第24話 このもやもやの理由は


 商人がハルピュイアの里を訪れる日まで二日ある。その間、旅芸人たちはハルピュイアの里に顔を出しては話をしたり、野宿をしている場所で芸の練習をしているようだ。それは他のハルピュイアからシャロンは聞いていた。


 外の世界が気になるハルピュイアというのは多く、彼らの話はそんな子たちにとってはとても面白いものなのだ。シャロンは特に興味がないのでわざわざ聞きに行くようなことはしないのだが、カノアはルリアーナから色々と聞いているらしい。


 雪降る町での出来事や、砂漠を照らす太陽の町のこと、人間の集まる都市など様々な話を聞いたのだと言っていた。


 話、一つ一つは面白かったのだけれどシャロンはそれを楽しめなかった。それもこれもマーシェという旅芸人のせいだ。


 マーシェは一団の歌姫らしく、その可憐な歌声でハルピュイアたちを賑わせた。そんな彼女はジークハルトのことを諦めてはいないようで、彼を見つけるたびに声をかけて長く話し込むのだ。


 話す分には別に良いのだが、その大半が団への勧誘で熱烈に誘う姿を見て、シャロンはなんとも言い難い気分になった。


 お互いを知るところから始めているけれど、ジークハルトが追手から匿ってもらっているというのは事実だ。婿候補であろうとそれは変わらず、追手から逃げることができるのならばこのハルピュイアの里に居続ける必要はない。だから、旅芸人の団に入るというのは一つの手だ。


 別にそうなってもいい、そうジークハルトが決めたことならば構わない。そう、思えるはずだった。



「なんでこんなにもやもやするのーー!」



 シャロンはベットの毛布に包まりながら声を上げる。頭では理解できていても、そう決めているはずでも、なぜだか胸のもやもやが晴れないのだ。


 ジークハルトが決めることなのだ、それに口を出せる立場ではない。けれど、受け入れたくないという気持ちもあった。そんな自分の感情がシャロンには分からなくなっていた。



「うぅぅ……分からないぃ……」



 考えても考えても分からず、シャロンは唸る。



「ちょっとー、シャローン!」



 唸っていれば、玄関の方から声が聞こえたのでシャロンはゆっくりと起き上がった。よたよたと部屋から出てみれば、カノアが勝手知ったるといったふうにテーブルの椅子に腰を下ろしている。



「シャロンどうしたの?」

「いや、私がそれ知りたい」



 もう自分の気持ちが全く分からないのだから説明ができない。そんなシャロンにカノアは何かを察したのか、なるほどと頷いた。



「マーシェとかいう子のことでしょ。あれ、ひどいものねぇ……」

「うっ」



 ジークハルトの行くところ行くところにマーシェは現れて、ひっついて離れない。シャロンがいれば睨まれて敵意をむき出しにしてくるので、そんなふうにされては嫌な気持ちというのは溜まっていくものだ。


 相手からしたら恋敵ということになるのだろうけれど、それにしたってやり方や態度というのがあるだろうと思うわなくもない。と、本人に言えたならよかったのが、そんな勇気はないわけで。シャロンは何も言えずに今まで過ごしてきた。



「まぁ、シャロンのそれは置いておくとして。ちょっと荷物運ぶの手伝ってよ」

「別にいいけどもー。何を運ぶの?」

「狩りをしてた子たちがちょっと大物仕留めたからそれの里の取り分」



 カノアは立ち上がってシャロンを引っ張るように腕を引いて家を出ながら話す。レッドサーペントの大物を仕留めることに成功したらしい。レッドサーペントは大物になるとかなりの大きさになるので数人だけでは運べないのだ。


 シャロンはまあそれなら仕方ないとその頼みを引き受けることにした。



 里の広場に向かえば解体されているレッドサーペントがそこにあった。もう見る影もないがその肉の大きさと量でかなりの大物だったことは見て取れる。オーキュペテーが指示を出し、ケライノーが獲物を仕分けしていた。


 アエローの姿が見えないのでシャロンがキョロキョロ見渡していると、カノアから「旅芸人の一段の団長とお話し中」と教えてくれた。なんでも、王都へのなるべく安全な経路と護衛の交渉をしているらしい。


 この森に慣れており、戦闘もできるハルピュイアを護衛にするのは悪くはなく、森を抜けるまでならば問題ないだろう。一団にも戦闘ができる者はいるが、戦えるものが多ければより安全に森を抜けることができる。それを聞いてなるほどとシャロンは納得した。


 シャロンがやってきたことに気づいてか、オーキュペテーが二人に手を振った。



「あー、きてくれたのねぇ〜」

「オーキュペテーさま、どれを運べばよいのでしょうか?」


「シャロンちゃんはこのお肉を外の調理場に運んでくれる? 量が多いから早めに干し肉にしないと腐っちゃうから」


「わかりました」



 オーキュペテーの指示にシャロンは頷き、傍に置いてあったレッドスネークの肉が纏めらた布を鷲のような足で掴む。そのまま飛んで持ち上げると外にある調理場へと向かった。


 普段は祭りの料理を作る時に使う調理場には、すでに加工の準備をしているハルピュイアたちが待っていた。



「はい、これ」

「シャロンありがとうー」



 肉を渡してオーキュペテーたちの方へと戻ると、ケライノーから「骨を片付けるのを手伝ってくれ」と頼まれた。レッドスネークの骨は素材にできないのでかき集めて捨てる。数人のハルピュイアたちが骨を拾っていたので、シャロンはそれに加わった。


 細々とした骨を拾いながらふいに里の門前に目を向けると、そこにはジークハルトとディルクがいた。狩りから帰ってきたのかとなんとなしにその様子を眺めていたら、マーシェの姿もそこにあることに気づく。


 嫌な気持ちが胸を這う。それでもシャロンは顔に出さないようにしながら骨を拾った。気にしないようにとしていても、やはり気にはなるのでちらちらと見ていればマーシェと目が合った。彼女は嫌そうに眉を寄せるも、何か思いついたような表情を見せてニヤリと笑った。


 その笑みに嫌な予感を感じてシャロンは目が離せなくなる。マーシェはジークハルトと何かを話すと、彼が少し屈んだ——その瞬間だ、彼女はジークハルトの頬にキスをした。


「はぁ?」



 シャロンは思わず声を上げた。なんだ、今のはと目を瞬かせていれば、マーシェがしてやったといったふうの表情を見せた。


(当て付けか!)


 シャロンはマーシェの行動に眉を寄せる。けれど、ここで反応しては相手を喜ばせるだけなのはシャロンでも理解できたので、ぐっと堪えてなんでもないふうに骨を拾う。ちらりと見てばジークハルトがマーシェに何か言っている様子だった。


 少ししてディルクがジークハルトに耳打ちをてそれに彼が振り返り、シャロンと目が合う。シャロンはふいっとそっぽを向いて、集まった骨を布に包むとそれを持ち上げて飛んだ。



「シャロン!」

「…………」



 ジークハルトに呼ばれたけれど、シャロンは無視して骨を捨てるために里の裏側へと飛んでいった。


 ゴミ捨て場となっている場所までやってきたシャロンは骨を捨てながら思う。流石に無視は酷かったかもしれないと。



「いや、だって無理だよー! あのシーン見てから話すの! 何を話せばいいのさ!」



 シャロンは骨を投げた。あんな光景を見てからジークハルトと真面目に話をできる自信はなかった。近くにマーシェもいるのだから冷静でいろというのが難しい。あの瞬間に反応をしないで無視できたことを褒めてほしいぐらいだ。



「そんなにジークさん好きなの……」



 好きだからできる行動か、シャロンははぁっと息を吐く。



「あ、シャロン」



 そんなふうに考えながら骨を投げていると一緒に骨を拾っていたハルピュイアの一人が飛んできた。



「ねー、聞いた?」

「何を?」

「何をって、あんたの婿候補だよ。あの旅芸人の団長さんが入団してくれってスカウトしてたんだよ」



 それを聞いてシャロンは固まった。あまりのことに声もでないそんな様子に構うことなくハルピュイアは話す。



「訳ありでも問題ない、旅芸人の一団だから逃げるのには打って付け。芸ができなくても、護衛としてついてきてほしいってさ」



 どうやら団長はジークハルトが訳ありであることを知っているようだ。逃げているのならば各地を転々とする旅芸人の一団はもってこいだと。


 嫌な地域は避けて貰えばいいし、遠くの方へと逃げることもできる。旅費も団長が守ってくれるのだから、お金に困ることはないとそうやって勧誘を受けているようだ。


 話を聞きながらシャロンはもやもやとした感情が胸に纏わりついていた。気持ち悪くて、苦しくて、これはなんだろうかと胸をさする。



「シャロンてさ、婿候補さん好きでしょ」

「え?」



 ハルピュイアの言葉にシャロンは目を瞬かせる。



「だって、今の話聞いてさ、不安になったんじゃないの?」



 不安。確かにそう言われてみれば、そうかもしれない。このもやもやとした気持ちの中には不安も混じっている気がした。



「よーく考えてみなー」

「でも、そんな付き合いが長いわけじゃ……」

「長さなんて関係ないよ。そんなものなくたって好きになる時はなる」



 一目惚れというのがあるのだから、共に過ごしてきた時間の長さなど関係ない。大事なのは今の気持ちなのだ。ハルピュイアはそう語るとシャロンを見つめた。



「だから、よく考えて決めたほうがいいよ」



 相手を引き止めるならさという彼女の言葉にシャロンの心がざわめいて、ぎゅっと拳を握った。




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