第六話『鬼神アガン』
報告のため向かった天界でウェズとグリスは待っていた。
「ちょうど呼ぶところだった」
「何かあったのか」
「天人界に来客だ。ミライ、剣を持て」
二人の神妙な面持ちに心臓は早足で鼓動を刻みだした。戦えないわけではない。しかし、戦い慣れはしていないのが事実だ。私だけではない、ウェズもグリスも同じだろう。剣を持つ手が少しだけ震えていて反対の手で手首を強く握った。来客とは一体どんな奴なのだろうか。
到着した天人界はいつものように心地よい風がなく異様な空気を漂わせていた。慎重に進むとそこにいたのは先生で、力なく横たわっていた。
「先生っ」
「案ずるな死んではいない」
先生の身体に駆け寄った私の頭の上から、そう声が聞こえた。ウェズでもグリスでもない。だとしたら来客の声だ。私は恐る恐るその声の主を確認した。その者は頭から真っ黒のローブを纏い、少しだけ見える肌は青白かった。獄落門を出現させた者だろうか。
「
立ち上がった私は彼の目を見て、持っていた剣を更に力を込めて強く握った。鬼らしいとでも言おうか、真っ赤の目、その真ん中に真っ黒の瞳があったのだ。目が合っただけなのに、全身に緊張が走った。
「お前たちは神の類か?弱そうだな」
「獄落門を出した者か」
「そうだ」
「何用だ」
「マドラスの元へ案内願いたい」
それが当たり前のように言ったアガンはさっきより冷たい視線で、私たち三人をゆっくり順番に見ていた。なぜだろうか、身体の奥の方から血が煮えるような熱い感覚があり、私は咄嗟に先生を飛び越えてアガンに剣先を向けた。私にこのような闘気があったとは知りもしなかった。
「ここを去れ。マドラスはここにはいない」
「知ってるさ。だから案内しろって言ってるんだろ」
「では、これもわかっているな。案内するはずがないことを」
アガンはふぅと小さく息を吐くと、どこからともなく剣を取り出し、それを構えた。それを見て私の隣には同じく剣を構えたウェズが瞬時に駆け寄ってきた。チラッと後ろを確認すると、グリスが先生を抱えて去っているところだった。
先に仕掛けたのはアガン、ものすごいスピードで私とウェズの間を通り抜けると、私とウェズが振り返った時には二本の剣を両手に持っていて、それぞれの剣先が私とウェズを捕えていた。ここで怯むわけにはいかない。私はアガンの剣の下をアガンに負けないスピードで潜り抜け、その途中でアガンの足を掴むとそのまま龍の姿となり上空へと舞い昇った。まさか本来の姿が龍だとは思っていなかったのだろう。アガンは私の下で大暴れしていた。
「ミライ!そのまま連れて行くぞ!」
後を追って来たウェズに言われて、私は瞬間移動で人間界にある獄落門の上に姿を現し、そのまま獄落門の中にアガンを投げ入れた。機能しているかわからない状態だったが、幸いにもアガンは門を通り抜けるのと同時に姿を消した。
「地獄へ行っただろうか」
「恐らくな。戻るぞ、先生が心配だ」
ウェズにそう言われて我に返った私はウェズと共に天人界へ戻った。先生はグリスの隣に座っていて痛そうに頭を掻いている。無事なようだ。よかった。
さっきまでなんともなかった身体が、先生の無事を確認した途端小さく震えだした。
「ミライにあのような動きができるとはな。知らなかったよ。ウェズは知っていたか?」
「知らなかったが、元々ミライは戦いの神でもあるから、当たり前なのかもな」
「そうなのか?私が戦いの神?」
三人で顔を見合わせ笑った。安堵したのもあり、いつもより声高らかに笑った。それを見ながら先生は父親のように微笑んでいた。笑ったせいか震えは止まった。先生に話を聞くため、先生の前に並んで座った私たちは、先生の言葉を待っていた。
「何も聞いていないぞ」
「何も?」
「自分からべらべらと話さんだろ。ただマドラスはどこだとだけだ」
「マドラスを討つつもりでしょうか」
「さすがのモウラもそこまでするかな。ウェズはどう思う?」
「あのモウラだからとも言えるな」
確かに、問題を起こしている本人が目的をべらべらと話すはずはない。目的がわからないまま、備えなければならないが、あらゆることを想定する必要がありそうだ。
自分でも驚くほどのスピードを出したせいか、緊張したからなのか、身体中に鈍痛があった。湿布薬でも貼ってひと眠りしたいところだが、状況がそうはさせてくれないようだ。先生は額に小さな傷がある程度で大事には至らなかった。しかし、またいつ来るかわからないため、暫くは天人界を離れて天界へいてもらうようにお願いした。マドラスと先生は古い友人だから何の問題もなく天界に受け入れられた。問題はまだ山積みだ。どこから手を付けていいのかさえわからない。
「私は一度帰るよ」
「いや、ミライ、君もここに残れ」
「グリスは?戻らないのか?」
「私はここにいる。というか天人界へもう一度行く」
「なにしに?先生がいない今、誰もいないだろ?」
「だからこそだ」
「では、私もそうしようかな」
グリスの話を聞いて、ウェズと私は一緒に天人界に留まることにした。しかしあの人間界の家にあるお気に入りのベッドにどうしても横になりたかった私は、天人界に家のコピーを作った。そこまでするかと二人に笑われたが、自慢のソファセットで二人が私以上に寛いでいるように見えたのは黙っていよう。
この日をきっかけに天人界ではあるものの、昔のように三人で暮らすことができたのは、貴重な経験だった。相変わらずウェズは几帳面で小言が多く、グリスはのんびりマイペース。私はそんな正反対の二人の世話に追われた。一つの石を分けて持っているからか、二人とは馬が合う。それを知らなかった時からではあるけど。
「しかしミライが戦えるとはな」
「私が一番驚いているんだ」
「お前たちは自分のことを知らなすぎる。少しは興味を持て」
「ウェズはいつもウェズだな」
アガンと一戦を交えた後とは思えないほど、穏やかな時間が流れていた。
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