第9話 異世界では油断禁物だった


 魔物を食べるのに抵抗が無いのはハルピュイアとして生まれた性なのだ。転生した記憶が戻ってはいるものの、生き物を狩るというのにも躊躇いはなくて、これは有難いことだった。


 前世の人間と同じような感性を持っていたら出来なかったことだとシャロンは思う。



「うおぉりゃぁぁっ!」



 シャロンは思いっきり飛び蹴りをすると、鷲の足のような足先に生えた鋭く太い爪が獲物の肉に食い込む。ぶしゅっと血が飛び出るのもお構いなしにその勢いのまま地面に叩きつけた。


 色鮮やかな羽根を持つダチョウのような魔物――ケンクックがぐえっと鳴いて動かなくなった。止めとばかりに首を掴んで爪で咽喉を潰す。



「よっしゃー! 鶏肉ゲットしたぞー!」



 ケンクックの味は鶏モモ肉、もうそのまま鶏モモ肉の味がしてかなり美味しい。まだボアラザの干し肉が残っているのだが、別の肉も食べたくなる。



「正直、私は豚肉よりも鶏肉派! 唐揚げ食べたい!」



 レモンステーキにしてもいいとシャロンはどう料理しようかとケンクックを眺めながら考える。


(レモンに似た果実はあるんだよなぁ、この辺)


 それはちゃんとレモンの味がして、食べても問題ないのでシャロンはどうしようかと腕を組む。


(さっぱりとしたものもたまには食べたいし、うん、摘んでいこう)


 狩場内で里からそれほど離れていない場所に実は成っているしとそう決めて、ケンクックの胴体を鷲掴む。



「先にこれ運ぼう」



 周囲を見渡してシャロンは思う。鶏肉が食べたいあまりに一人で狩りに出ていってしまったが大丈夫だっただろうかと。狩場内ならハルピュイア一人でもいいのだが、それでもやはり不安が無いわけではなかった。


 よっとケンクックを持ち上げて飛ぶ、荷物を掴んだ状態だと重さにもよるがあまり高く飛ぶことができない。


 ケンクックは軽いほうなのでまだ高さを保つことができるがなるべくならば、他の魔物に出逢わないようにしたいのでシャロンは周囲を警戒しながら飛行する。


 里からはそう離れてはいないので大丈夫だろう、そう思っていた時期がありました――シャロンはすぐにその考えを改めた。


 ぬろんと長い何かが飛んできた。咄嗟に回避することに成功してなんだと目を向けると、そこには鮮やかな緑色をした巨体なカメレオンがいた。


(あれ、なんだっけ……てか、でっかいな!)


 ボアラザより大きいのではないだろうかとそんな感想をのんきに言っている場合ではなく、カメレオンが素早い動きで舌を飛ばしてきた。


 それを避けてシャロンは逃げようと試みるも、すざすざっと前へ回り込まれてしまう。なんだ、早いぞこのカメレオンとシャロンは動揺しながら距離をとる。



「あー、思い出した!レオールドだ!」



 魔物の名前をシャロンは思い出す。レオールドとはカメレオンのような姿をしていて、長い舌に付着している唾液は粘着性があってか、一度捕まるとなかなか剥がれないと知識だけはあった。


(いやいや、舌に当たったら食べられるじゃん!)


 シャロンは焦る。逃げに徹するか、獲物を置いて攻撃に転じるか。大きさの割に素早いので逃げるよりは戦ったほうがいいかもしれないと思い、掴んでいたケンクックを離す。


 翼をはためかせて刃のような風を浴びせると皮膚を傷つけられてレオールドは怯み、その隙に足で蹴り飛ばして大木にぶつけた。



「体力多くないっ!」



 立ち上がるレオールドにシャロンは突っ込む。そんなものもお構いなしと相手は舌をぬろんと伸ばしてきたので慌てて避けて風の刃を浴びせる。


 ダメージは蓄積できているので倒せなくはないとシャロンは小さな風の渦を放つ。


 渦に閉じ込められたレオールドが唸り声を上げる。シャロンはぐるんと一回転して勢いよく飛び蹴りをすると、狙い通りに胴体を掴んで地面に叩きつけると動かなくなったレオールドにやっと倒せたかと息をつく。



「魔法使うと結構、疲れるんだよねぇ」



 レオールドは肉は食べれないし、素材にもならないのでこのまま放置でいいかとシャロンはケンクックを掴もうとした時だ――べちゃりと足首に何かが巻き付いた。



 はっと気づいた頃には遅く、レオールドが最後の悪足搔きとばかりに舌を振りまわす。掴まれた足が持ち上がって宙でぐるんぐるぐんと回される。



「目が回る! めがーっ!」



 振り回されて気分が悪くなってきて、これはまずいとシャロンは必死に考える。このままだと叩きつけられるの先じゃないかと結論が出て、冷や汗がどっと吹き出た。


(あ、だめだ)


 舌を回す勢いに変化が出てたのを察して、衝撃に耐えようと瞼を閉じる瞬間だった。一閃、空気を裂く音と共に舌が切断される。


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