第一話 神子、押し掛け御供となる
第4話
咲いた梅も見事に散って、朝晩の寒気も和らぎ出す季節。陽光は温かく麗らかで、村の中には爽やかな風も吹き抜け、過ごしやすい日々が続いている――というのに、集会所に集まった男達は、誰もがしかめ面だった。
「それで、どうなんだ。新しい神子は見付かったのか?」
村長が面々に尋ねるも、誰も首を縦に振らない。そりゃそうだ。もし何か進展があれば、長が尋ねるまでもなく、その手柄を立てた者が自ら吹聴していたはずだ。
わかり切っていた事ながら、この結果に村長は重たく息を吐く。
「まぁ、簡単じゃないというのは大前提だが……もう二年にもなろうというのに全く状況が変わらないのは問題だ。いや、変わらないどころか、悪化しているという方が正しいだろうが……」
眉間に深い皺を刻んでそう言うと、皆難しい顔で頷いた。
大切に護り育ててきた千歳という神子が、龍神に拒絶されて早二年。想定外の事態に村の面々は大いに衝撃を受けたのだが、いつまでも惚けてはいられなかった。
龍神は御供を求めている。それを差し出さない限り、暴れ川に挟まれた村に平穏なんてないのである。
そこで村の男達は方々へ散った。村には千歳以外に神子の資質を持つ者がいない為、村の外に神子を見出さんとしたのである。
だが、そう簡単はいかなかった。そも神子の資質を持つ者が滅多に産まれない上に、その者は普通、生まれた土地にて神子の役目を負うからだ。なんの縁もない水守村の為に、自らの土地を離れようなどと思うはずがない。
それに都合よく神子の役目を担っていない、野良のような資質持ちがいたとしても、「神への御供になってください」なんて壮絶な話を一体誰が了承しようか──……そんなわけで神子探しは大変難航しているというわけである。
「ともかく悠長な事は言っておれん。今年も長雨の季節がもうすぐそこまで迫っている……昨年の被害がまた繰り返されれば、今度こそこの村は終わるやもしれん」
「そうですな、昨年の雨季は本当に酷かった……神威川が溢れ返り、どれだけの家が流されたか……」
「畑だって土砂で随分潰れたしなぁ」
「人の被害がなかったのがせめてもの救いだが」
「それにしたって今年はどうなるかわからんぞ。次こそ誰か流されるかも」
話し合う程に村人の表情は険しくなる。話し合いは毎度毎度この調子だ。悪い想定ばかり膨らみ、解決策は見えてこない。二進も三進もというところで、最後には誰かが言い出すのだ。
「本当に、千歳さえ御役目を果たしてくれていれば……」
その言葉に、皆は顔中に苦々しく皺を作った。そう、あの神子さえ龍神に返品されなければ、こんな苦労はなかったのに。
「けどまぁ……今となっては、奴が龍神様に拒まれたのも納得ですがな」
また別の誰かが言うと、皆からは深い頷きが返された。
「確かに……昔は清廉潔白を絵に描いたような美しい神子だったが、今じゃ見る影もないものな」
「この前なんて、林で猿のように木登りをしていたぞ」
「それがなんだ、俺は畑の作物を盗まれた!」
「全く気が触れたとしか思えんが……結局あれが奴の本性だという事だろうな。龍神様はそれを見抜いていたからこそ、御供にする事を拒まれたのだ」
そうして皆は一様に重たい溜息を吐く。全くなんだってあれを信じ、崇めてしまったのだろう。良い屋敷に住まわせ、良いものを食わせてきた。敬語を使い遜り、これ以上なく尊重してきた。その全てが阿呆らしくなってくる。
「しかしもう、こうなってしまった以上は悔やむのも時間の無駄だ。返品された神子の事など、最早構ってはいられまい。我らはとにかく、新しい神子を見出す事に尽力せねば」
村長がそう話を戻すと、皆は再度気を引き締めた。そして、まだ訪ねていない遠方の地方を挙げ、誰が其処に向かうかと割り振りを考え出すのだが。
その困難な道程を考えると、どうしても千歳へと恨みが湧いた。
本当に、奴さえ返品されなければと――……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます