第11話 私ってこんなにちょろかったっけ?
ハルピュイアの里には定期的に商人がやってくる。足場の悪い森や山などに適した馬のような生き物――ホールスに荷物を背負わせて、彼らは商売をしにくるのだ。
この日は丁度、三人の商人が同時にやってきた。出くわしてしまうということはよくあることなので、彼らもハルピュイアたちも気にはしない。
「おや、珍しくアルベシュト王都からの商人がいるじゃないか」
確認をしていたアロエーが珍しげに恰幅の良い男の商人を見る。彼は「たまには足も伸ばしますよ」と笑っていた。
傍に居た老商人たちとアエローは世間話をしていた。ハルピュイアたちはその間に商人たちの品を眺め、または自身の作った装飾品などを纏める。
シャロンもこの前、作ったレッドサーペントの鱗の腰装備を手に商人たちの持ってきた品を眺めていた。
調味料はほしいよなといくつかの品に目をつける。アエローが商人の確認を終えたのか、彼らが商品の前に立ったので、シャロンは腰装備を見せた。
「おー、綺麗にできているじゃないか」
恰幅の良い商人が腰装備を手にしながら、これはいいぞと値を考える素振りをみせる。これぐらいでどうだいと提示された値段に、シャロンは頭の中にある知識を引っ張り出す。
提示された金額は知識と合わせても悪くはない。シャロンがそれでと答えると、商人ははいよと通貨を差し出す。受け取ったお金で今度は商品を購入する。物々交換でもいいのだが、お金を持っていて損はないのでこうするのが一般的らしい。
「いやぁ、久しく此処に来ましたが、やはりハルピュイアたちが作る装飾品は綺麗ですなぁ。結構、人気なのですよ」
「へー、そうなんですね」
恰幅の良い商人によると、王都では亜人種の作った装飾品が最近の流行りらしい。特殊だったり、不可思議だったりするデザインが人気なのだとか。前世の世界で言う民族的なものだろうか、そういうのが受けているようだ。
「王都って今はどんな感じなんですか?」
そういえば、王都に関しての知識はそれほど持っていないなと思い、シャロンはなんとなしに聞いてみた。すると、商人は活気づいているよと笑む。戦争もなく、民たちは比較的平和に暮らしている。王都は特に人気が多くてにぎやかだと。
「ただなぁ、ちょっと問題が起こったらしい」
「問題?」
シャロンが首を傾げれば、商人は声を潜める。
「どうやら、アルベシュト国第三王子が家出をしたらしい」
商人が言うには、王族内で今、王位継承者を誰にするのかで揉めているのだという。第一王子派、第二王子派、第三王子派に別れて三つ巴の争いが起こっていた。
だが、第三王子は王位継承権を取得するつもりは無いと第一、第二王子に宣言したのだとか。それでも、それを良しとしない者たちによって縛られてしまったらしい。
我慢の限界がきた第三王子は「俺はこの争いから降りる!」と言って家を出ていってしまったのだ。それが噂になって一部に広まっていた。
「第三王子様も大変だよ。自分は王位継承権を取得しないと言っているというのに、周囲のせいで争いに巻き込まれ続けるのだから」
今でも王子の行方を探している第三王子派がいるらしい。恰幅の良い商人の話に王都も王都で大変なんだなぁとシャロンは思った。
(跡継ぎとかって結構、揉めるよねぇ)
前世の世界でも跡継ぎ問題で泥沼化した話を聞いたことがあった。王族となるとさらに酷そうだ。異世界ではまた違っているのだろうかと考えるも、シャロンには想像ができなかった。
「まぁ、有力候補は第一王子らしいけどね」
「それならさっさと第一王子に決めればいいのでは?」
「第二王子派たちがそれを阻止しているのさ。第二王子と第一王子は仲が悪いってもっぱらの噂だしねぇ」
仲が悪い相手が次期王というのは納得がいかないのだろう。気持ちは分からなくもないのだが、それで泥沼化させてしまうのもどうかと思わなくもない。第三王子に至ってはとばっちりもいいところだ。
「第三王子も今は戻らないほうがいいだろうねぇ。まぁ、無事だといいけれど」
また争いに巻き込まれるのは可哀そうだ。商人はそう言って商品を袋に詰めた。
*
商品を受け取って家へと戻ったシャロンは、調味料などを仕舞いながら貯蓄されている食材を確認する。干し肉がまだ残っていたのであと三日ぐらいは平気で、庭の畑の野菜も育っていて暫くは食料に困ることはない。
「と、なると。金策かな?」
食料はあっても調味料などは買い足さねばならないなと考えて、そろそろハルピュイアたちの集団狩りの日が近かったことを思い出す。
集団狩りは定期的に行われ、狩った魔物の素材を王都や村に売りに行くのだ。この前はジャイアントスパイダーが獲物だったので今回はなんだろうか。
「シャローン」
「何、カノア」
そんなことを考えていれば、カノアが何の躊躇いもなく扉を開けて入ってきた。シャロンの軽い返事を聞きながら、彼女はきょろきょろと室内を見渡す。
「あれ? ジークハルトさんは?」
「ジークさんなら多分、部屋にいるんじゃないかなぁ」
シャロンが「どうしたの」と問えば、カノアは「旦那がさ」と答える。
ディルクが別のハルピュイアの夫婦に頼まれごとをしたのだ。夫が風邪をこじらせてしまい妻が看病しているのだが、薬に使う薬草を摘んできてくれないかと頼まれたのだという。
「旦那さん、風邪のせいで思うように身体が動かないから、付きっきりで世話しなきゃいけないんだって」
「あー、だから自分では行けないと」
一人で何かあったことを考えるとディルクだけでは行けないので、ジークハルトにも同行を頼みたいということだった。それなら大丈夫なはずだとシャロンは「ちょっと待っていて」と隣の部屋の扉をノックした。
「ジークさーん。今って、大丈夫ですかー?」
そう声を変えて部屋の扉を開けてシャロンは固まった。
「あぁ。どうした、シャロン」
ジークハルトは身支度をしている途中だった。インナー姿の彼は普段の黒地に金の装飾が施されたコートからは見れない引き締まった身体が露わになっている。
ポニーテールに結う途中だったらしく、髪を纏めながらジークハルトはシャロンのほうを向いた。瞬間、ばんっとシャロンは扉を思わず閉める。
「なんだ、あの色気はっ!」
めっちゃ良い身体だったとか、色気が凄いとか、いろいろ感想はあったのだが見てしまった恥ずかしさというものが溢れる。裸を見たわけではないというのになんだ、この感じはとシャロンは一人、突っ込む。
「なんとなくわかってはいたけれども! 反則だろ!」
「シャロン、何言ってるの?」
一人、悶えるシャロンにカノアが首を傾げる。今の状況は傍から見ればおかしな光景だ。それはシャロンも分かっていたが、それでも悶えることを止められない。
「どうした、シャロン?」
突然、閉められたことを不思議に思ってか、ジークハルトが顔を覗かせる。髪は結い終わったらしくいつものポニーテール姿だが、インナー姿ではあるのでシャロンは目を逸らしながらあのですねと説明する。
「……と、いうわけで。ディルクさんが同行を頼みたいらしくって」
「そうか、分かった」
すぐに準備をすると返事をしてジークハルトは再び部屋へと戻った。シャロンは小さく息を吐いて、顔を覆った。
「なんだ、あのイケメンは……。くっそ色気あるじゃん……」
「初心すぎるわよ、シャロン」
シャロンの反応にカノアが思わず突っ込む。そんなことを言われても、恋愛経験無しなんだぞこっちはと言い返したくなった。
薄着の男性など父親以外に見たことがないのだぞ。そもそも、父はあんなに引き締まった良い身体じゃなかったのだ。色気も相まってとんでもない破壊力があったのだとシャロンは喋る、早口で。
「部屋別けといてよかったぁぁぁ」
「シャロンの家は部屋数多いものね」
「家を残してくれた両親に感謝っ!」
一緒だったらあの色気に当てられて多分、おかしくなっている自信がシャロンにはあった。
恋愛経験は一度でもして耐性をつけておいたほがいいと聞いたことはあったのだが、全くもってその通りだと思う。何の耐性も経験も無いと自分の感情の整理に脳が追いつかない。いちいち、反応してしまうし、ちょっとした仕草が気になるのでシャロンは混乱していた。
「私、こんなにちょろかったっけ?」
「うん」
カノアの即答にぐぬぉと呻る。否定ができないのでシャロンは悶えるしかなかった。
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