第四章:母、襲来

第12話 母よ、何ゆえにこのタイミングで……


 ジークハルトとの同棲が始まってからだいぶ経った。最初はどうなるかと不安ではあったけれど、特に問題も起こらず過ごせている。多少の考えの不一致はあるものの、それほど支障はなかった。


 距離が縮まったかと問われると何とも言えないのだが、相手のことは少し知れたかもしれない。ジークハルトは気遣いができる優しい人で適応力も高くて、ハルピュイアの里でも彼はすぐに環境に慣れてしまった。


 狩りもこなすし、力は強いほうで、今だに逃げていた理由というのは話してくれないが悪い人のようには思えなかった。


 里ではすっかり馴染んでしまっている。「あんたの旦那さん、いろいろ手伝ってくれるから助かるわぁ」と、仲間のハルピュイアに言われるぐらいには馴染んでいる。



「まだ、私の旦那じゃないんだよなぁぁぁぁ」

「あんた、まだだったの?」



 テーブルに突っ伏しながら頭を抱えるシャロンにカノアが言う。


 そう、まだシャロンとジークハルトは夫婦などという関係には至っていない。相手の気持ちも分かっていないし、自分のことも理解できていない。


 恋愛経験無しなのでどういう気持ちが好きというものなのかが全くと言っていいほどに分からなかった。嫌いではないので分類的には好きに入るはずという曖昧な感じだ。それに相手にだって選ぶ権利はあると考えると自分なんかがと思ってしまう。



「私ってどうなんだろうなぁぁぁ」

「なんで、そんなに自分に自信がないのよ~」

「だって、特質したところ無いじゃん?」



 特に強いわけでも、何かできるわけでもなく、惹きつける魅力があるとも思えないのだから自信など持てるわけがなかった。そんなシャロンにカノアはいろいろあると思うけどなぁと呟く。



「シャロンはさ、優しいし、美人さんだし。ジークハルトさんのこと心配してさ。彼のことを考えてるじゃん」



 そういうのってなかなかできないと思うよというカノアの言葉にシャロンはうーんと考える。誰かのことを想うというのはそう簡単なものではないのは確かだが、それでも自信というのはない。



「でも、ジークさんは災難だったんじゃないかなぁ」



 里の掟で見ず知らずのハルピュイアの婿候補にされてしまったのだ。行く当てがなかったとはいえ災難だっただろうと思わなくもない。


 好きでもない人物の婿候補にされるというのはきついものがあるはずだ。シャロンですらどうしたらいいのかと考えているだから、彼が悩まないわけはない。


 相手はシャロンも巻き込まれた一人として認識しているようだが、助けて里まで連れてきたのは自分なのだ。そう思うとこのままでいいのかと考えてしまう。



「うぅぅ……わからない……」


「まー、きっかけがきっかけだしねぇ。でも、そんなに焦らなくてもいいんじゃない?」



 考える時間というのは両者ともに必要だ。急いで結論を出してもいいことはないのだから、ゆっくりと考えていけばいいというカノアの意見に、シャロンは確かにと頷いた。


 結果を焦っても選択を間違えるリスクというのが高くなるので、落ち着いて時間をかけて考えていくべきだろう。



「一度、話してみるっていうのもありだしさぁ」

「そうだよね。ゆっくりと考えていこう」



 焦っても良いことはないのだ、そうしようとシャロンが決めた時だ、ばんっと扉が音を立てて開かれた。なんだと二人は振り向いて、固まった。


 そこには銀に煌めく短髪が目立つハルピュイアが立っていた。スタイル抜群の大人の色気を漂わせる彼女はシャロンを見つけると笑みを見せた。



「シャロン、久しぶりだな!」

「お、お母さん……」



 シャロンの頭の中にある記憶と知識、それによれば彼女は自身の母だ。透き通った切れ長の青い瞳が優しく細まっているのが目に入る、間違いなく母親だった。どうして母がいるのだ、父と一緒に旅に出たはずだろうとシャロンの動揺を察してか、彼女はいやねぇと笑みを見せる。



「あんたが成人したから、ちゃんと婿を連れてきたか気になってちょっと立ち寄ったんだよ」



 母に「アエロー様に聞いたらちゃんと連れてきたらしいじゃない」と言われて、シャロンはちょっと事情があったんですよと叫びたくなった。それをぐっと堪えて、説明をしようと口を開くとまた誰かがやってきた。



「ナタリー! 一人で行かないでくれよ~」

「アノンが遅いだけだ」



 母の名前はナタリー、そして父の名はアノン。そうだよね、母が帰ってきているということは父も一緒だよねとシャロンは並び立つ男を見て思った。少し長めの金髪に細目の華奢な身体、人の姿の背には白い翼が生えている人翼種の彼こそがシャロンの父親だ。



「お父さん、お久しぶり……」

「あぁ、シャロン。元気そうだね」



 よかったと安堵するアノンにシャロンはぎこちない笑みをみせるしかない。両親がこのタイミングで帰ってくるなど予想していなかったのだ。



「さぁ、お前の旦那をあたしに紹介しな!」

「そうなりますよねぇぇぇ」



 ナタリーの言葉にシャロンは頭を抱える、そんな彼女の肩をカノアが優しく叩いた。


 母のことだ、きっと会うまでは居座るつもりだと瞬時に察する。誤魔化すこともできないとシャロンは「実はですね」と二人に説明した。


 迎え入れてはいるものの、まだ婿候補で夫婦になっていないこと、お互いを知るところから始めていることを素直に話す。ここで隠し事をしても知られてしまった後のことを考えれば、全部話しておいたほうが騒ぎにはならないと判断したのだ。


 シャロンの話を聞いてナタリーは眉を寄せた。少しばかり不機嫌になる彼女の様子を察してか、アノンがまぁまぁと落ち着かせる。



「シャロン?」



 開け放たれた扉から顔を覗かせたのはジークハルトとディルクだ。今、帰ってきたのかとと、タイミングの悪さにシャロンは眩暈がした。




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