第10話 誰だって傷ついてはほしくない


 宙に投げ出されてふぁっと声を上げながら下を見遣れば、ジークハルトが駆けだしていた。両手を広げる彼にシャロンは抱き着く形でキャッチされる。



「大丈夫か、シャロン!」

「な、なんとか……」



 目が回りながら答えるとジークハルトは安堵したように息を一つつき、レオールドのほうへと視線をすぐに移した。


 レオールドは舌を切られたことで痛みに悶えていて瀕死のようだ。悪足搔きで体力を使ったことも要因なのか、動きが鈍い。ジークハルトはシャロンを降ろしてから剣を相手に向けて思いっきり空を斬り裂いた。


 斬撃がレオールドを襲うと身体を切り刻まれて、ぐだっと倒れて完全に息を引き取ったのか舌がでろんと飛び出している。


 シャロンはやっと目が回っていた状態から回復して、おぇっとえづいた。気持ち悪さはまだ残っているようで口元を押さえて座る様子に、ジークハルトがしゃがみこむとそっと背中をさすった。



「大丈夫か?」

「だ、大丈夫です……」



 気持ち悪さを落ち着かせつつ、シャロンは深呼吸をしてジークハルトのほうを向く。



「あの、どうして此処に?」



 どうしてジークハルトが此処にいるのかが気になった。彼は確かディルクの手伝いをしていたのではなかっただろうかと。



「用事を済ませて戻ったらシャロンがいなかったから、カノアから聞いたんだ」



あの子なら一人で狩りに行ったわよと、話を聞いて探しに来たのだという。カノアには出ていくことを伝えていたのでそれでかと納得しかけて、うんと首を捻った。


 別に探しに行かなくてもいいのではないだろうか。狩場内だし、ハルピュイアは人間よりは頑丈だしと、そんなシャロンの疑問にジークハルトは言う。



「怪我をしたらどうする。何かあった後では大変だぞ」

「え、いやまぁ……そう、ですけど……」

「俺がどうなろうと構わないが、シャロンが傷つく姿は見たくはない」



 ジークハルトは「俺は別にどうなろうと構わない、怪我をしようが何をしようが堪えれる。けれど、誰かが傷を負う姿は見たくはない」と言ってシャロンの頭を撫でた。



「俺が代わりになれるのならば、俺がする」

「いや、ジークハルトさんも傷つかないでくださいよっ!」



 シャロンは思わず突っ込んだ。ジークハルトは自分が傷つくのは構わないと、どうなろうといいと言っているのだ。そんなものが良いわけがなく、彼を犠牲にするようなことなどシャロンは望んではいなかった。



「ハルピュイアより人間のほうが脆いんですからね! それにジークさんがどうなろとうと知らないとか、そんなこと思ってないですから!」



 そんなことは思っていない、誰かが傷つく姿など見たいなど。狩りというのは怪我をすることもあるからといって、どうなってもいいから行かせているわけではないのだ。


 シャロンは自身を犠牲にしてもいいようなことを言うジークハルトを叱った。それが彼には驚いたらしく、目を丸くさせている。



「しかし、男がそういうのはするものだろう」

「男とか、女とか関係ないです!」



 そもそも、ハルピュイアと人間なのだ。種族から違っているのだがそこは置いておく。けれど、男だから怪我をしてもいい、危ない仕事をしていいというわけではない。



「女性だからか弱いとか、そう思うのも良くないと思うんですよ。人間はどうあれ、私はハルピュイアですし」



 ハルピュイアと人間の女性を比べるのは違うとシャロンは思って言うと、それを聞いてジークハルトはふむと頷く。



「種族が違うと考えも違うというのは分かっていたが、そうか……すまない」



 どうやら、種族間での考えの違いという解釈をしたようだ。シャロンはそういう意味ではなかったのだが、ひとまずは理解してくれたらしい。



「そのですね、そういう自己犠牲は止めてほしいなと思って……」



 シャロンは「私はそんなつもりで貴方を狩りに行かせているわけではないので」と、素直に思ったことを口にすればジークハルトは「分かった」と返事をした。



「気を付ける、すまなかった」


「いえ、謝るほどでもないかなぁと。分かってくれたらそれでいいので……」


「俺からも頼みたいのだが。一人で狩りに行くのはやめてくれないだろうか? やはり、一人は心配だ」


「わかりました」



 油断して返り討ちにあいかけたのを見ては心配にもなるかと、シャロンはレオールドの死体を見つめながら苦く笑った。


 周囲は静かで魔物の気配もなく、用事は終わっているので里に戻ろうとシャロンはケンクックを足で鷲掴みする。



「あれはどうするんだ?」

「レオールドは素材にもならないので放置です」

「……そうか」



 ジークハルトが何処か残念そうにしていた。せっかく狩ったものが役に立たないとなると、そう思うのもしかないかとシャロンが思っていれば、彼はレオールドを眺めながら呟いた。



「肉質はニュートルのように柔らかったのだがな……」

「食べれませんよ! てか、適応力高くありませんか!」



 シャロンの「もう魔物を食べることになんの抵抗もないじゃないですか」という突っ込みに、ジークハルトは「そうだな」と平然と答えた。


 最初は確かに抵抗は少しあったが、食べてみればそれも平気になった。家を飛び出してから覚悟をしていたのもあったのだろう。今ではもう何とも思ってはいないとジークハルトは話す。



「それにここは実家よりも過ごしやすい」



 話しは通じるし、融通は利く。嫌な事などは深く聞いてこないし、周囲が親切だ。やってはいけないことというのはあるが、それさえ守っていれば自由で何かに縛られることがなくて、過ごしやすかったとジークハルトは言った。


 ジークハルトは思い出したのか、疲れたように息をついていた。余程、家庭環境が悪かったようで、その表情だけで何となくではあるが察せてしまう。


 彼が今の環境のほうが過ごしやすいと言っているのならいいかと、シャロンはもう深く考えるのを止めた。



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