5章 魔力なし騎士、考える

遠征まで残り二日


「はあ……」


 翌朝、体を起こすと隣にアウモはすやすやと眠っていた。

 エリウスは――ソファーで寝ている。

 魔力の回復のためにもしっかり睡眠をとってほしかったから、ベッドに寝て、って言ったのに『アウモが不安定になる方が怖いでしょ』と言われてしまった。

 それは……確かに。

 アウモが暴れる理由――空腹も眠っている間は治るらしく、それがなんだか孤児院にいた頃の自分のようでちょっとだけ切ない。

 そうだよなぁ、お腹空いてても、寝ていれば気にならなくなるもんなぁ。

 こうしてすやすやと穏やかに眠っている方が、アウモのためのような気がするけれど、ずっと眠っているわけもないだろう。

 というか、目を覚まさなければそれはそれで心配で、不安で、俺はまたエリウスに弱音を吐いてしまうだろうな。

 本当に、育て甲斐のある子だなぁ。

 突然人の姿になるし、大食いになるし、かと思えば子どもらしく俺には甘えてくれる。

 日に日に可愛くなって、振り回されることさえ困ったなぁ、と思うくらい。

 でも、昨夜エリウスに俺とアウモが置かれた状況を王侯貴族の視点から聞かされたら呑気にもしていられないと知った。

 俺は確かに平民で、しかも孤児。

 誤字の中でも特別役に立たない魔力なし。

 そりゃあ簡単に切り捨ててもいいだろうさ。

 こんな俺が、と悩むのはもう終わらせた。

 アウモの父は俺!

 って、ことで吹っ切ったつもりだったけれど、やはりなんの後ろ盾も功績もない平民騎士には『アウモの親』っていう価値しかないんだな。

 アウモが国にとって益になるか、災いになるか。

 普通に考えれば確保しておきたいはずだが、これほど大食いで、空腹による癇癪でものを破壊するようなら……国としては“災い”だよな。

 アウモを守るためにエリウスの提案は、とても重要なものだとわかる。

 けれど、エリウスはアウモのこと以外で――俺に好意を抱いている――と。


「………………っ」

「パォゥ……?」

「っ! ア、アウモ……! 起きたのか?」

「ぱぁあーうぉ」


 安心したような、朝の大食いが始まるのか、という恐怖心が一緒にきた。

 起き抜けで手を伸ばしてくるアウモを抱き寄せると、嬉しそうにすりすり頬擦りしてくる。

 うぉー、可愛い〜!

 うちの子可愛い〜。


「ふふふ、ほっぺぷにっぷに。柔らか〜」

「ぷぁーう」

「お顔を洗って、朝ご飯にしようか。お腹、やっぱり空いてる?」


 と覗き込むとまるで答えるかのようにアウモの腹がグウウウウウ、と鳴り始めた。

 いや、腹も目覚めた? って感じか?

 うーん、全然治ってないなこれ。

 管理人室にある食糧もほとんど昨日の朝に食べさせてしまったから、騎士団の食堂で朝飯食うしかないな。

 そう予定立てながらアウモを洗面所に連れて行き、顔を洗う。

 竜型の時は濡れタオルで顔全体を拭いてあげていたけれど、人型になったので俺を真似して顔を洗おうとし始めた。

 その間もお腹は鳴り続けている。

 これはすぐにエリウスの出番になりそうだなぁ。

 根本的な解決にならないのがなんとも申し訳がない。


「ぱぁーぉうん」

「うんうん……顔を洗ったらエリウスを一緒に起こそう」

「ぱぉう!」


 頭を撫でると嬉しそうに返事を返してくれる。

 この調子なら言葉も早く覚えそうだけど、相変わらず「ぱうぱう」言ってるのが不思議だ。

 顔をしっかり拭いて、俺のシャツもお着替え。

 余裕があればアウモ用の子ども服を買ってあげたいけれど、今のアウモを留守番させて町に出かけるわけにはいかないからなぁ。

 遠征準備が終わるまで、あと二日。

 あ、俺も遠征用の着替えとか準備しておかなきゃ。


「ぱーうぱーーーぁう!」


 櫛で髪も整えて、オッケーを出すとアウモは飛び上がってからソファーに走り出した。

 身支度が完了する前にエリウスが起きるかな、と思っていたがそんなこともない。

 よほど魔力を吸われたのだろうな、と申し訳ない気持ちになった。

 アウモがエリウスに跨りゆさゆさと体を前後させる。

 容赦なさすぎない?


「う、うう……い、いたい」

「ぱおうーー! ぱうぱぁう!」

「いたたたた。……っあ? アウモ……? あれ? もう、朝?」

「エリウス、大丈夫か?」


 一応簡易キッチンの食糧を確認するが、やはりなにもない。

 溜息を吐いて戸棚を閉める。

 声をかけるとエリウスはあくびをしながら上半身を起こした。


「やっぱりソファーじゃ疲れが取れなかったんじゃないか? 今からでもベッドで寝た方がいいんじゃ……」

「大丈夫大丈夫。魔力はほとんど回復しているよ。アウモ、朝ご飯、俺の風魔法でいいかな?」

「ぱぉうぱおぅ!」

「じゃあおいで」


 上に跨っていたアウモは、エリウスが上半身を起こしたと同時に隣に座り直していた。

 だが朝ご飯、と聞いて両手を掲げてエリウスの膝の上へと移動する。

 可愛い。


「はい」

「ぱぁーう」

「俺らの飯、食堂でいい?」

「あ、そうか。昨日の朝、ほとんど全部アウモにあげちゃったもんね。うん、いいよ」

「うん、ありがとう」


 いつも通りに会話できることに安堵する。

 けれど、ちゃんと考えるっていったんだから、考えなきゃ。

 エリウスと結婚する。

 エリウスの迷惑になるんじゃないか?

 でも、エリウスは俺を……好き、と言った。

 感情の問題、なのだと。

 俺も、考える、なんて返事をしておきながら心が簡単に『嬉しい』と答えを出している。

 それなのになんで返事を保留にしたのか。

 それはまあ、もちろん……アウモのことがあるから。


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