第6話 婚約破棄の報告

「到着しました」


 御者の声が響き、馬車が滑るように止まった。私は小さく息をつき、昔を振り返るのを止めて、今を見る。馬車の扉が開き、差し込む陽光に思わず目を細める。


 私は急ぎ足で屋敷に入り、父のいる部屋へと向かった。深呼吸をして、私は覚悟を決める。婚約破棄を告げられたこと、それを父に報告しなければならない。


 扉の前で一瞬躊躇する。でも、これは避けて通れないことだ。意を決して、ノックした。




「お父様、ご報告したいことがあります」

「どうした、エリザベート?」


 いつもの威厳のある父の声が、部屋に響く。その声に、私の緊張は高まるばかり。手に握る汗を、そっと拭う。父はどんな反応を見せるのだろう。怒るのだろうか。それとも、落胆するのだろうか。


「実は、アレクサンダー王子から婚約破棄を告げられました」


 私はおずおずと、事の顛末を説明し始めた。転生者であること、平穏に暮らそうと約束したこと。そういった詳しい事情は伏せたまま、ただ、向こうの都合で婚約を破棄したいと言われたことだけを伝える。


 父は、真剣な表情で私の話に耳を傾けていた。その瞳は、まるで私の心の奥底まで見通すかのようだ。


 私は、アレクサンダー以外に転生者であることは隠していた。でも父には、そのことも知られているような気がしてしまう。きっと、知らないと思うけど。


「そうか」


 そんな短い一言だけ漏らして、父は腕を組み、しばし考え込む。静寂が部屋を支配する中、私は息を潜めて、その様子を見守った。


 やがて、父が顔を上げ、私を見つめた。


「これから、どうするつもりだ?」


 父の問いかけに、私は少し考えてから答えた。


「そうですね……。しばらくは、将来のことについてゆっくり考えながら、大人しく過ごそうと思います」

「そうか。まあ、おまえの好きなように過ごせばいい」


 父の言葉に、私は小さく息をついた。自由に動くことを許可してもらえたみたい。兄弟姉妹の中で、私の優先度は低いから、放っておかれているのかもしれないわね。でも、私にとってはありがたいこと。自由に過ごせるチャンスを、大切にしよう。


 思ったよりもあっさりと、婚約破棄の件を父に報告できた。部屋を出る時に、父は何か言いたげな表情を見せたが、結局何も言わずに私を送り出した。


 廊下を歩きながら、私は胸の奥でくすぶっていた感情が、少しずつ晴れていくのを感じた。自由にしていい、父はそう言ってくれた。それなら、早速ウィルフレッドに会いに行こう。

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