第十話『NEXT』

 獄落門が人間界に現れてちょうど半年が経ったある朝。ここ数週間はウェズとグリスと三人で交代で見張っていて、その日は私が当番の日だった。夜が明ける頃に私の前の当番だったウェズと交代をしに獄落門の上空に向かった私は、空の空気がいつもと違うことに気がついた。いつもより澄んでいるというか、軽いというか、その時は季節が変わったからだろうかと思ったが、空をフワフワ泳いでいるし龍の姿のウェズを見つけたのと同時に、そこにあるはずのものがないことに気がついた。

「ウェズ!起きて!」

「いや、寝てないぞ・・・ちょっとウトウトとだな・・・」

「獄落門がない!」

「は?」

そう。獄落門が綺麗さっぱりなくなっていたのだ。文献にあった通りだ。半年で何もしなくても勝手に消えた。そして獄落門がなくなったからか、この澄んだ空気はと思った。そこに存在しているだけで不穏な気を撒き散らしてたから。

「いつの間に?」

「ウェズはずっと見張ってたんじゃないのか?」

「そのはずなんだが・・・」

獄落門が消えたため、人間界に置いておく必要がなくなった繋天門をウェズと二人で元の場所に戻した。よく見ると獄落門があった場所に近づかなくなっていた人間たちは、何事もなかったかのように日常生活を営んでいた。どうやら獄落門が消えて、人間たちの記憶の中からも獄落門に関する記憶は消されたようだ。

 繋天門を確認しに天人界へ戻ると、いつもの場所にそれはちゃんとあった。ということは、恐らく獄落門も人間界と冥界の間に戻ったのだろうと思えた。獄落門を見張りながら毎日のように繋天門も見ていたが、天人界にある時とは違うもののようだった。天人界に戻り、やっと本来の姿を取り戻した繋天門をウェズとグリスと共に暫くの間ただ眺めた。不安は取り除かれたし、嬉しくて三人共自然に笑みがこぼれた。

 

 その後マドラスの屋代へ獄落門が消滅したこと、繋天門を元に戻したことを報告した。

「何事もなく、よかった」

「諦めたのでしょうか」

「そもそも、目的もよくわからなかったからな」

「確かに」

マドラスの言う通りだ。目的は一体何だったのだろうか。目的は達成できたのだろうか。それともウェズが言うように諦めたのだろうか。不安は取り除かれたと思ったのに、マドラスの一言で私の不安はすぐに戻って来てしまったようだ。獄落門が現れ、消えるまでの半年の間、モウラに動きはなかった。獄落門から出てくるのは鬼神ばかりで、それも出てきてすぐに姿を消していた。まるで幻影のように。あの出来事が第一段階、前哨戦なのだとしたら、次は一体何が起こるのだろうか。


 獄落門が消えて、見た目は普通の生活に戻ったように見えた。先生は天人界に戻り、私とグリスは人間界へ戻った。元の生活に戻ったものの、大学の教授という仕事をしながら、私の不安はいつまで経っても消えることはなかった。獄落門が現れる前は呼ばれないと行かなかった天界に、呼ばれていないのに数日に一回は向かった。人間界に異変が起きていないか確認するために。人間界にいると身近な出来事はすぐに把握できるが、遠くで起きていることには疎くなる。些細な異変を少しでも早く察知したかった。


 そしてある雨の日、それは起きた。この日私は大学の授業がなく朝から天界にいた。基本的に人間界の天候はその場、その場によって違うものだ。晴れている場所もあれば、雨や雪が降る場所もある。しかし、その日は世界中で雨が降っていた。どんよりした真っ黒の低い雲が空に掛かり、時折ゴロゴロと鈍い雷の音が空の上で響いていた。天候を司るウェズは朝から龍の姿で世界中の空を飛び回っていた。

「ダメだ。雲が言うことを聞かない」

「誰かが意図的に発生させているのか」

「誰かがというより、空気が重いんだ。良くない気が世界中に充満している」

「何が起こると言うんだ」

何をしても何も変わらない状況が続く中、何もせずにはいられなかった。私は風の神だ。いつもより強めの風を空に吹かせてみたものの、ウェズが言うように雲は固定されているかのように動かなかった。


 そんな日が数日続いたある日、とある国の栄えている町の中心に突然、鬼神が姿を現した。一人現れたかと思うと、世界各地に次々に現れる。偶然にも天界にいた私は、人間界にいる雑神からの報告を聞き、すぐにその鬼神を確認しに向かった。ただじっと立っている鬼神の周りに人だかりができていて、何をするわけでもなく、ただそこに立っているだけなのに、その不気味な姿に人間たちが怯えているように見えた。


 世界中に次々と現れた鬼神は全部で十三体。その鬼神は暫くして獄落門へと姿を変えた。前回現れたのとは違う、神社にある鳥居よりひと回り大きいほどのサイズの門は現れるなりヴォーという不気味な音を鳴らし、共鳴しているように見えた。

「あの時の鬼神だ」

「あの時?」

「獄落門から出て来ては消えていた鬼神が、世界中に散らばっていたんだ」

「じゃあ、これもモウラの仕業か」

「恐らく。ウェズ、こうしてはいられない。マドラスのところに行こう」

世界中の鬼神が獄落門に変化したのを見届けて、急ぎ天界へ戻った私とウェズ。屋代に入るとそこでグリスと先生、マドラスが待っていた。重苦しい緊張感のある空気がその場を覆っている。でも今回は前回より厄介だ。門が十三個もあるのだから。もし、十三個のうちのどれか一つからモウラが出てくるとしたらと思うと、今から震える思いだった。

「ミライ、私と共に文献を調べよう」

「いえ。のんびりしてはいられません」

「では、どうするのだ」

「私が地獄に行ってきます。モウラに会いに」

「危険すぎる!」

「しかし、このままではやられっぱなしです」

「ミライ・・・ひとつになる時かもしれないな」

「・・・グリス」

心臓が壊れそうなほど早く鼓動を刻みだした。頭はフル回転で一つになるという選択肢以外の選択肢を探していた。グリスの提案の意味はよくわかっているつもりだった。でもわかるのと受け入れるのは違う。私はどうしてもそれを受け入れることができない。

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