『過去の話:Ⅱ』 byマドラス

人間界に獄落門が現れてから随分と時間が経ってしまった。力を弱めるために繋天門を置くことしかできずにいる。神々の頂点に立つ者として情けなくもあり、憤りを感じつつ、それでも私はモウラと揉めること自体が嫌だった。


 モウラは元々、天界に住まう神の一人だった。

「マドラス、モウラは天界をなぜ追放されたのですか」

「反乱を起こしたからだ」

「聞かせてもらえますか」

「そうだな敵を知る必要があるな」

 あれから五千年は経っただろうか。モウラは戦いの神だった。天界に現れるなり問題ばかり起こしていて、当時天界を治めていたミノシスは彼を注視していた。常に周囲の者を敵視し、誰よりも優位に立とうとするモウラは皆から嫌われ、のけ者にされていた。そんな彼が天界に来て五百年ほど経って反乱を起こしたのだ。

「反乱を起こした理由はなんだったのです?」

「ミノシスが持つ万能の石だ」

今、こうして目の前にいる三人も万能の石を持っている。彼らにはいずれ元に戻らなければならない事も含めて話をしておこうと思った。


 ちょうどその日、私はミノシスに呼ばれて湖の真ん中にある屋代にいた。用があると言ったミノシスだったが、何も話さずただ外を気にしていた。

「他に誰か来るのです?」

「呼んではいないが来る。モウラが私の神玉を奪いに」

「なんですって?何を呑気に・・・」

「マドラス、落ち着け。大丈夫だ。私は奪われはしない」

ミノシスは予知能力があり、読心術も使える。恐らく随分前からモウラに狙われていることに気がついていたはずだ。でも黙っていたのは彼の計画だった。

 湯気が立つお茶が入っていた茶器が空になるころだった。ミノシスが小さく囁くように「来たな」と言い、私は屋代の入り口に視線を向けた。屋代の長い階段を勢いよく上って来たのは武装したモウラだった。ミノシスから聞いて知ってはいたものの、私はその姿に驚き立ち上がった。しかしミノシスはモウラを見ることなく、空になった茶器に手をかざし湯気の立つお茶を再び茶器いっぱいにしていた。

「ミノシス!悪いが死んでもらうぞ!」

ガチャガチャと鎧の音を立てながら大きな剣をギギーッと引きずり。ゆっくりミノシスに近づくモウラ。床を滑る剣の音が耳の奥に響いて気持ちが悪かったが、私は咄嗟にミノシスを守らなければという思いでモウラの進行方向に瞬間移動した。

「止まれ。ここまでだ」

モウラの腕を掴み次は屋代の外へと瞬間移動し連れ出したが、地上に足がつく前に突き放され私は地面に転がった。そんな私にモウラは容赦なく剣を振りかざし、一瞬で私は左腕を奪われてしまった。そういえば、ミノシスがさっき「私は奪われない」と言っていたな、そんなことを思い出しながら私はゆっくり立ち上がり、左手を修復すると神獣の姿になった。黙ってそれを見ているはずがないモウラもまた神獣の姿になった。私は白虎、彼は獅子だ。力はほぼ互角、どちらかが倒れるまで戦おうと思ったら体力勝負だ。私は牙を剥き戦闘態勢を取り前足に力を入れ、大きく息を吐いた。その時だった、二人の間にミノシスが現れて指一本でモウラは地面に転がり人の姿に戻された。身体が動かないように押さえつけられているのか苦しそうに唸るだけで、モウラは立ち上がることすらできないでいた。鋭い視線を向けるモウラにミノシスはゆっくり近づき、

「モウラ、罰を与えねばならないな」

そう言いおもむろに右手を頭にかざした。ミノシスのいつも以上に優しいトーンの声に私も緊張しながら見守っていると、モウラは足元からゆっくり消えていった。

「閻魔となり地獄を管理しなさい。地獄から自力では出られませんよ」

ミノシスはそう言って優しく微笑んでいた。


 モウラは罰として地獄に閉じ込められた。そしてその後千年程してミノシスは自ら消滅した。私に全てを任せると言い残して。ミノシスは偉大な神だった。強く、優しく、厳しい彼は皆から慕われていた。しかし、消滅する前に彼は言っていた。

「マドラス、万能の石は重くて冷たいのだ。三千年もそれを胸に抱え、耐えてきた私を褒めてはもらえないか?まあ、これが万能の石を神玉に持つ者の宿命だろうな」

私の目の前で静かに消えていくミノシスは柔らかく微笑んでいた。その微笑みが今でも私の脳裏には、ついさっきの出来事のように焼き付いている。


 ミノシスが消えたことを知ったはずのモウラだが、それでも地獄で静かに過ごしていた。罪を受け入れたのだと思っていたが、まさか万能の石を持ったものが再び生まれるのを待っていたとは夢にも思わなかった。

「三人共、よく聞け。三人がそれぞれに持つ神玉が一つになった時、それは完全な万能の石になる。それはグリスとウェズが消える時でもある」

静かに私の話を聞いていた三人は、顔を見合わせ手を握り合った。そしてミライはこう言って笑った。

「ウェズ、グリス、私たちは三つ子だったのですね」

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