あまり知らなかった彼のこと


 食事を取らせているとエリウスが身支度をできないんじゃないか、と思ってタオルを濡らして持っていく。

 アウモに指を吸わせたまま、エリウスの顔を濡タオルで拭ってやると、だんだん顔を赤く染めた。


「えっ……? 熱、出た?」

「ち、違うよ。好きな人にこんな、甲斐甲斐しくされたら……普通に照れるよ」

「あ……そ、そう、なのか」


 なんて言ってごまかしたが、そういうものなのか。

 いつもの調子で――子どもの頃みたいに世話を焼いたけれどもう成人しているもんな、お互い。

 しかも、昨日エリウスには恋愛対象だと告げられている。

 顔全体を拭いてから、タオルを洗面所の洗濯カゴに入れてからカーテンを開く。

 もう間もなく太陽が昇ってきそうな時間帯。

 今日は深く霧が出ている。

 振り返って「動けそう?」と聞く。

 騎士団の食堂は夜間警備の担当が上がってくる早朝から開いている。

 つまり、俺たちが行ってもなにかしらは食べられる、ってこと。

 エリウスも「うん」と頷いてアウモを左腕で抱えて立ち上がった。

 装備はある程度外していたので、自分の分を装着してからエリウスの装備も俺がつけてやる。

 それもエリウスには「甲斐甲斐しい……」と照れられてしまったけれど、照れられるとこっちまで恥ずかしくなるんだが。

 しかし、俺の底辺騎士装備とエリウスの魔法騎士装備は意外に違うものが多くてびっくりした。

 魔法を使う時に魔力を通しやすい剣、その魔力を通しやすい剣の魔力を封じ込める鞘。

 鎧も俺とデザインが近い、素材がまったく別物。

 ブーツや手袋も魔力を通しやすく込めやすいものだし、上着やマントは対魔効果が付与されている。


「エリウスって、やっぱり部隊を任されそうなのか?」


 管理人室を出て、扉に施錠しながらつい、興味のまま聞いてみた。

 エリウスは少し心地悪そうな顔をして、天井を流し見る。


「まあ……そういう話は……その、もらっているけれど」

「やっぱり! 受けないの?」

「まだ正騎士になって一年しか経っていないのに、荷が重すぎるよ」

「そうかなぁ?」

「そうだよ。それになんかこう、家の力というか、名前というか、家格というか……そういうものを考慮されているような評価で、あまり俺自身の実力を伴うものではない気がするんだ。ちゃんと勤めて、周りのみんなからも『俺なら任せて大丈夫だろう』って言ってもらえないと自分が納得できないかなって。それに、父と話すとやはり貴族としてはまだまだ未熟すぎて情けない、と思い知らされるばかりなんだ。だからそれまでは断り続ける、かな」

「ふぅーん……?」


 貴族の流儀とかそういうのは、やはり平民でしない俺にはわからないことだ。

 だが騎士として、同僚たちはエリウスの実力を認めている。

 聞けばみんな『エリウスになら任せられる』って言うと思うんだが……真面目なやつだなぁ。


「エリウスさぁ、俺に結婚して、って言うけど、俺めちゃくちゃ平民の思考だぞ? 貴族の生活とか、全然わからないけど」

「そ、それは……無理に合わせなくていいよ。多分父もフェリツェに貴族の生活に合わせろ、なんて言わないと思う。そもそも、父はフェリツェを妻に迎えるのは賛成って言ってたし」

「え、そうなの?」

「うん。王家の方は王子が四人もいるから後継は心配ないし、俺は公爵家を無理に継がなくてもいいって言われているんだ。公爵家は退位した現国王陛下が継げばいいって。だから……その、俺が望むなら騎士として生涯を捧げていいとも言われている。王家の血筋を残さないようにも言われているから、フェリツェだけを伴侶として愛し続けるのになにも問題はないよ」


 なんて、さらりと言ってのけた。

 真っ直ぐに見つめられて、自分の顔が熱くなる。

 居心地悪くて顔を背け、見張り塔から急いで出て玄関扉も施錠した。

 どう答えたらいいのか、わからない。


「でも、せっかく貴族に生まれたのに……」

「うーん……でも、やっぱり向いていないよ、俺は。貴族に。腹の探り合いとか、精神的に疲れちゃう」

「まあ、それは大変そうだけどさ」

「貴族街より平民街に家を買って、アウモとフェリツェと三人でのんびり暮らしていけたらな、とか、ちょっと思った時期もあったけど……まあ、今はアウモの空腹問題を解決するのが先だよね。遠征で魔物を狩ってアウモに食べさせて……どのくらい保つか」

「うん……」


 先のことを色々考えるのももちろん大切なことだけれど、やはり目先の――アウモの食欲が目下の大きな問題。

 もし、魔物を食べさせても解決しないようなら俺とアウモは国を出るしかなくなる。

 よその国もアウモを受け入れようとするだろう。

 だってアウモは妖精竜の一体だ。

 カニュアス王国で無理でも、他国ならばもしかしたら……。

 でも当然、俺はアウモの親としての利用価値しかないから容易く騙されるかもしれない。

 俺を殺してアウモを手に入れようって国もあるかもしれないし、アウモの食欲が治らずに他国からも追い出されたりするかもしれないんだよな。


「アウモの前世の記憶が蘇れば、もしかしたらなにか解決するかもしれないけど」

「アウモの前世……あ、そうか。妖精竜って転生したあと、転生前の記憶を思い出して覚醒するんだっけ」

「――そう伝わっている。だからもしかしたら、アウモが前世を思いだしたらなにか変わるかもしれないよね。でも、同じく人間の身では制御できなくなるって可能性もある。フェリツェ自身も……前世のアウモの人格に否定されてしまうかも」

「っ……そうか……そういう可能性もあるんだ……」


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