第七話『アガン再び』

マドラスから昔話を聞いたりしながら天人界で過ごすようになって、ひと月が経とうとしていた。モウラはその後動きがないが、獄落門は相変わらず人間界に聳え立っている。私の目には少しずつ、少しずつその存在が実体化しているように見えていて、このまま放置しておくには、もう限界かもしれないと思えていた。

「また少し門の気が強くなった気がしないか?」

「そうだな」

毎日のように人間界へ様子を見に行きながら警戒していた私たちは、あちらが動かないならこちらから仕掛けるべきではないかと、マドラスには言わずに計画を練っていた。


 この日、朝から天人界にある私の家ではグリスの姿が見えずウェズと共に天界へ向かった。しかし、天界にもいない。ここ数日、人間界にある家が心配だと口にしていたから、もしかしたら人間界に行ったのではないかと思えた。

「待っていれば戻るだろ」

「・・・・・・そうだけど・・・」

「お前も感じたか?」

「グリスに何か起きたのだろうか」

天界から天人界にある家に戻ってすぐだった。何もしていないのに胸が苦しいような、身体のどこかが痛いような違和感を覚えた。誰にも触られていないのに、誰かに触られているような、今まで感じたことのない感覚だった。ウェズも私が感じた違和感を同時に感じ取っていて、私たちは急いで人間界にあるグリスの家に向かった。


 海辺の高い崖の上にグリスの家はある。風が吹き抜ける見晴らしのいい場所だ。空高く、遠くからでもわかった。家から黒煙が上がっている。ウェズは私より先にその黒煙を見つけて、スピードを上げた。地上に降り立った私たちの目に映ったのは燃えカスとなったグリスの家だった。

「グリスはどこだ」

家がある場所の周囲にグリスの気がないか探してみたものの、二人がかりでも見つけられなかった。そして辺り一帯を探して見つからないまま家の場所に戻って来た時だった。

「探し物かな?」

不安に押し潰されそうだった私たちの背後から、嘲笑うかのように声をかけてきたのは、鬼神アガンだった。右手に大きな剣を持ち、それを肩に乗せて、黒いローブが風になびいている。ゆっくり近づいて来たアガンの剣には赤い液体が付いていた。

「グリスに何をしたっ!」

瞬時に剣を持った私はアガンの胸倉を掴み、その剣を腹部に突き立てた。

「刺しても無駄だ。私は鬼神だぞ。そんなちんけな剣で死にはしない」

「火でも付けるか?ん?」

「白い龍は地獄で預かっている。あと少しで獄落門の実体化が完了する。それまで大人しくしているんだな」

「目的はなんだ。獄落門を実体化して何をする」

「閻魔モウラ様が人間界にお出ましになるのだ」

胸倉を掴んでいた手の力が抜けた。そのせいでアガンは私を突き飛ばし姿を消してしまった。もう静観している場合ではない。グリスが人質として奪われた。獄落門が実体化してしまえば人間界は、いや人間界だけではない、人間界を中心に天界や冥界までもが混乱に陥ってしまう。


 あまりの出来事に立っているのがやっとの私の腕を掴み、瞬間移動したウェズは天界で姿を現した。屋代に行かずとも、そこにマドラスがいた。マドラスに罪はないが、私は怒りを抱いていた。マドラスが何もするなと言った。静観したのだ。そのせいでグリスは拉致された。人間界は危険に晒されている。

「グリスは?」

「地獄に連れて行かれたようです」

「ミライ、グリスが先か?獄落門が先か?」

私はマドラスの言葉に現実を突きつけられた。グリスを救いに行けば、獄落門に何が起こるかわからない。かといって獄落門の実体化を防ごうとすれば、グリスに何が起こるかわからない。そもそも現時点で獄落門の実体化を防ぐ手段はない。どちらが先かと問われても正解はない気がした。

「できることからしましょう」

「できることとはなんだ?」

「獄落門に結界を張ります」

できる限りの力を使って獄落門に結界を張り、死神一人通れないように施し、その間にグリスを救いに地獄へ行く。これが私の計画だ。私とウェズ、マドラスまで力を合わせればできないことではないと思った。恐らく限られた時間になる。その限られた時間で行ったこともない地獄へ行き、グリスを探し、救出しなければならない。地獄にはアガンのような鬼神がいる。猛獣のような鬼も。そして閻魔モウラまで。成し遂げられるのかはわからないが、だからと言って何もしないわけにはいかない。

「ミライらしい答えだな。準備はいいな。行くぞ」

マドラスの言葉で私とウェズは覚悟を強めた。降り立った人間界の獄落門の足元。神の姿だけに人間には私たちが見えないが、私たちから人間は見える。多くの人間が行き交う中で集中しなければならなかった。門の正面、真ん中にマドラス、それぞれの柱の足元と真上にマドラスが連れてきた神力の強い神が一人ずつの計四人、そして私とウェズはそのまま地獄へ行くため、柱の間の中心に。それぞれが、それぞれのやり方で獄落門に結界を施していく。十数分で薄い幕のような結界に覆われた門、それを確認しマドラスに一礼をしてからウェズと二人で地獄へと向かった。


 獄落門を一歩入るとそこは冥界。薄く霧が立ち込めていて視界が悪い。どこからともなく死臭のような嫌な匂いがしてくる。暑くもなく寒くもないが、ねっとりした空気に身体が包まれて不快感しかなかった。

「時間がないな。行くぞ」

グリスの微かな気を追って冥界を進んでいくと、目の前に大きな鉄の扉が現れた。両サイドは背の高い塀がどこまでも続いている。私が左の扉を、ウェズが右の扉を同時に押すとギギーッという不気味な音を鳴らしながら扉は開いた。

「ようこそ。地獄へ」

「アガン」

扉の向こうでは既に兵を連れた鬼神アガンが待ち構えていたのだった。私もウェズも持っていた剣を握りしめた。この先に確実にあるグリスの気。必ず連れて戻るのだと私は私に言い聞かせた。

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