第六章:恋心は隠れ上手だと知った

第23話 このもやもやはなんだろうか


 シャロンはテーブルに突っ伏していた。それもこれも両親のせいだ。母たちはまた旅に行くと思っていたシャロンは聞いてみたのだ。すると、ナタリーは笑顔で答えた。


『旅はもういいかと思ってな! また里に戻ることにした。あぁ、安心するといい! 空き家を長から借り受けたからお前たち夫婦の邪魔はしないぞ!』


 それはそれは爽やかに笑みながら言うものだからシャロンは何も言い返せなかった。また母の余計なお節介が続くのかと思うと胃が痛んでくる。前世の時の両親以上に酷いのではと思わなくもない。


 母親からしたら娘がちゃんと結婚できるのか心配になるのだろう。でも、娘からしたら余計なお世話な訳で。シャロンはうごうごと唸りながら腹を抑える。



「シャローン」

「……何、カノア」

「その様子だとお母様にまた言われたのね……」



 シャロンの様子にカノアは察したようだ。シャロンが「両親、里に戻るって」と伝えれば、「あぁ……」と同情するような眼差しを向けた。


 母のことを考えるだけで胃が痛むので、シャロンは「それで、用事は?」とカノアに話を振ることにした。すると思い出したように「あぁ、そうだった!」と彼女は答える。



「旅芸人の人間たちが里を訪ねてきたのよ」

「旅芸人? 何故?」



 旅芸人と聞いてシャロンは首を傾げる。シャロンの頭の中の記憶と知識では、この里に商人やそれに近しい人間以外は基本的に訪れはしない。なので、それがやってきたとなると気にならないわけがなかった。



「なんでも、此処から遠いハラヤナって都市からやってきたみたい。アルベシュト王都へ行くためにこの森を抜けようとしたけど、食料が保たない可能性が出てきて、それで近くに見えたこの里に来たってわけ」



 旅芸人も準備不足でこの森に入ったわけではない。ただ、予想よりも広大で、さらに道中魔物に襲われてしまい、逃げるために道を外れてしまった。


 道を外れては通常ルートで進むよりも日数はかってしまうのでその分、食料は減る。旅慣れした故に甘くみていた部分もあったのだろうと、シャロンは話を聞きながらよく此処まで辿り着けたなと思った。


 ハルピュイアの里は大木に覆われていて、森の奥深くというわけではないものの、見つけづらい場所に位置していた。そう簡単に見つけられる場所ではないので不思議に思っていれば、その疑問に答えるようにカノアが言う。



「その旅芸人たちの中にハルピュイアがいるのよ。この里出身じゃないけど、出身のハルピュイアと話をする機会があってそれを覚えていたみたい」


「あー、それで此処まで辿り着けたと。でも、婿以外の男は里に入れないけどどうするの? あと、食料といっても里の蓄え渡すの?」


「それはアエロー様たちが説明して、旅芸人たちは里の近くで野宿することになったわ。食料に関しては少し別けてあげるみたい。あとはもうすぐ商人がやってくる日だからその日に足りないものを買い足すってことになってる」



 貴重な調味料や麦などは渡すことができないので、商人がやってくる日まで待ってもらうことになったようだ。その間、里の外にはなるがハルピュイアたちの警備が目に届く場所で野宿をするらしい。警備がある場所ならば魔物から奇襲されることは無いからだ。


 シャロンは少しばかり旅芸人の一団が気になった。どんな人間たちなのか、他の亜人種はいるのか。そんな気持ちを察してか、カノアが「ちょっと見てみない?」と提案する。様子を見るぐらいなら別に悪くはないだろうと思い、シャロンは頷いた。


 家を出て里の門前の方へと向かえば、数人の人間が里長であるアエローたち三姉妹と話していた。先頭を立つふくよかな中年の男はきちんとした旅服に身を包んでいる。その隣には赤茶げの髪を一つに結った男とあまり歳が変わらないだろう女が立っていた。二人が旅芸人の一団の団長と副団長のようだ。


 彼らから少し離れた先に団員らしき人間の姿が見えた。皆、しっかりと旅服に身を包んでおり身なりが良くて、此処にいる団員以外にもまだいるらしく、そこそこ大きい一団のようだ。


 団員たちに目を向けてシャロンは目を細める。そこにはジークハルトとディルクがいるのだが、彼らは女性団員と話をしているようだった。



「何、あの女」



 カノアも気づいたようでじとりとその人間を睨んでいる。数人の女性団員に囲まれる様子を見るに、人間がハルピュイアの里にいたからではないかとシャロンは思った。


 ハルピュイアだけかと思ったら人間もいたとなると話しかけたくなる気持ちも分からなくもない。ないのだがシャロンはもやもやとしていた。一人の女性団員がやたらとジークハルトに近いのだ。彼の手を握りながら熱弁するように話をしている。


 気にならないわけもなく、どうしたものかとシャロンが考えていれば、カノアがすたすたと彼らの方へと歩いていってしまった。慌ててそれに着いていくと彼女は笑みを見せつつディルクの名を呼んだ。



「ディルク〜」

「うぉっ! カノア」



 にこにこと手を振りながら呼ぶカノアの様子に瞬時に察したのか、「違うからな!」と慌ててディルクは返す。何が違うのだという圧に彼は「ちょっと話をしていただけだ!」と言う。



「話しかけられたら話すでしょ、普通」

「そうだねぇ」

「嫁さんが怖いよ、シャロンちゃん」

「私に振られても」



 カノアが嫉妬深いのは今に始まったことではないしというシャロンに、ディルクは助けてくれてもよいのではといった視線を向けてくる。



「あら、貴女が彼の奥様?」



 話を聞いていた女性団員の一人が声をかけてきた。綺麗な金髪を流す彼女はきらきらとした緑の瞳を向ける。



「わたし、ルリアーナというの。アルシュア以外のハルピュイアを見るのは初めてで……」

「カノアっていうわ、ディルクの妻よ。ルリアーナさんは団員さん?」

「えぇ、主にダンスをメインにしている踊り子なの。ハルピュイアの里のことをディルクさんから聞いていたのよ」



 ハルピュイアの里というのに来たのは初めてのことで、どういった場所なのかそれが気になったらしい。婿以外の男の出入りができないというのも相まってか、知りたくなって帰宅してきたディルクたちに声をかけたのだとルリアーナは話した。



「アルシュアから女性種族だとは聞いていたけれど、婿探しの儀というのがあるのね。知らなかったわ。アルシュアったらそんなこと教えてくれないから」


「ハルピュイアは種族のことを聞かれなかったら話さないから仕方ないかも」

「そうなのね。ごめんなさい、色々と聞いてしまって……」

「別にハルピュイアは気にしないわ〜。大丈夫だから!」



 カノアは特に気にしていないといったふうにルリアーナに笑みを見せる。カノア自身、ディルクに邪な目を向けてさえいなければ特に何とも思わないので、ハルピュイアの特性などを知られても嫌ではないようだ。



「シャロン、助けてくれ」



 にこにこと話す二人をシャロンが眺めていると助けを求めらた。なんだと振り返れば、ジークハルトが困ったように眉を下げている。そんな彼の目の前に一人の少女がいた。


 長く艶のある藍髪によく映える色白な肌、青く透き通る瞳は吸い込まれそうだ。愛らしく見える彼女はジークハルトの手を握っていた。



「えっと、どういう状況?」

「……わからん」

「ジークさん! ぜひ、我が団に!」



 少女の言葉にシャロンはなんだと首を傾げるとそこへディルクが耳打ちをした。



「あの子、ジークに一目惚れしたようで……」



 一目惚れ。シャロンは目を瞬かせながら少女を見る。彼女の瞳は真っ直ぐにジークハルトへと向けられていて恋する眼差しと言われれば、そう見える。



「団に!」

「だから俺は……」

「まだ夫婦じゃないのでしょう? なら問題ないじゃないですか!」



 婿候補ならばそれを解消すればいいだけのことで、夫婦と違って難しいことはないと少女は言う。その通りではあるのだがシャロンは話を聞いてもやもやとした気持ちを抱いた。


 婿候補であるのでそれを解消してしまえば、ジークハルトはこの里から自由に出て行ける。彼はただ、逃げている身でいくあてがないから此処にいるだけなので、旅芸人の一員になればそれもなくなる。


(ジークさんに良いかもしれないけれど……)


 逃げるのならば旅芸人は良い手段だと思う。そう思うのだけれどシャロンの気持ちは晴れない。何だろうか、このもやっとする感覚はとシャロンは考えるけれど思い浮かばなかった。



「マーシェ! ジークさんが困っているでしょう! 無理に勧誘するのは禁止されています」


「ルリアーナ! だって!」

「だってではありません!」



 マーシェと呼ばれた少女はルリアーナに首根っこを掴まれてジークハルトから引き剥がされてしまう。


 やっと解放されたとジークハルトは彼女から離れるとシャロンの横に並んだ。それが不服だったのか、マーシェはむっとした頬を膨らませてシャロンを睨む。



「ほら、戻りますよ。皆様、ご迷惑おかけしました」

「いえ、お気をつけて……」

「ジークさん、よく考えてくださいね!」



 ルリアーナに引っ張られながらも手を振って言うマーシェ姿にジークハルトは苦笑していた。



「ジーク、断るならちゃんと断れよー」

「あぁ……」

「シャロンちゃんいるんだからさー」



 ディルクにそう言われて申し訳なさげに見てくるジークハルトの視線にシャロンは何も言えなかった。何を言えばいいのか分からなかったから、黙って眉を寄せるしかない。


 そんな様子に怒っているのだとジークハルトはとったらしく、「すまない」と謝れてしまいシャロンは慌てて「大丈夫です」と答えた。



「まだ婿候補なわけですから、どうするかはジークさんが決めるべきですし!」

「しかし……」

「私は気にしてないから!」



 はははとぎこちない笑みを浮かべてシャロンは言葉を返す。気にしていないというのは嘘だった。このもやっとした感情を抱いているのだから。


 それでも口には出さずになんでもないように装う。ジークハルトに悪気はないのだから、彼を責めることはしない。


 ジークハルトは何かいいたげであったが、それを聞く前にシャロンはこ「じゃあ、私は戻るので!」と言って切り上げて逃げてしまった。






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