第12話
◆◇◆
すぅすぅと、子供のような寝息が聞こえる。
雨雲が束の間途切れ、障子を透かす月明りに照らされた千歳の寝顔を、龍神はもう随分と長い時間見下ろしていた。布団の傍らに胡坐を掻き、膝に頬杖を突きながら、飽きもせずにいつまでも。
かつて会った時よりも、日に焼けた肌。絹のようだった髪は随分と傷み、適当に切ったのだろうざんばら加減になっている。あの大切に護り育てられていただろう少年が、こんなにも変わり果てるとは……だが厄介なのは、それでも龍神自身の心になんら変化がない事だ。
静かな寝顔を見詰めていると、胸の奥、いつかの衝動が蘇る。
その衝動は、あっと言う間に龍神を飲み込んでいく。
すると自然、身体が動いた。
龍神は身を乗り出し、千歳に覆い被さるよう、その頭の左右に腕を突く。さらりと落ちた青白い髪が、千歳を閉じ込める御簾のように垂れ下がる。所有欲を誘うような光景に、より一層の欲が増す。
――嗚呼、俺のだ。これは、俺の……
脳内に響く声に衝き動かされ、龍神は少しずつ、千歳との距離を縮めていく。そしてもうすぐ唇と唇が触れ合わんというところで――
「ん……」
千歳が小さく呻きを上げ、その瞬間、泡が弾けるかの如く我に返った。龍神は飛び退るような勢いで布団から離れると、暫し高鳴る胸を抑え。それからはぁーと息を吐く。
「何をしているんだ俺は……」
乱れた髪を掻き上げて呟くと、そのまますくと立ち上がった。引き寄せられるかのようにこの部屋を訪れてしまったが、どうやら失敗だったようだ。
油断すると、取り込まれる。
こうなる事がわかっていたから拒んだというのに、何故此奴はこうして再び現れたのか――……考えると重たい溜息しか出て来ない。
なんにせよ、余り関わるべきではない。
龍神は己の指針を定めると、襖へと手を掛けた。
そしてそのまま部屋を出ようとしたのだが。
「――……」
部屋を出る直前、今一度、と千歳の寝顔を振り返ってしまうのは、どうしても止められなかった。
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