門は真の神力を持つ者だけが、行きたい年代と場所を思い浮かべながら通ると希望の場所に行ける。神力を持たない者が通っても、ただ通過するだけで何の意味も成さない。
「これか」
「うん」
時空の門は繋天門と比べるとハッキリ言って地味だ。アーチ型で木造。特に彫刻なども施されておらず、アーチの一番高いところに「時」とだけ書かれている。しかし、この門を通るには決まりを守らねばならない。でないとここには戻れないのだ。地味な門だが、繋天門よりずっと怖い門だ。
決まりは四つ。まず一つ目は、行った先で過去の自分とも未来の自分とも会ってはならない。二つ目は出発した時間よりも未来に戻ること。三つ目は神以外と関わってはならない。最後に時空の結界から出てはならない。
「時空の結界とはなんだ」
「到着した場所にある程度の範囲で結界が張られている。基本的にはそもそも出ることはできないが、神力が強いと出られてしまうんだ。だから気を付けて」
「要はウロウロするなということだな」
「まあ、そう言うことだ。では、いいね。行くよ」
「ちょい待ち。どうやって戻るんだ?」
「帰りたいときに強く願えば時空の門は現れるよ」
目指すは千年前の無山の山頂。私は二人の腕を掴み門の中へと誘導した。
強い光を浴びた後、今度は強い風に身体を持って行かれそうになりながら、なんとか踏ん張り無山の山頂に降り立った。無山は世界の中心と言われている山で、ここから世界が生まれたとも言われている。地面は深い緑の背の低い草で覆われ、目線を奪う大きな木、そしてその木の足元には小さな山小屋が建っていた。季節は冬の入り口といったところだろうか、少し空気が冷たく感じた。しばらく辺りの様子を見ながら固まっていたが、三人でゆっくり大木の足元にある山小屋に近づいて行くと、あと数歩のところで勝手に扉が開いた。
「待っておったぞ。思ったより遅かったな」
山小屋の扉を開き出てきたのは、茶色の着物を身に纏い、手には長い杖を持った老人だった。
「鐘采老様ですか」
「神に様付けで呼ばれるとは、嬉しいのう。私が鐘采老じゃ。まあ入れ」
山小屋の入り口に立っていた鐘采老は、そう言って先に山小屋に入って行った。三人で後に続くと小さな山小屋なのに、その中は異空間に繋がっていた。なにもない。壁も天井も床も真っ白で、どこまで続いているのかすらわからないほどだった。その空間を少し進んだ鐘采老は床に腰を下ろし、胡坐をかいて座ると自分の前に三枚の座布団を置き、私たちの顔をゆっくり順番に確認した。そして私たち三人が座布団に座ると、持っていた杖を床に倒し自分の横に置くと話し始めた。
「黒龍のミライ、白龍のグリス、青龍のウェズだな」
「私はミライですが、黒龍ではありません」
「神玉を分けておるからじゃろ。今は黄龍かな」
「なぜなんでもご存知なのですか」
「神玉が教えてくれるからじゃ」
鐘采老は左の手のひらをお腹に当てると、目を閉じてフッと強めに息を吐き、呼吸を整えながら集中しているように見えた。そして手のひらに玉のようなモノを出して見せてくれた。手のひらに収まるほどのサイズ、緑色で透き通っているその玉は、中に小さな木があった。
「私の神玉じゃよ」
「神玉?神でもないのに?」
「この技を学びに来たのではないのか?」
戦い方を学ぶつもりで来ていた私は、神玉を作るという目的を忘れていた。何度も来られる場所ではない。だとしたら修行を早々に終えて、その技も身に付ける必要があるな。時間はたっぷりあるが、果たして可能なのだろうか。
その門は突然現れた eight-ten @eight-ten
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