第五話『死神』

繋天門けいてんもんを人間界に呼び、三人で天界に戻るとマドラスは屋代の外で私たちを待っていた。天界で一番古い銀杏の大木は葉を風に揺らしながらマドラスを見下ろしている。マドラスはそれを見上げて、枝の間で子育てをしている鳥の姿を目で追っていた。

「時間がないな」

マドラスがそうポツリと呟くように言うと、私たち三人は顔を見合わせた。穏やかな時間の中に刺すような緊張感があり、居心地が悪い。マドラスの次の言葉を待ったものの、それを聞くことはなく、マドラスは屋代へと戻って行った。

「ウェズ、何か聞いているか?」

「いや、何も。獄落門ごくらくもんが現れてからマドラスとはあまり会っていなかったんだ」

「このままでいいものだろうか」

「いいわけがない。あってはならない門が人間界に二つもあるのだぞ」

「グリス、そう怒るな」

「あの門が実体化したらと思うと・・・」

モウラの目的が万能の石なのだとしたら、なぜ人間界に門を出現させたのだろうか。万が一私の神玉を奪えたとしてもウェズとグリスが残りの二つを持っているから意味を成さない。三人で一つの石を持っていることを知らないとして、テウスを使って私に近付いたのであれば、私が万能の石を持っていることは知っているのだろうか。いや、もしかしたら知らずにマドラスまで辿り着き、その在りかを探ることが目的だったのかもしれない。


 いくら考えを巡らせても答えは見つからない。なんせ相手はモウラだから。テウスの道を断った今、モウラが次に何を仕掛けてくるのか。

「ミライ、獄落門を出した死神は誰だったんだ」

「それは、知らないな。まずはそこから調べるとするか。何か解決の糸口がわかるかもしれない」

グリスの提案で、人間界にいる私があの死神について調べることになり、私は天界を後にして人間界の家へ戻ってきた。


 調べると言っても当てはない。あるのは長く人間界にいることで手に入れた人脈だ。勤めている大学にはしばらく休むと連絡を入れて、私は知っている死神を訪ねて回ることにした。さほど多くの死神を知っているわけではないが、中にはスワンのように友好的な死神もいる。敵対する関係ではあるが、今はこれしか方法がない。

 最初に訪ねたのは人間界に来てすぐの頃に出会った死神だ。古い死神で、名をラズという。ラズは山奥に住まいを構えて静かに暮らしている。古い記憶を頼りに、私は彼の住まいがある山を目指した。

「なんと、珍しい客だな。何年振りだろうか」

「久しいなラズ。元気そうで何よりだ」

すっかり見た目は人間になっているラズ。山奥の家に一人で暮らしているせいか街中では見ないタイプの山男になっていた。山奥で暮らしているから、今起きていることは知らないかと思ったが、お茶を出してくれるなり彼は「獄落門のことか」と口にした。

「出現させた死神を調べている。心当たりはないか」

ラズは首を横に振りお茶を一口飲むと「すまないな」と小さく言った。長い間街から離れ僧侶のように暮らしているラズ。私は彼を巻き込むことはしたくなくて、早々と家を後にした。その後、数人の死神を訪ねたがこれといった情報は得られなかった。人間界にいる死神の仕業ではないのではと思ってはいたが、それが正解になりつつあった。

 死神を訪ね始めてから三日目、この日最後に訪ねたのはトキという名の死神だ。彼とは十年程前に出会った。私が勤める大学のすぐ近くに住んでいて、大学に通う一人の学生について回っていたのだ。理由を尋ねた私に彼は「恋をした」と言った。彼がついて回っていた学生は確かに美しい人間だった。しかし、それを許すわけにはいかない私は、彼を一日だけ人間が見えるように施し、想いを伝えるチャンスを与えた。想いを伝えれば早く忘れられると思ったからだ。その日の終わりに彼は言った「伝えることはできなかった。でも目が合っただけで十分だ」と。

「トキ、久しぶりだな」

「ミライ様」

若い死神だけに、私は期待せず彼にあの死神について尋ねたところ、彼は思いもよらないことを言った。

「あれは死神ではありません。鬼神きしんです」

「鬼神とはなんだ」

「死神より上の存在とでも言いましょうか」

「元々人間界にいる者か」

「いいえ。人間界にはいませんでした」

トキは知っていることを教えてくれた。閻魔モウラがいる地獄には死神は存在しない。なぜなら死神は寿命を終えた人間を迎える存在だからだ。地獄はすでに死んでいる者がいる世界。だから死神は必要ないのだと。そして、そんな死んだ人間たちを管理しているのが鬼神。元来地獄は罪を犯した者が行く世界だ。そんな世界だと辛くて、怖くて逃げ出す者がいる。それを捕まえて更なる罰を与えるのが鬼神らしい。ほとんどの死神は人間らしさを持っているが、鬼神にはそのようなものはなく、見た目も醜くて見るだけで嫌な気持ちになると言い、トキは腕の傷を見つめていた。

「私は人間でした。でも罪を犯し地獄に行き、あの鬼神に会いました。これはその時受けた傷です。彼らは地獄の象徴のような存在で、鬼として生まれ、人間を物程度にしか見ていないのです」

「嫌なことを思い出させてしまったな」

「いえ。大丈夫です。争うことになるならお気をつけて」

「ありがとう」

 獄落門を人間界に出現させたあの者は死神ではなかった。冥界や地獄とは関わることがないため知らない存在がいてもおかしくはないが、トキの話を聞いてさすがの私も怯んでいた。鬼神。名前からして関わりたくはないな。


 調べたことをウェズやグリスの耳に入れておこうと、私は再び天界に向かった。策を練るつもりで向かったが、もはや策を練っている場合ではない事が起こった。あまり戦い慣れはしていないが、私たち三人は剣を手に天人界へと向かった。

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