4章 王族騎士、一緒に成長を誓う

向き合う覚悟


「はあ……」


 漏れた溜息にハッとして口を覆ってしまう。

 フェリツェと二人きりで買い物に出かけられたのに、ちっとも距離を縮めることができなかった。

 いや、その代わり“父として”という部分で自信を持てずにいたフェリツェは、翼竜に進化したアウモがフェリツェをしっかり“親”として認識していたことに安堵してすっかり自信を持って父親業をやっている。

 渡り廊下から訓練所を見ていると、アウモが飛ぶ練習につき合うフェリツェが見えた。

 とはいえ、アウモは飛ぶのが上手い。

 妖精の翼は風を自在に操れるのか、クルクルとフェリツェの指示通りの場所に下りたり遠くに置いてあるアポウの実を取りに行き、フェリツェの手に持ってくるなどのことが一通りできるようになった。

 実に賢い。

 完全に人間の言っていることを理解している。

 訓練所を囲うように、魔術師団の術師や城の魔術研究所職員がその様子を見て「素晴らしい」「もう完全に人間の言っていることを理解しているな」「進化が早すぎるような気もするが……」等々、漏れ聞こえてきた。

 どんどん注目度が上がっているな。

 アウモが妖精竜というのは――もはや疑いようもないことだ。

 この世界の神の一体が、この国で人間に育てられている。

 魔物という脅威があるから、この世界では国同士の争いというものはもうほぼない。

 昔はあったらしいが、人の死が増えればその分魔物が増え、強くなる。

 どんどん凶暴化して、すべての種族が力を合わせて対応しなければ絶滅の危機に至ったという。

 それがおよそ二千年前の話。

 すべての種族が一丸となり、世界を滅ぼす規模のスタンピードを収めるきっかけ――四体の妖精竜と、妖精竜の協力を取りつけて“人類”を率いたのが人の神・武神アケレウス。

 それゆえに未だ神々には信仰が捧げられるのだ。

 その神々の一体が、あのアウモ。

 だがこのままアウモがこの国につくと、勢力のバランスが崩れるんだよね。

 けれど――。


「いいぞー! アウモー! よーし、次は旋回だ!」

『プォーン』

「上手ーい! さすが妖精竜! 体がもっと大きく成長したら、フェリツェを乗せて訓練ができそうだな」

「なんか今更だけど、俺ってマジでアウモを騎竜にして竜騎士になっていいのかな」

「うーーーーーーーん……さあ?」


 セラフを教官に迎え、少しずつアウモを騎乗する竜として教育を開始している。

 が、フェリツェは最近妖精竜がどのくらい大きくなるのか、とかさすがに成長したら人間の言うことなんて聞かなくなるんじゃ、とかそもそも神様を乗り物として扱っていいものか、とか……新しい問題、悩みを抱き始めているようだ。

 確かになぁ、とそれは周囲も思い始めた。

 特に、一番最後。

 声は相変わらず大きいが、翼が生えただけでアウモのサイズは変化していない。

 その妖精翼も地面に降りると消えてしまう。

 どうやら妖精翼は収納ができるらしい。

 そんなところも普通の竜とは違うので、学者たちは歓喜した。

 神様を育てているのだから、普通とは違う悩みが次から次へと溢れてくる。


『パゥオ!』

「お腹空いた? じゃあ、今日はそろそろ帰ろうか」

『パゥ! パフゥ!』


 ただ、アウモは間違いなくフェリツェを“親”として認識して懐いている。

 意思の疎通もどんどんできるようになっているし、自らフェリツェに抱っこをせがんできたり頭を擦りつけたりと甘える頻度が増えていく。

 その姿を羨ましく思ってしまう。


「やっぱ告白しかないんじゃない?」

「ぐぅ……ディック……」


 肩に腕を置いて、ニヨニヨ笑いながら耳打ちしてきたのはディック。

 こいつ、完全に俺の気持ちをわかっていて……!


「告白って……」

「愛の告白。つーか、そこをすっ飛ばして関係を進められるわけがないだろう?」

「そ、それは……っ」


 確かに。それは……その通り。

 唇を結び、視線を背ける。

 告白……愛の告白か。

 当たり前のことなのに、そこに思い至らなかった。


「いや、でも……今のフェリツェは、アウモの親として頑張っていて……そんな余裕は……。そ、それに、俺が自分の気持ちを押しつけるようなことをしたら、ますます悩ませてしまう。これ以上悩ませたら、フェリツェがハゲそう」

「あっはっはっ! それはそう!」


 それはそうって思ってんじゃん!

 悩み多き今の状態で、アウモ以外のことで悩ませたら……フェリツェが可哀想。

 だが、ディックはそう思っていないらしい。

 俺の後頭部を思い切り掴み、指を突き立てられた。


「痛い痛い痛い!」

「お前なぁ、くっだらねぇ言い訳にフェリツェの名前を使うんじゃねぇよ。注目が集まってるってことは、だ。……わかんだろ? お前だって貴族として育てられたんなら、さぁ」

「……っ!?」


 ディックは辺境に近い子爵家の六男。

 股間のアレが大きければ当主になることもできたはずだが、残念ながら三男に全員が負けたらしい。

 いや、その話はともかく……貴族として育てられたなら、とはとんでもない話をぶち込んできたものだ。

 そうか、今まで全然考えたことなかった……なんて抜けていたんだろう……!


「アウモを手に入れるために――フェリツェが狙われる……!」

「そう。なんなら、この国の人間以外にも望まれる・・・・だろうさ。まあ、人間だけの国は男女婚だから、女が派遣されてくるかもしれないけれどな。この国では男性妻を娶るのが一般的だろう?」

「っ……」


 バシッと背中を強めに叩かれる。

 ああ、本当に……そうだ、その通りだ。


「他の男に横から掠め取られる前に捕まえておけよ。守る意味でも。……お前の地位ならそれができるだろう?」

「……うん、そうだった。ありがとう、ディック」


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