第11話




 龍神の社とは、千歳が予想した通り、必要に応じてその形を変えるものであるらしかった。

 龍神に力がないとわかった以上千歳に怖いものはなく、遠慮なく社の中を見て回る事にしたのだが、まず一つ襖を開けると、そこはモヤモヤとした不可思議な空間だった。ただ乳白色の靄が揺蕩うばかりで、床も無ければ壁もない。早い話が「無」なのである。

 部屋を囲む四方の襖、その内の一つは社の外に通ずるものだが、残りの三つは全て「無」へと繋がっている。

 まぁ神の家へと乗り込んだ以上、不可思議な事があっても驚きはしないのだが……

「あー……でもこれじゃぁちょっと困るな。龍神に良いものを食わせるには、それなりに調理がしてぇし。厨があるといいんだけど……」

 そう独り言を言うや否や、目の前のモヤモヤが渦を巻く。かと思ったら、瞬きをする間に、目の前に立派な厨が現れた。飯を炊く為のかまどがあり、流しがあり。大きな作業台の上には、村人からの供物だろう食材がこんもりと積まれている。

「すごい……えぇ、すごい! なぁ見ろよ、厨ができたぞ!」

 千歳は背後を振り返り、興奮の余りに険悪な雰囲気も忘れ龍神へと声を掛ける。が、へたり込んでいたはずの龍神は既に姿を消していた。千歳への怒りが過ぎたのか、何処ぞへ引っ込んでしまったらしい。

 それに若干の気まずさを覚える千歳だったが、だからと言って出て行く気なんて毛頭なかった。咎めないなら好きにやるぞと、そのまま自らの住み良い環境を整える。

 まずは厨の向こうに廊下を伸ばし、自分の寝所を――と、しかしせめてもの遠慮で、控えめな四畳半だ。床の間も飾り窓もない。ただ眠る為だけの部屋である。

 そしてその周囲には風呂や厠といった、人間の暮らしに欠かせないものを作り上げる。まぁ山の麓の住処では自らの部屋も厠も、まして風呂なんてなかったのだが、折角屋根のある家に世話になるのだ。少しくらい人間らしい生活を営みたい。

 そうして社の中の改築を済ませると――どっと疲れが襲って来た。当然だ。龍神の社へ殴り込みだなんて無茶をしたのだ、身心共に消耗している。本当ならば、早速何かしらの料理を作り、龍神の口に捩じ込んでやりたいところだったが、今日はもうその体力が残っていない。

――もういいや、明日から頑張ろう……

 千歳はそう納得すると、寝所へ向かった。すると千歳の希望に先回りするかのように、その中心には布団が一組敷いてある。どうやらこの社、相当に有能であるらしい。

「気を遣ってもらって済まないな。有難く寝かせてもらう」

 何処へ向けて言ったものかわからないが、とりあえずそう呟き、千歳は布団に潜り込もうとした。するとその直前、優秀な社は千歳の泥だらけの衣服を綺麗な寝間着へと変化させてくれたのだが、草臥れ切った千歳は気付かなかった。久々の布団に吸い寄せられ、温かさと柔らかさに包まれると、すぐに眠りに落ちていった。

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