第四話『神玉:万能の石』
私と並んでテウスが歩き、その三歩後ろにウェズはいた。元々誰とでもすぐに打ち解けるような性格ではないが、ここまでテウスとの距離を保つウェズは何かに怯えているようにも見えた。終始無言のまま、後ろからウェズの痛い視線を感じつつマドラスの屋代を目指した。
マドラスの屋代がある湖まで到着すると、テウスは目を丸くしてキョロキョロと落ち着かない様子だった。橋も船もなく湖の真ん中に建物があるのだから不思議に思うのも無理はない。なんにしても、橋があろうが無かろうが、テウスはマドラスの屋代に入ることはできないため、私はテウスと共に湖岸でウェズを待つことにした。
「マドラス様はどんな方ですか」
「どんな?そうだな、偉大なお方だよ。なんでもご存知だし、この上なく寛容だけど、怒るとものすごく怖い。きっとこの会話も聞かれているだろうね」
「ウェズ様に私は嫌われたのでしょうか」
「元々無愛想なんだ。気にするな」
「ミライ様はお優しいから」
突然わけのわからない事に巻き込まれて不安な日々を過ごしているテウスは、力なく微笑んでいた。第三者によって奪われた平和を取り戻してあげたいとは思うけど、テウス一人のために天界と地獄が争うことになるのは阻止したい。かと言って話し合いで解決できるような相手ではないしな。
しばらく待っていた私とテウスの元に珍しくマドラスは屋代から出て直接会いに来た。のんびり座っていた私とテウスは、マドラスの姿を確認して急いで立ち上がり、姿勢を正した。マドラスはゆっくり私に近づくと、いつものように微笑んだ。
「ミライ、その者は人間神だが、人間神は神ではない。直ちに人間界へ帰しなさい」
「マドラス、しかしモウラが・・・」
「大丈夫。彼が持つ神玉は万能の石ではないから。テウスと言ったな」
「はい。お目に掛かれて光栄です」
「よくここまで辿り着いた。しかし、君の目的を達成するのは容易ではないぞ」
マドラスはそう言うと、テウスに近づきテウスの肩に手を触れた。するとテウスはその場から消え去ってしまった。マドラスは次に私の前に立つと耳を疑うようなことを言った。
「君にはまだ話していなかったな」
「何をです?」
「この世に存在する万能の石は一つしかないのだよ。そしてそれはウェズとグリス、そしてミライ、君が持っている」
「一つしかないのに三人?」
「忘れたか?君たち三人は元々一頭の龍だったではないか。おそらく君に近付くことが彼の目的だったのだろうな」
騙されたのか。まんまとテウスの策にハマったのか。私が万能の石を持っていることにも驚いたが、騙されたことがショック過ぎて、一瞬目の前が真っ暗になった。マドラスは言うだけ言うと再び屋代へと戻って行った。残ったウェズは、黙って私の傍に立っていた。
人間の嘘はわかりやすい。人間界で暮らしていると人間の嘘には日に何度も出くわす。しかし神の嘘は初めてで、何と表現していいかわからないほどの衝撃だった。恐らくスワンも騙されたのだろう。彼は消えかけるほどに自分の身を危険に晒してテウスを守ろうとした。それを思うとさらに胸が痛んだ。
「君は知っていたのか?」
「そうだな。なんとなくではあるが知っていた」
「グリスは知っているのか?」
「彼も知らなかったが、君と時を同じくして知ったはずだ」
「危険なんじゃ?」
私の心配をウェズは簡単に拭った。獄落門が人間界に現れてから、グリスには護衛がついているとか。そして私にも護衛がついていたが、護衛もテウスが人間神だけに油断したようだと。そして、座り込んでいた私に手を差し出し、立ち上がらせるとにっこり笑って「行くぞ」と、言った。どこに行くのだと聞いた私にウェズは時間がないから向かいながら説明すると言い、目の前で龍の姿になった。私もウェズに習い龍の姿になると、彼の後を追った。
ウェズが人間の姿に変化しながら降り立ったのは獄落門の柱と柱の間だった。私たちが到着して少しするとグリスが現れた。人混みが苦手なグリスは嫌そうな表情を浮かべ、ブツブツと何か言っているようだった。人間には見えない神の姿で三人が集まった。久しぶりのことでなぜか胸が高鳴った。そもそも私たちは一頭の龍だった。マドラスの力で三人になり、それぞれの場所でそれぞれの時間を過ごしている。一頭の龍であった時の記憶は三人共にない。しかし、この二人といると心から安心できたし、いつも胸が高鳴るのだ。
「グリス、もう聞いたか?」
「万能の石の話か?ああ、聞いた」
「では、始めようか」
「何をするのだ」
何をするのかわかっていない私にウェズは真ん中に立つよう指示し、私の右側にグリス、左側にウェズが立った。
「繋天門をここに呼ぶ。私に習い繋天門を思い浮かべるのだ」
獄落門に背を向け目を閉じて、両腕で何かを抱えているような格好をしたウェズ。右側のグリスはそれを見て同じポーズをし目を閉じた。私もまたウェズに習う。最初は何ともなかった腕の中に何かが蠢く感覚が生まれ始めた。風が渦を巻いているような、水が入った風船を抱えているような感覚だった。少しするとウェズが私に言った。
「ミライ、私に続け。時は満ちた、繋天門をここへ」
「時は満ちた、繋天門をここへ」
言った瞬間だった。腕の中で蠢いていたものが腕から抜け出る感覚があり目を開くと、そこには水なのか風なのか空気なのか、よくわからないものでできた一頭の龍の姿があった。龍は空高く昇って行ったかと思うと急下降し地面の中に入って行き、同時に獄落門が現れた時のような轟音が鳴りだした。そして数分もしないうちに獄落門の向かいに繋天門が現れた。天人界にある時とは大きさが違うが、それは間違いなく繋天門だった。
人間界に現れた二つ目の門。ウェズが言うにはこれにより人間界の混乱は収まるようだ。しかし、これをずっとここに置いておくわけにはいかない。本来の場所に戻さなければならない。繋天門はもちろん、獄落門もだ。
人間には見えない代物だが、二つの対になっている門は人間界のど真ん中に確実に存在していた。片方は人間界と冥界を繋ぐ門、そしてもう片方は人間界と天界を繋ぐ門。どちらも数十階建てのビルを飲み込むほどの高さだ。全ての始まりは地獄を支配する閻魔モウラの仕業だ。私はどこかでモウラとの戦いは避けることはできないのだろうと覚悟を決めた。
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