第28話
◆◇◆
この日、雨は変わらず降り続いていたが、その勢いは比較的弱かった。この分ならば、道中で濡れ鼠になる心配はなさそうだと、社を出た千歳は安堵する。
わざわざこうして呼び出されるという事はきっと重要な話のはず。村長の外にも村の重鎮達が集まっているかもしれないし、余り見窄らしい格好で出向きたくはない……まぁこの二年、自分は村の厄介者として山暮らしをしていたのだから、礼節云々は今更かもしれないが。
そうしてさぁさぁと細かい雨が降る中を村へと向かう。まだ御前だというのに薄暗い為、慎重に足元を確認しながら石段を下りる。
長い石段が終わると、村までは緩い下り坂だ。土の地面はぬかるんで滑りやすく、千歳は何度か足を取られながらも進んでいき……すると次第、ドウドウという音が聞こえてきた。
――なんだ? 何処かで突風が吹いてるのか……?
初めはそう考えた千歳である。が、麓まで辿り着いた頃に気が付いた。この音は風が発するものじゃないと。それよりもっと固く、重い感じだ。そして、徐々に大きくなる。音を発しているものに、千歳が近付いて行っているのだ。そして、この先にあるものと言えば……
考えると、心臓がドッドッとうるさく鳴り始めた。嫌な予感に、次第、居ても立ってもいられなくなり、千歳はダッと走り出す。張り出した枝を潜り、岩を飛び越え、泥が跳ねるのも構わずに駆け続ける。
そうしていざ見出した音の正体に、千歳は絶句してしまった。……いや、そんな事はわかっていたはずなのだ。自分が神子としての御役目を果たせず、そして長雨が降り続いているのだから、何れこういう事が起きるのだと。
しかし、いざその光景を目にするまで、事態の深刻さを真に理解してはいなかったのかもしれない。
「……っ」
千歳が見詰めるのは、神威川だ。だが千歳の知るそれとは全く違う。
普段、この川は透明に澄み渡り、釣りをしたり洗濯をしたり、人の暮らしに寄り添ってくれていた。だが今は、まるで表情を変えている。危険なまでに水位を上げ、ドウドウと凄まじい音を立てている。
それはまるで、自然の悪意のようだった。昨年も川の氾濫は起きていたが、その時とは恐ろしさがまるで違う。長く降り続ける雨が山の土砂や木々を大量に引き連れて、川を真っ黒な濁流へと変えているのだ。いざこれが溢れ出したら、村にどれ程の被害が出るか──……
考えるとゾッとして、自らの身体を抱き込まずにはいられなかった。社は川から離れている為に感知できていなかったが、氾濫の脅威はこんなにも膨れていたのである。
──これは駄目だ……絶対に溢れさせるわけにはいかねぇ……!
千歳はぎゅっと拳を握る。翠との間に気まずさを感じていたが、そんな余裕はもう無いのだと思い知る。村長の話が終わったら急いで社へと戻り、今一度、翠に御供として認めてもらえるよう交渉しよう……そんな決意を極限まで固めた千歳であったが――
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