第三話『繋天門』

スワンがテウスを匿うことになった経緯はわかった。あとは私がどうするかだな。しかし、どこで匿う?どこが安全なんだ。私の家も結界は張られているが、先日スワンが来た時、死神が数人庭に入り込んでいたところをみると、スワンの家のように結界は機能していないのだろう。あの感じだとグリスに頼むのは難しいだろうな。

「で?頼まれてくれるのか?」

「神玉だけを預かることはできないのか?」

「やってみようとしたのだが、だめだった。ある程度離れると勝手にテウスの身体に戻ってしまうのだ」

「テウス、例えば姿を消したり小さくなったりできるか?」

テウスは私の問いに首を横に振り、申し訳なさそうに俯いた。

 もう考える時間はない。家の周りに死神の気が一つ、二つと増えている感覚に私は覚悟を決めた。スワンのようにテウスを身体に取り込むことはできない。だとしたら瞬間移動しかない。

「スワン。テウスは預かる。君も早く安全な場所へ行け」

「ありがとう。後は頼んだぞ」

グズグズ悩んでいても仕方ない。一旦、ここを離れよう。家から出ていくスワンを見送った後、私はそう決めてテウスの左腕を掴み瞬間移動した。


 移動した先は人間界と天界の中間にある天人界。時折、休みにくるこの場所には私の先生がいる。神として生まれ、何も知らない私に色々教えてくれた先生だ。名前はルドス。私と同じく風を司る神だが、今は任務から離れて天人界で隠居生活をしている。

「先生」

天人界は天界に景色が似ているが、天界の象徴である湖は存在しない。ただ、先生がいるからか天人界にはいつも心地よい風が吹いていて、草原の葉がさわさわと耳障りの良い音を鳴らしている。

「ミライ・・・と、どなたかな」

「人間神のテウスです。先生、しばらくここで預かってもらえませんか」

「理由を聞こうか」

「万能の石を持つ者です。モウラに追われています」

先生はじっくりと時間をかけてテウスを見てから、白髪で埋め尽くされた頭を掻いて、白い立派な髭を触り、ゆっくりと首を横に振った。予想外の反応に驚いたのは言うまでもない。怒り方を知らないのではないかと疑うほどに優しい人が、テウスを拒んだのだから。


 薄々気がついてはいたが、私はどうやら突っ込んではならない事に首を突っ込んでしまったようだ。それに気がついたものの、時すでに遅しだな。テウスはここにいるし、先生の雰囲気からしてモウラはすでにテウスがここにいることを知っているだろう。テウスにとって安全な場所がないなら、モウラをどうにかする必要があるが、それはきっと天界が黙っていないだろう。八方塞がりだな。

「ミライ、少し話そうか」

神妙な面持ちの先生に呼ばれてテウスから離れた私だったが、先生の後姿を追いながら頭の中では後悔がぐるぐると回っていた。友人の頼みとはいえ、断るべきだった。

「なぜ争おうとする」

「争いを避けた結果です」

「天界へ連れて行け」

「マドラスが受け入れるでしょうか」

先生は小さくため息をついた後、私の顔を見て大丈夫だと言った。それから、

「ミライ、物事の本質というのはな、意外なところにあったりするんだぞ」

と言い、いつものように微笑んでくれた。先生は昔から意味深な質問をするが、答えは教えてくれない。今回の宿題はいつもに増して難しいな。


 瞬間移動せず正規のルートを歩いて天界に向かう。天人界と天界の境にある門に続く一本道を歩いて向かいながら、私は先生の言葉を頭の中で繰り返していた。「本質は意外なところにある」とはどういうことだろうか。そもそもモウラがテウスの神玉を狙っていること以外に本質がどこにあるというのだ。天界への道は景色が変わらず長い。私は疲れを知らないからいつまでも歩けるが、テウスは違うようだった。段々と息が荒くなり顔に汗が滲んでいた。同じ神だがやはり元は人間だな。仕方なく考えるのを止めて指をパチンと鳴らすと、本来ならもう少し先にあるはずの門が目の前に現れた。

繋天門けいてんもんだ。この先は天界」

「美しいですね」

繋天門は本来、人間界と天界を繋ぐ門。獄落門と対になっている門だが形や雰囲気が全く違う。両方の柱に太陽と月が彫られていて、三角を左右二つに分けたような形になっている。色も白く輝いていてとても美しい門だ。神しか通れない門だが、はたしてテウスは通れるのだろうか。今まで感じたことないほど心臓は速く鼓動を刻んでいる。ゆっくり、ゆっくり進んだ。テウスを後ろに私が前で、ゆっくり、ゆっくり。あともう少しで通過する、その時だった。

「ストップ!ミライ、止まれ!」

門の向こう側で仁王立ちし手のひらをこっちに向けているのはウェズだった。

 門の手前の場所にテウスを残し、私だけ門を通過しウェズの元へ向かって理由を尋ねると、ウェズはただ信用ならないと言った。

「しかし先生が天界に連れて行けと」

「先生は私がここに来ると見越してそう言ったのかもしれないぞ」

ウェズの言動が理解できずにいた。そんな私の気持ちを察したのか、ウェズは私に彼の神玉を見たのかと聞いた。見た。私は確かに見た。赤い美しい石だった。どうせウェズには嘘は通用しない。ウェズは読心術が使えるから。だから正直に見た場面と見たものについて答えた。

「なるほどな。しかしミライ、変だと思わないか。私は、私の神玉を見たことがない。もちろんお前の神玉もね」

人間神だから成し得たのだろうか。神玉の存在は随分前から知っているし、大勢の神や神獣に出会って来たが、確かに見たことはないな。でも、人間神の存在を知らなかったこともあり、知らないことや見たことも聞いたこともないことがまだあっても不思議ではない。私は頭の中でウェズをどう説得しようかと考えを巡らせていた。

「一旦、天界へ連れて行く。あとはマドラスに判断を委ねようではないか」

とりあえず先に進みたい。そう思った私はそのようにウェズに提案した。少し考え込んだ後、ウェズは渋渋ながらも納得してくれたように見えた。そして自らテウスに向かって手招きをしたのだ。緊張の瞬間だった。万が一繋天門が彼を神と認めなければ消し去られてしまうだろうから。思わず目を閉じた私だったが、

「ミライ、大丈夫か?」

と、ウェズに声をかけられ、恐る恐る目を開いた。目の前にテウスはいた。繋天門を通過できていた。これでテウスが神である事が証明されたわけだ。さあ、先を急ごう。マドラスの元へ。

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