第三章:適応力の高さに驚くよ!

第8話 婿探しには行きたくない


 さて、転生した記憶が戻ってから七日は経っただろうか、いやそれ以上だったか、もう日付感覚というのが分からなくなっている。何日経ったかのかも数えられなくなるというよりは、面倒になるという感覚だ。


 シャロンは鱗を縫い合わせながら一日って早いなぁとか、そんなことをのんきに思っていた。


 シャロンは今、レッドサーペントの鱗を使って腰の装飾品である腰装備に巻くような感じのものを作っている。


 この鱗は耐火性があって防具にはよく使われるのだが、洗浄やら下処理などがあるので、一日や二日でできる簡単なものではない。それでもシャロンの作っていたものは完成が見えてきていた。



「旦那が格好良くて死にそう」

「それ、昨日も言ってたよね、カノア」



 長い金髪を結ったカノアがテーブルの向かい側でシャロンと同じように腰の装飾を作っていた。ディルクの妻である彼女はここのところ毎日、家を訪れている。


 一緒に装飾を作りながら話をしたいというのもあるのだが、ディルクがジークハルトとともに狩りによく出かけるからだ。主人にお友達が出来て良かったとカノアは喜んでいる。


 そんなカノアだが話すこと全てが旦那の話が大半だった。それはもう同じことを何度も話すのだ、彼女は。それほどにディルクを愛しているようで、デレデレに惚気てくる。


 恋愛経験全く無しのシャロンからしたら精神をすり減らされる。砂吐きそうというか、砂糖吐きそうといった感想で、聞き飽きた内容を耳にしながらシャロンは小さく溜息を吐く。



「シャロンはどうなの?」

「何が?」

「え、旦那さんよー! ジークハルトさん!」



 カノアはにこっと笑みを見せる。いや、婿候補っていうだけでまだ夫婦じゃないんだけどとシャロンは素直に答えると、それを聞いた彼女はえっと驚いたように口元を覆った。



「まだ、夫婦じゃないっ!」


「候補だよ、候補。てか、私的にはジークさんを匿っているっていう感じだし」



 婿候補というのは建前で実際は追われているジークを匿っているようだものだ。まずはお互いを知るところから始めてはいるものの、夫にするとか夫婦になるとは決まっていない。


(私もだが彼にも選ぶ権利はあるのだ……)


 誰と婚姻するかなどは本人たちが決めることだ。ジークハルトにも選ぶ権利はあるし、シャロンにもあって、訳があるからこういう状況になっているだけだ。


 身も知らぬ存在と夫婦になるのは難しく、シャロンもどうしてジークハルトが逃げているのか気にならないわけではなかった。流石にそれすらも知らないまま、結婚というのは正直なところ厳しい。


(と、いうか。ジークさんが私を選ぶとは限らないし……)


 彼ほどの顔の良い男ならば相手など選び放題だろう。と、いうより放っておかれるわけがない。それに人間であるのだから同じ種族を選ぶ趣向のほうが強いかもしれない。


 ジークハルトの住んでいた場所では異種族間の夫婦は普通にいたらしいけれど、やはり同族に敵うとは思えないのだ。



「でも、彼を逃すとまた婿探しに行かなきゃならないわよ?」

「そーうーなーんーだーよーねー」



 がくんとシャロンは項垂れる。カノアの言う通り、ジークハルトを婿にできなかった場合は再び婿探しの旅にでなくてはならなず、シャロンはそれが嫌だった。


 旅に出たくない。異世界転生の醍醐味といったら、世界を旅することなのかもしれないけれど自分はしたくない。自ら危険に足を突っ込みたくないし、どちらかというとスローライフを希望したいとシャロンは思っていた。


 ハルピュイアはそんなに強くない。長である三姉妹の方々はかなり強いのだが、それはゲームで言うところのレベルが高いのだとシャロンは推察した。


 シャロンは自身のステータスが分からないので何とも言えないが、旅に出してもいいぐらいには上がっているのだと思っている。


 もう異世界転生でよくあるスローライフ系にしよう、そうしよう。だって使命とかあるわけじゃないんだもの、自由に生きようそうしようとシャロンは思うも、里に居続けるには夫がいないといけないわけで。



「婿探しとか無理……」



 恋愛経験など皆無の自分に婚活とか無理だ。前世の世界のように結婚相談所があるならばまだしも、そんなものは無いのだから難易度が高すぎる。


 いくら異種族恋愛が盛んなところとはいえ、ハードルの高さが酷い。あ、もしかして私は異世界転生恋愛とかいう分類に転生したのかなとそんなことを思う。それならば、婿探しも納得できそうな気がした。


 けれど、恋愛経験無しにその世界は厳しくないですか。ちょろいヒーローとか選り取り見取りなら分かるけれど、種族違うしそんな状況じゃない。シャロンは「ハードモードも大概にしろ」と一人、いるかもわからない神に突っ込んだ。


 シャロンの悩む姿にカノアは「誰かを落とすなら、自分の気持ちに素直になって、想いを嘘なくぶつけて向き合うのが一番よ」と話す。



「それに折れたのがディルクさんか……」

「だって、あんなに親切に介抱されたら惚れるわよ!」



 惚れない方がおかしいわよとカノアは力説する。彼は身も知らない亜人種寄りのハルピュイアを下心無しで怪我の手当てをしてくれて、治るまで介抱してくれたのだ。そんな優しさに惚れないわけがないと。


 テーブルが壊れるのではないかというほどバンバン叩きながらカノアは言う。彼女の気持ちは理解はできる。優しくされたり、心配されると気持ちが揺らぐものだ。そんな感情を抱けるのは少し羨ましくもあった。



「シャロン」



 ぎっと扉が開いて声がした。振り返れば顔を覗かせたのはジークハルトだった。帰ってきたとシャロンは立ち上がり、扉の向こうを見て「おっふ」と声を上げてしまう。


 扉の向こうにはそれはそれは大きな猪の姿があった。既に死亡しているので動き出すことはないが、その大きさだ。大人二人分よりも少し大きいぐらいの図体だった。首元に深い傷があり、それが致命傷になったように見える。


(なんだっけ、この猪みたいなの。確か、ボアラが進化したらこうなるんだっけ)


 そんな知識が頭にある。ボアラザだったかなとシャロンはそれを眺めた。



「いやー、ジーク凄いわ、うん」



 ディルクがボアラザの処理をしながら話す。


 猪を追いかけていた時にボアラザと遭遇した。二人で倒すには分が悪いと思い、ディルクは逃げることを提案したのだが相手がそうはさせてくれずにその巨体で突進して襲ってきたのだという。


 逃げつつ様子を窺っていればボアラザが大木に身体をぶつけた隙に、ジークハルトが飛んで背にまたがると首元に剣を突き刺した。瞬間、雷撃が剣から溢れるもそれはほんの少しの間で、ボアラザの全身を駆け巡って心臓を止めたのだった。



「それで近くを飛んでたハルピュイアに手伝ってもらって此処まで運んできたってわけ」


「ほへー」

「ジーク、お前、一般育ちじゃねぇでしょ」



 よっと立ち上がってディルクは言う、一般育ちでは魔法も剣術も習えないからなと。


 専門の学校に通っているか、誰かに教えてもらうかしないとあそこまではできないと指摘されて、ジークハルトは困ったように眉を下げた。どうやら言われていることが当たっていたようだ。



「まー、だからって別にどうってことないんだが。むしろ、大物を狩れるから人手としては有難い」



 ボアラザもレッドサーペントも素材としても、食料としても優秀な魔物なので狩りやすくなるというのは生活する上で助かる。


 ボアラザは毛皮は衣服や毛布になるし、牙は武器になる。肉は食べれるので骨と内臓以外は余すところなく使えて、レッドサーペントとはまた違った良い獲物だ。



「牙は里に渡すとして、毛皮と肉は半分だな」



 ディルクは毛皮を剥がすために専用のナイフに変える。彼はそれ以上、ジークハルトのことについて突く様子はなかった。


 肉はさっさと干し肉にしたほうがいいなとかぼやきながら、ディルクは手慣れた手つきで捌いていく。カノアが手伝うように駆け寄って、取り出された内臓などを纏めていた。


(うん、相変わらずグロイな)


 シャロンはそれから目線を逸らす。ふと、見遣るとジークハルトが捌かれるボアザを凝視しているのに気づいた。


「どうしました?」

「いや、見た目は猪だが、味もそうなのだろうかと思って」



 気になるところそこかいとシャロンは思うわず突っ込みそうになった。肉は食べることになるけれども、そこなのかと。


 彼は此処に来てから数日だが、適応力というのが早かった。ハルピュイアたちとの接し方というのを観察しながら覚え、夫たちとも挨拶を交わして交流していた。狩りも積極的に手伝うし、自分にできそうなことはやるのだ。


 家畜として人間が食すような生き物じゃないものでも、彼は食べることに抵抗はないようだ。レッドサーペントの肉は普通に食べれるし、この前はニュートル(イモリの姿をした小型の魔物)も食べていた。



「ボアラザは猪の肉をちょい濃くした感じだな。でも、身は引きしまっていて美味いぞ」



 ディルクが肉を分けながらジークハルトの問いに答える。固くもなく、柔らかくもない引き締まった肉で、味は猪より少し濃くて癖があるけれど、悪くはないと。



「ニュートルよりは美味い」

「なるほど。あのトカゲは触感は良かった」



 ニュートルは好き嫌い別れるからなぁとディルクは笑う。そんな二人に「ちょっとー」っと、ハルピュイアが声をかける。



「近くでジャイアントスパイダーを狩ったんだけど、大物で男手が欲しいのよ。ディルクとジークハルト、手伝ってくれない?」



 胴体と足、頭は分解はできているらしく、運ぶのを手伝ってほしいのだとハルピュイアが頼む。ディルクはいいぞとナイフを腰に仕舞う。



「運んでる時はわたしたち、空高く飛べないし、攻撃できないからさぁ」


「いいよ、いいよ。警戒はこっちに任せてくれ。ジークも行けるだろ?」


「問題ない」


 ジークハルトはそれを了承し、ディルクのほうへと向かおうとしてシャロンを見遣る。



「また行ってくる」

「えっと、気を付けてくださいね」



 ふわりと笑みを見せてジークハルトはディルクたちと共に行ってしまった。



「いや、適応力の高さと不意打ちよ!」



 がんっと扉に頭を打ち付ける。


(めっちゃ馴染んでるやん! そこで一言、声かけて笑み見せていくって不意打ちじゃないか!)


 シャロンはぐぬぉと頭を抱えた。



「シャロンが先に落ちそうじゃない?」

「否定できない……」



 あれ、私ってこんなにちょろかったっけとシャロンはさらに頭を悩ませた。




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