第7話 不意打ちは反則です



 ぐちゃっと分厚いナイフが入れられる。すっと皮が剥がされると、鱗が外されていく。肉と皮と鱗と骨に捌かれていくレッドサーペントの姿をシャロンはうげぇと思いながら眺めていた。


 捌かれている光景というのはなかなかにグロテスクなものだった。吐くほどではないのは多分、自身がハルピュイアだからだろう。どろりと引き抜かれる内臓などなかなかに酷いのだが割と平気であった。


 ジークハルトはその光景を何とも言い難い表情をしながら見ていたので、彼もそこそこ惨いなと思っているのだろう。



「大丈夫、大丈夫。慣れるから」



 ジークハルトの様子にディルクが言う、猟師やってると生き物を捌くのも慣れると。これぐらいならマシなものだと笑っていた。



「ジャイアントスパイダーとかの虫系魔物はもっとえぐいぜ」



 ディルクの「まず、血の色から違う」という話にジークハルトが「虫系も出るのか」と問う。彼は「結構出るぞ」と何でもないように答える。


 シャロンが捌かれたレッドサーペントを眺めていれば、アエローがやってきて「お前の分け前はここからここまでだ」と教えてくれた。


 レッドサーペントのような素材が売れる魔物は何割か里に納めるようになっている。とはいえ、そこまで多く取られることはないので問題は無く、ディルクもいたので大体半分ぐらいだ。



「鱗で腰装備作れば金策できそうだなー」

「……肉はどうするんだ」



 貰った分の鱗で一人分ぐらいの腰の装飾が作れそうで、これはいけそうだなと頭の中にある知識を引っ張り出していればジークハルトが聞いてきた。


(あぁ、肉か。肉はな……)


 シャロンの記憶が正しければ、この肉は。



「食べるんだよなぁ」



 シャロンの言葉にジークハルトがとんでもないものを見るような瞳を向けてきた。


(あぁ、やはり人間にはきついのかな。いや、私も元人間なんだけどね)


 もうハルピュイアになってるから割と抵抗を感じないんだけどと一人、思う。知識として頭にある以上、この身体は食べることに対しては平気なのは間違いないのだ。



「意外と美味いぞ」

「ディルクさん、抵抗なかったんですか?」

「いや、蛇は食べてたしな」



 猟師暮らしをしていた時にどうやら蛇は食べていたらしい。ちょっと味の濃い淡白な肉みたいなものだとディルクはジークハルトに味の感想を伝えていた。



「虫の卵食べるよりもいいだろ」

「はぁ?」

「いや、それハルピュイアでもしないです」



 流石に何でも食べる訳じゃないぞとシャロンは突っ込むと、ディルクは「聞いた話だと食べる種族もいるらしいな」と笑っていた。



「あぁ、そうだ。狩りをする時はなるべく一人はやめとけ。何かあった時に連絡ができないからな」



 ディルクは「オレでよければ同行するから声をかけてくれ」と言って自分の分け前を手に家へと戻っていった。


 シャロンも家へと戻ると手に入った肉と鱗を眺めてさてどうするかと思案する。まず、鱗は腰の装飾品を作るのに使うということでいいとして問題は肉だ。


 量が多いので生のままだと二日が限界だ。氷魔法が使えるところは氷漬けにしているらしいのだが、あいにくシャロンは風魔法しか使えないのでこの場合は干し肉にするんだっけと知識を引っ張り出す。


(大丈夫だ、知識はあるぞ、うん。神様、生きるための知識だけはちゃんと与えてくれていてありがとう。でも、転生先は選ばせてくれ)


 とか思いつつ、シャロンは肉を分けていく。



「あの、無理して食べなくていいですからね?」



 視線を感じてシャロンはジークハルトに言うと、彼は「問題はないのだが」と言いながらも険しい表情をしていた。



「家を出てきた以上、何をも経験する覚悟ぐらいはできている」


「まぁ、生きるためならゲテモノでも食べなきゃいけなくなりますもんねぇ」



 旅をしたことが無いのでどうなのか分からないが、腹を満たすために多少のゲテモノを口にすることはあるだろう。


 シャロンの場合は二日で婿探しを終えてきてしまったので、まだその経験はない。虫とか食べる経験しなくてよかったなと今になって思っている。



「ほら、ディルクさんが言ってたみたいに意外といけるものですから!」



 知識と記憶があるからなのだがとシャロンは思う。前世を思い出すまでの間に自分は食べた経験があるっぽいというのだけは薄っすら覚えている。


 確か、塩漬けして香草で焼くと臭みが無くなるのだと頭の中にある知識でとりあえず、料理をしてみることにした。


 まず、異世界での料理とか知らないとか言ってる間に身体が覚えていた。なんだこれ凄いとシャロンは手を動かしながら驚いていた。


 この里のハルピュイアは人間並みに料理をする習慣があり、それは外から夫を迎えるから身についたようだ。商人との取引の多くは調味料だったり、食品だったりするのでこの世界では亜人種寄りだからというのもあるのかもしれない。


 ハルピュイアに転生して野性的な生活を強いられたらどうしようかと不安だったが、意外と人間的な暮らしができて安心している。



「器用だな」



 料理をしているシャロンの姿を眺めながらジークハルトが呟く。どうやら、翼の生えた腕でも料理ができることに対して言っているようだ。


 翼がちょっと邪魔な時もあるが、手はあるのでこれぐらいならばできなくはなく、そもそも翼に違和感がないので割と気になっていなかった。



「意外と問題ないもんですねぇ」

「そうなのか?」

「そうみたいです」



 知識と身体が覚えているだけなので、やってみないと分からないこともあるのだなとシャロンは実際に行動してやっと把握できるようになっていた。


(転生ってこんな感じなんだっけ?)


 漫画とか小説とか読んではいたけれど、こんなものだっただろうか。前世の記憶を辿ってみるも、チートスキルとか無双とか、聞いたことのある単語は覚えていた。


 お姫様に転生して恋愛模様を描いたり、勇者になってハーレムを形成したり、そんなものが思い浮かぶものの自分のようなものはそうなかった気がする。


(そもそも、私って強いのか? いや、弱いでしょ。もらったものなんてこの世界で生きるための必要最低限の知識ぐらいだし)


 異世界転生無双というのはそうないのだなとシャロンは納得する。まぁ、生きれるだけいいかとそう楽観的に考えることにした。


 香草で焼いた肉を皿に盛って畑で取れた野菜を添えて完成したのだがどうだろうかとテーブルにそれらを並べてみる。見た目は悪くない、鶏肉のステーキみたいなそんな感じだ。



「…………」

「無理して食べなくていいですからね?」

「……いや、面影が全くなくて驚いていただけだ」



 あのグロテスクな肉の塊の面影はないなとそれにはシャロンも同意する。匂いも悪くないので味は大丈夫ではと試しに食べてみるべく、フォークで肉を指して口に運ぶ。



「うん、ちょっと味が濃いけど、淡白かな? でも、塩味きいてていい感じ」



(あ、思ったよりも食べれるわ、これ)


 蛇ってこんな味なのかーとシャロンは抵抗なく食べる。思ったよりも自分はこういうのには抵抗が無いようだ。蛇って前世の世界でも食べられてたりしてたっていうのもあるから、あんまりうげぇっとはならなかったのもあるのだろう。


 シャロンの様子にジークハルトは暫く眺めてから一口、食べた。あ、口に入れたと興味津々に見ていれば、彼は困惑したような、反応に困るような表情をみせた。



「……肉と味のイメージが合ってなくて困惑する」



 あの赤い鱗のレッドサーペントのイメージが邪魔しているようだ。見た目から想像できないよな、この味はとシャロンもそれは思った。


 触感は鶏のささみで少し濃い味だけど、淡白で味が近いのは白身魚だろうか。フライにしたら美味しいのではと考えつくも、まず材料がないので諦める。



「まぁ、食べられるな」

「格別、美味しいってわけではないですけど、食べれますね」

「美味いか、不味いかなら……美味いほうだろう」



 ジークハルトは抵抗感がもうないのか、もぐもぐと食べ進めていた。最初の一歩さえ踏めれば、あとは平気なタイプのようだが味も悪くなかったというのもあるのかもしれない。



「人が食べやすいように料理をしたからじゃないか」



 臭みというのを感じない、人間がまず抵抗に感じるのは臭いなので、それがないのも食べやすい理由の一つだとジークハルトは言う。



「シャロンの腕が上手かったからだろうな」



 ふっとジークハルトは笑み――シャロンは目を瞬かせて固まったかと思うとがんっと額をテーブルにぶつけた。


(不意打ちは反則だろーー!)


 あまりの不意打ちに心が対応ができないでいた。


(なんだ、その微笑みは! 見惚れてしまうでしょうがっ! そして、さりげなく褒めるし! なんだ、このイケメンは!)


 シャロンはうごごごと一人、呻る。そんな様子にジークハルトは首を傾げていた。「無自覚か!」とシャロンは突っ込みそうになるが、今は先ほどのショックを受け止めるので精一杯だった。


(イケメンポニテ男子、強い……)


 無自覚とか、強すぎかよとシャロンはイケメンの強さを改めて実感した。


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