第八話『地獄』
アガンは剣を地面に突き立て、その柄を両手で持ち、異様なオーラを纏っていた。人間界で見たのとは違う雰囲気だった。
「グリスはどこだ」
「さあな」
「阻まれるなら、押し通るまでだ」
ウェズと一度だけ視線を合わせ、お互いの無事を約束した。走り出す一歩目は重たくて震えていたが、一人、また一人とアガンの兵と剣を交わすうちに足は軽くなり震えも止まった。鬼神の兵たちは剣を刺すと煙のように消えて、いなくなったのかと思うとまた現れる。終わりがないことに早々に気がついた私は剣を二本に増やし、それを両手で持つと剣先を地面に当て百八十度回転した。地面には私が描いた円があちこちにできあがっていく。描いた円が十個を超えた時、ウェズが私の行動に気がつきその場で地面を強く蹴り高く飛んだ。ウェズが蹴ったことで地上に砂埃が舞い視界を奪っていた。
「今だ」
私は小さく呟き二本の剣を合わせて地面に突き刺した。描いた円から勢いよく風が吹き出し、その風は意思を持っているかのように吹き荒れ、アガン以外の鬼神を攫い風の中に閉じ込め粉々にしていった。風が吹き出したのと同時に私は猛スピードで動き、のんびり戦いを眺めていたアガンの首に剣を向けた。
「薄々気がついてはいたが、お前強いな」
「グリスの所へ案内しろ」
「探し物は自分で探せ」
シューッという音を立ててアガンはまた消えた。というより元々実体ではなかったのかもしれない。砂煙が収まって、地上に降りてきたウェズと共に、私たちはグリスではなくアガンの気を追った。
冥界とは違う空気、あちこちから聞こえてくる亡者の呻き声や叫び声、地獄は私の想像以上に冷たくて、悲しい場所だった。アガンの気を追い、奥へと進めば進むほどにそれは強くなっていった。こんな場所に長くグリスを置いておけない。
「急ごう」
ウェズにそう声をかけて、私はスピードを上げた。両サイドが高い崖になっている細い道、薄暗く何度も身体を崖にぶつけそうになりながら進んだ。所々に松明があり、それは青い火を灯していた。崖の間の道を抜けるとそこには溶岩が溜まった大きな湖があり、熱さに驚き飛んでいた身体に急ブレーキをかけた。
「上だ!ミライ!」
ウェズの言葉に従って湖の上を見上げると、そこには大きくて鳥かごのような物がぶら下がっており、グリスの白い身体が少しだけ見えた。思ったより早く辿り着けたが、足元がこれでは容易に近づけやしない。
「神も大したことないな」
アガンの声がして、その所在を確認しようと辺りを見回したがどこにいるのかわからない。敵の陣地だ不利すぎる。そう思っていたら溶岩の湖の真ん中からアガンが現れた。
「さてどうする?」
「力ずくで奪う」
「上は更に熱いぞ。できるかな」
言いたいことだけを言うとアガンはまた湖の中に消えた。
「あいつ、熱くないのかね」
「さあ。実体ではなんじゃないかな」
「まあいい。行くぞ」
疲れを知らない私たちは、人の姿から龍の姿に変身しグリスがいる籠を目指した。龍の姿になれば熱さもさほど感じない。籠の中で丸まっていたグリスは私たちに気がつき、驚いた表情を浮かべた。まず生きていることに安心したが、白い鱗に所々血が滲んでいるのを見て、胸が痛んだ。あの時一緒に家の様子を見に行っていればよかったと後悔が押し寄せる。
籠には出入口がなく、どうやって出せばいいのかわからないでいた。ウェズとぐるぐる籠の周りを回るだけ。このままでは三人共蒸し焼きにされてしまう。私は籠をぶら下げている鎖に噛みつき天井から引き抜いた。あまりの重さに身体を持って行かれそうになったものの、下からウェズが支え、中ではグリスが身体を浮かし溶岩の中に落ちることは防ぐことができた。周囲を見回すと天井と崖の間に隙間があるのが見えた。そこまで籠を運び降ろしたところ、何もしていないのに籠は砂になり消えてしまった。
「グリス!」
「すまない。油断したせいで」
「そんなことはいい。逃げるぞ。飛べるか?」
「なんとか」
ウェズと二人でグリスを支えて、来た道を戻った。あと少しで入り口の門に辿り着くと思った時だった。何者かが放った矢が私の太ももを捕らえた。普通の矢ではない。神力が吸われている感覚に、私はグリスをウェズに預け地上に降りた。私を追って地上に降りようとした二人に先に行けと言うと、慎重に矢を抜き再び飛ぼうとしたが、それはアガンに阻まれた。
「次はお前が人質だな」
「それはどうかな」
ここのところの戦いで私は気がついたのだ。ウェズが私は戦いの神でもあると言っていた。剣を握ると身体の奥から闘気がふつふつと沸く感覚、そしてもう一人の人格が私の中にいるような感覚。誰にも負けはしないと思えていた。アガンは油断している。戦い慣れしていない神に油断しきっている。今がチャンスかもしれない。
私は剣を取り出し、構える素振りを見せてから素早く移動しアガンの目の前で結界を張った。結界の中にアガンを閉じ込めたのだ。さっきまでのアガンが実体ではないなら、今目の前にいるアガンは実体だ。目が赤く指先が黒く染まっているから。バレたら仕方ないとでも言うかのようにアガンは面倒くさそうに剣を握った。
「なぜわかった」
「雑だからだ」
「結界から出せ。見逃してやる」
「断る」
「私に勝てると思っているのか?」
「私をよく知りもしないのに、大した自信だな」
いつか先生が言っていた。戦う時が来たら常に平常心で臨めと。アガンの挑発にはのらない。私は私のやり方でアガンに勝つ。アガンは自信に満ち溢れていた。そのせいか剣の動きにも身体の動きにも迷いがない。アガンの自信に負けないように私は剣を握り直し、歯を食いしばった。
最初はアガンの動きに付いて行くのに精一杯だったが、次第にアガンの動きにも慣れてきた。何回か剣が掠ったが、痛みは感じなかった。私が施した結界の中だけに、私の方が有利だった。剣が交わる音が結界の中で何度も何度も響いて、次第にこのままでは決着がつかないと思った。疲れを感じない身体のはずが、剣を握っている腕にも力が入らなくなってきている。恐らくアガンも同じ状況だ。私は最後の力を右手に集めた。剣が黄色のオーラを纏いひと回り大きくなったように見える。私は最後のひと振りに集中した。
「これが最後だ」
頭の上で一度回した剣を勢いよく振り下ろすと、その波動はアガンに向かって飛んでいく。まるでスローモーションの映像を見ているようだった。逃げようとしたアガンだったが、足元の小さな、ほんの小さな石に躓きもろに私が放った波動を食らい、その場で消滅した。アガンが消滅したのと同時に限界だった結界は消えた。ちょうど冥界までグリスを連れて行ったウェズが心配して戻って来てくれて、私も無事に冥界に辿り着くことができた。
「アガンを倒したのか?」
「まあ、なんとか」
「天界へ帰ろう」
天界へ戻るとマドラスが待っていて、グリスと私の傷を治してくれた。本来であれば傷もつかないし、痛みも感じないはずなのに、私たちは疲れ果てていた。
「獄落門はどうなりましたか」
「まだ結界が生きているが、時間の問題だな」
アガンが言っていた。獄落門が実体化すると、そこからモウラが人間界へやってくると。グリスは救出した。アガンも倒した。次は何が起こるのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます