第二話『人間神テウス』
スワンはテウスが持っている神玉がどれほどすごいものなのかを説明してくれた。万能神の石でピラミッドを二つ合わせた形、赤い透明で赤ちゃんの拳ほどの大きさだという。
「見たのか?」
「ああ、見せてもらった。それは美しい石だったよ」
思い出しながら話すスワンを見ていて、私も是非一度拝見したいものだと思った。私やウェズなど、神の一部は神玉を持っている。神だから皆が持っているものでもないのに、それを人間が持っているとは不思議なことがあるものだ。まだワインが残るマグカップ、それをテーブルに乗せたスワンは小さく息を吐いてから私の方へ目線を動かした。嫌な予感がする。
「実は頼みがあった来た」
「まさか?」
「テウスを頼めないか?」
最初からこれが目的だったのか。いつから匿っているのか知らないが、限界だったのだろう。そういえば疲労が滲み出ているようにみえた。匿うのは簡単だが、その匿う彼を探しているのがモウラというところがネックだ。関わりたくない気もするが、古くからの友人の頼みとなると聞いてやるべきなのかもしれないとも思う。私が関わってしまうと、もしかしたら天界にも影響があるかもしれないな。スワンには悪いが、少し考えさせてほしいと言い、その日は帰ってもらった。
翌日、夜が明けるのを待ってから私はある友人を訪ねた。私が住んでいるところからは、遠く離れた場所に彼はいる。海が近くにあっていつも心地よい風が吹いている場所だ。彼は水を司る神、白龍。名前はグリスという。予告なしに彼の家を訪ねたのに、彼は私が来ることを知っていたかのように家の外で待っていた。
「私にも一杯くれないか」
「来たか。待っていたぞ。残念だがお前にやるコーヒーはない」
「酷い冗談だな」
挨拶代わりのグリスの冗談に笑い、共に家に向かった。私の家とは違い、小ぢんまりとしたグリスの家だが、嫌いではない。いつ来ても木のドアを開くとコーヒーの香りがする。家具も決して高級ではなくて、所々擦れて布が薄くなっているが、それがいいのだといつもグリスは言っている。本人自体が田舎の青年みたいな雰囲気だから、仕方ないのかもしれない。
グリスは私のところにスワンが来たことを知っていた。何を頼まれたのかも知っていた。知ったうえで協力はするなと簡単に言い放った。
「ミライ、獄落門が現れた理由は、その人間神なんだぞ」
グリス曰く、獄落門が現れた理由は二つ。一つはテウスを冥界へ導くため。なぜならテウスの神玉はテウスが死なないと手に入れられないからだ。そしてもう一つは、多くの死神を一度に人間界へ送り込むためだ。
「問題は、獄落門と死神の影響だ。今頃天界も慌てているだろうよ」
ただそこに存在しているだけだと思っていた獄落門だが、実はすでに人間界に色々な影響を与えだしているという。
それは些細なことから始まっていた。誰も気がつかないような些細なことから。それは誰かと誰かの別れだったり、誰かの病気が悪化したり、誰かが亡くなったりという日常的なことだった。ただ、数千人のうち一人くらいは気がついていたかもしれない。何かがおかしいと。グリスは言った、獄落門が現れてから死ななくてもいい人間が数人死んだ。運命の糸で結ばれているはずの二人が別れた。生まれるはずの新しい命が生まれなかったと。ただそこに存在しているのではなく、見えない悪い気を撒き散らしているのだ。それでもテウスは守るべき存在だ。獄落門が現れた理由がテウスであったとしても、モウラにテウスを渡すことはできない。
「状況は把握した。でも、一度会ってみようと思う」
「会ってどうする?」
「まずは本人の話しを聞かないとな。今のところ本人のいないところで話をしているから」
「それは、そうだな」
渋渋ではあるものの、テウスに会うことに賛同はしてはくれた。でも帰り間際にひと言、
「首を突っ込むなら責任を持つんだぞ」
と固い表情でそう言った。モウラは極悪だ。人間の命や神の存在など気にも留めない。そんな者が万能の力を手に入れてしまったら世界は終わるかもしれない。人間界はもちろん、天界や冥界まで、全てを守ろうと思ったらその責任は重い。でもなぜかこれは私の使命のような気がしていた。
グリスを訪ねて二日後、再びスワンが私の屋敷を訪ねて来た。返事を聞くために。先日よりもさらに疲れているように見えたスワンが、リビングのソファに座った時、一瞬ではあるが身体が消えそうだった。私の決断は急がないといけないようだ。温かいミルクの入った紅茶をスワンに渡してからテウスに一度会わせてくれないかと聞いた。
「ここにいる」
「どこだって?」
「私の中だ」
スワンは紅茶を一口飲んでからゆっくり立ち上がり私から離れると、胸の辺りに手を当て目を閉じた。何度か大きく深呼吸すると手を少しずつ胸から離していく。すると手と胸の間に噂の神玉が現れた。赤というよりオレンジ色に近く、目を離せないほどの美しさだった。神玉はスワンから出ると自らの意思で動いているように見えた。フワフワと風船のように移動するとスワンの隣で静止、それはあっという間に人間の姿に変化した。テウスだ。スワンが映像で見せてくれたテウスが等身大となり目の前にいる。変な緊張が私の全身を包み込んでいた。
「初めまして。テウスと申します」
「ああ、話は聞いているよ。私は黄龍のミライだ」
テウスに座るよう促すと、スワンが元の場所に座り、その隣にテウスは座った。彼も少し緊張しているようだ。私の方をチラチラ見るだけでほとんどは膝の上で組んだ自分の手を見ていた。
「スワン、さっきより顔色がいいな」
「死神だからかな。神の気は強すぎて、もう限界だったよ」
「それにしても美しい神玉を持っているな」
「あ、ありがとうございます」
少しの間、スワンの話しや世間話をしていたらテウスの緊張は解れたようだ。自分のことを話してくれた。父も母も普通の人間で自分が人と違うことには、十五歳の時に気がついたそうだ。見えているものが周囲の人間とは違っていたらしい。年齢は二百歳を超えている。田舎の静かな村で暮らしているとか。
「一年前でした。私のところに死神が訪ねて来たのは」
その死神はそれが当たり前のように、神玉を差し出せと言った。恐怖を感じたテウスはその場から姿を消し、その日から逃亡している。逃げている途中でスワンに出会った。
「私の家の物置に隠れていたんだ」
スワンの家は結界が施してあり安全だった。しかし獄落門が現れてから結界がなくなり見つかりそうになったため、スワンの身体の中に入れてもらった。最後の方は涙ながらにそう話してくれたテウスは、自分がなぜ追われなければならないのか、いっそのこと神玉を渡して楽になりたいと思ったと言った。私は一連の話を聞いて、正直なところ怯んでいた。大事に首を突っ込んでしまったようで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます