萌猥談
薄甘
第1話 つながり、つながれば
つながり。
つながる。
つながれば。
向こうから来た恋だった。かわいいね、好き好き、推しだよ。そういう関係性だから。私が選ぶ立場で、仕方ないから彼のこと選んであげたんだと思っていた。
だって、普通に出会ったんじゃない。カウンターの中と外、私はコンカフェ嬢で、彼はお客さん。私は選ばれてここにいて、彼は選んでここに来た。そういうヒエラルキー。
最初は「常連さんの友達」ポジションだった。「普段一人で外で飲んだりしないんだよね。だからこいつと一緒の時しか来ねーし」と、ユメミちゃん推しのサカモトさんを小突きながらニコニコしてる彼は、めちゃくちゃ場慣れしている社会人のように見えた。ずっと年上の。
「え、4つしか変わんない、んですか? あ……、大人っぽいですね」
「大人っぽいとか、そんなん始めて言われたわ」
でも話してみたら、思ったより全然年近くて。予想外すぎて、え老け顔?って、まんまそういう顔、してしまったと思う。直後あかんやつやん、ってちゃんと気づいたとほぼ同時に、彼はニカッと笑ってくれた。どんなに楽しく飲んでても、地雷を踏んでしまったら一気に空気が悪くなることってよくある。お客さんは好きなだけセンシティブになる権利を買いに来てるようなところあるから、ヒュッと気圧が変わる瞬間だけは見逃さないように、女の子たちは常に意識してる。
「え〜大人っぽい? ろるるちゃん見る目ないない。マツキの大人気なさエグいけどな。ちょーガキだって。あ、でも見た目老けてきたってこと? 老いか」
「いやいや老いじゃねーし。俺は社会人パワーを身につけたね。パワーは力!」
「パワーは力?」「なんだよそれー」「アハハ」「ハハ、力はパワー!」「パワー!」
くだらなくてみんなで笑える。そんな会話に自然に持っていく、全方位型フォロー。しかも卑屈さのないやつ。そのノリって結構貴重だと、その時はそんなにわかっていなかった。普通に感じいいな、優しいなって思っただけ。
「でも普通に嬉しいな。大人っぽいって言われんの〜」
「優しー、マツキさん。私、失礼なこと言っちゃったかなって焦っちゃいました」
「あー。ハハッ、そんなこと全然ないよ、ろるるちゃんこそ、優しいー」
ニコニコっと、彼は笑った。
「かわいーね」
揚げたてのフライドポテトを食べておいしーね、って言うのと同じ。普通に思ったこと言いました、って平易なテンションで放り出された「かわいー」が、自分でもびっくりするくらい嬉しかった。だから言えた。普段はなかなか言えないのに、この人なら大丈夫かもって思って。
「えじゃあ、推してください」
マツキはその時、イエスもノーも言わなかった。でも、苦笑いの目が優しくて楽しそうで、だから間違いじゃなかった。マツキは「私推し」のお客さんになった。
1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月。からの半年。お店で過ごすうちに、私はそれまで知らなかったことをたくさん覚えた。サワーとハイの違い。シャンパンの上手な開け方。変なカラオケに入れる変なコール。酔っぱらいには注意しなきゃいけないこと、お酒を飲まない人にはもっと気をつかわなきゃいけないこと。あと、お客さんすぐいなくなっちゃうこと。
お客さんたちは「コンカフェの子すぐ飛ぶ」「バイトだからって無責任すぎ」とか楽しそうに言うけど、それを聞いてる私はどういう顔したらいいんだろ? お客さんのほうがいなくなりません?なんて本当のこと言えるわけもない。それって私の問題ですし。
自分では頑張ってるつもりでも、本当の頑張り方がよくわからない。青果の仕事をしてるから「早い時間のワンタイしか来られないんだよね」って言ってたミンちゃん。大学生、一個下って聞いてこっちが引いちゃったのがよくなかったカズキくん。なんの仕事してるのか頑なに教えてくれなかった石田さん。気前もいいし、普通に感じいいんだけど、とにかく無口すぎてどうしていいかわかんなかった大橋さん。私を少し気に入ってくれるお客さんはいなかったわけじゃない。でも、何回か来てくれて、なんとなくフェードアウトしていくことばかりで、それってジワジワしんどくなってく。わかってるよ、お客さんが悪いわけじゃない。顔かな?顔なのかな? ……病みたさをビジュのせいに押し付けたくなるけど、顔だけじゃないこともわかってる。
「俺、人生で推しとかできると思ってなかった」
イベントはしないけど、誕生日近いよって言ったら、マツキはその日はじめて、ピンク色のシャンパンを入れてくれた。乾杯しながら、「『推し〜』とか言うのって若い女子っぽいし」ハハハ、って笑う感じがなんか乾いていて、それが悔しかった。〝何それ〜〟待ちの軽い自虐でしょ、冗談だよ。笑わなきゃ、って思ってるのに、奥歯にグッと力が入ってしまう。盛大にバースデーも祝ってもらえない、しょぼキャストの私のことを「推しだよ」って公言してくれて、金額積まないけどそこそこ使ってくれて、頻度も微妙だけど通ってくれて。彼がいてくれることで、不人気キャストの私でも、ぎりぎり人権がキープできてるところはあった。だからめっちゃ感謝していて、で、悔しかった。ちゃんとしてて、明るくて、健全な推し活。そのラインをきちんと守る彼に、理不尽だってわかっているけどイラっとした。
「いいもんでしょ、推し。ろるる推しとしてアイデンティティ立ててこ!」
「アハハ、そうだね。ろるる推しとしてね」
「適当だな!! もっとさ、もっとなんかないの? なんか褒めてよ!」
「あー、ろるるはイイ子ダネー、頑張っててエライネー、カワイイネー」
「だ︱︱︱! なにそれずる〜! そのカワイイ、思ってないやつじゃん」
「いや思ってるって、あーー、あの、あれ。ハズいな、本当ベタだけど、妹的な? ろるるが元気でさ、楽しそうにしてるんだろうな、今日もどっかで、っていうのがいいんだよ」
「いやほんとベタ。そんなベタある? 今時」
「うるさいな〜、一人っ子男子校育ちの妹ファンタジー力なめんな。まぁ〜、かわいい妹っていうのは古今東西生意気なもんだから、いいけどさ〜」
「なんかキモい…。今初めてマツキのこと(ピ︱︱)って思った…」
「放送禁止すな!」
「まさかマツキがシスコンだったとはね〜、呼ぶ? 呼ぼうか? 『お兄ちゃん』はぁと、って」
「ギャハハマジでやめて勘弁して、そういうんじゃないから、アヒャヒャ、ろるるはさ〜、もっといいポジションなんだって、俺の心の中でぇ〜、可憐に咲く花なんだってぇ〜」
お互いいつもより飲んじゃって、カワイイね〜(ウソー)、ろるるしかだわ〜(でっしょー)、ろるる好き好き倶楽部だわ〜(それな!)血のつながらない妹、最&高だわー(は?)、そんな掛け合いでキャッキャゲラゲラ笑った。
「わかった、じゃ今日、もう1本入れる! お〜れ〜の〜かわいい〜いもうと〜、ろるる〜の〜、た〜め〜に〜♪」
「いっえーい! ありがとおにいちゃーん! やったー最高マツキー!」
笑って、グラスが空になるたびに乾杯した。いっそボトル全部2人で飲み干したかった。まぁそんなことはなくて、ちょっとずつ他のキャストの子に手伝ってもらったりするから、泥酔まではいかない。理性は残りつつもいつもよりスポンジ化した脳味噌で、今日のこと、自分が死ぬ時に思い出すエンドロールに入れよ、と決めた。今ここが、ただの学生アルバイトが夜のお店で見る夢のてっぺん。キラキラ視界にラメが散って、ぼんやりピンクのソフトフォーカスがかかって、そんなんかわいくて楽しくて、嘘に決まってるから最高だった。
で結局、1年2ヶ月だった。「ろるる」の命。しかも最後3ヶ月は大学の都合とかいってほぼ在籍してるだけでシフトには入らない幽霊キャスト。キラキラした、お客さんにモテてモテて、女の子にファンですって言われるような、人気のキャストにはなれそうにない。その事実から逃げたいにゃ〜ん、「えっ! 不人気コンカフェキャストの私が!? 寝て起きたら人気キャストに転生しててキラキラお給仕無双しちゃうにゃん♡」なんてね〜、とか、テスト勉強しながら、自分が「ただの大学生」じゃなくて「コンカフェキャスト」であるってことにアイデンティティの現実逃避してただけ。
そう、だいたい全部現実逃避だった。
シフト入れない現実もキツいのに、でも「辞めます」って言いたくなくてグダグダしたのも。でも結局自然なフェードアウトを気取って退店したのも。辞めさせられたんじゃない、就職だし、卒論もあるし、だからもうアルバイトは終わり。そういう体をどうにか気取りたかった。虚勢だよ。
〈突然の卒業になっちゃってすみません! ご主人様お嬢様、めいどちゃんの皆様、1年2ヶ月仲良くしてくれて本当にありがとうございました(はぁとはぁと〜!)〉って真顔で打った。虚勢だから。「最後会いたいって言ってくれてたご主人様、ごめんなさい」とか、SNSの上だけなら惜しまれてる風に盛ってもいいかな〜って一瞬思ったけど、やめた。
〈は、推し卒業してた泣 でも幸せならOKです〉
だってマツキが見るってわかってたから。ほぼマツキのためだけに書いた卒業メッセージに、ちゃんとマツキが反応してくれたから、それでよかったのに。
〈ねぇ、もう会えなくていいの〉
そう送ってしまったのは、自分からだった。
予約ページだけいい感じの和風創作居酒屋。個室とは??ってなるペコペコの壁。絶対これ発泡酒でしょって味のビール。へんなお盆にちょいちょい乗った枝豆とか油淋鶏まがいの唐揚げ(和風とは??)、薄暗くしておけば雰囲気出るでしょ、なチープな空間。
再会にそんな店を選んでしまった男女の行く先なんて、そりゃチープになっちゃうよね。今ならわかる。意外と人間って、そんな簡単な雰囲気に流されちゃうって。
「いいよ、私、マツキのこと結構好きだよ」
お店の外で、二人っきりで、一緒に飲んでる。そのイレギュラーさをお互い気にしないようにしてたと思う。明るく話そうとして、でもなんか変で、気まずくて、だからちょっとだけ飲みすぎて。飲み過ぎだから、ちょっと休んでいく? そういうベタな展開で。結局ご休憩7900円のホテルのベッドに並んで座ってポカリ飲みながら、なるべくなんでもない風に、マツキの目を見ないで言った。
「そういうんじゃ、なくていいんだよ。そういうことしなくても、俺は別に。ろるるのこと」
マツキも目を見ないで答えた。私よりずっとうわずった声で。私のことを好きな人が、私とホテルにいることに緊張している。緊張してくれてる、ってことが嬉しかった。
二人ともコートを脱ぐこともできなくて、でも、指と指の先だけがかすかに触れていて、その湿度にだけ全神経が集中していく。左手小指の第二関節。熱が高まって、身体中を駆け巡る。ぴくりとでも動かしたら、離れてしまう。繋がっていたい。マツキの温度がここにあることだけ感じてたい。
「ろるるのこと、好きだしかわいいから、それ本当だから、別にこういうこと、しなくても」
「もう『ろるる』じゃないよ。あたし瑠花。瑠花って呼んでよ」
そう言いながら、マツキの膝に両手をついた。お互いに、お互いの瞳しか見えなくなるくらい近づいて。アルコールと揚げ物の匂い。あと、少しだけ汗臭い。チェキを撮る一瞬しか、隣に立ったことなんてなかった。至近距離で初めて嗅ぐマツキの体臭。別にいい匂いじゃない。でも、嫌な匂いでもない。確かめたくて、もうちょっとだけ、深く嗅いでみたくなるような、生の匂い。
「……っ、」
鼻と鼻がくっつきそうなくらい、覗き込んだ。前屈みになって見上げる私、両手を宙に上げて少しのけぞるマツキ。盛れる方の角度に首を倒して、ほんの少し、少しだけ。わざとらしくならないように肘を内に入れて、二の腕に力をこめる。そうすれば私だって、ささやかな谷間の一つや二つアピールできるんだから。
「……、る、るか」
ハッ、と熱っぽい息がかかったのは目元から頬。刺さるくらいの力で肩にかかった指も、抱き寄せられた胸も、ぶつかるように重なってきた唇も、みんな熱かった。とがらせたままグイグイ押し付けてくる、下手くそなキス。二の腕にかかる、肉を握りつぶすような力。その全部が、私のほしかったものだった。もっと、もっと余裕がないとこ見せて。優しくしたいから。座ったままのマツキと、斜めに抱きかかえられた私。ねじれた体勢を変えることもしないまま、カットソーの下に性急に潜り込んでくる手のひら。
「電気……」
マツキの手元があんまり不器用だったし、谷間のためにブラに仕込んだ極圧パッドに気づかれたくなかった。マツキを照明に誘導しながら、自分で脱いだ。夢がないかなって思ったけど、マツキも歩きながらTシャツを脱ぎ捨てていた。まだ全然触られてなんていないのに、自分の身体も、すごく熱かった。
「こっちきて」
裸になって抱き合っただけで、もうそのまま、あまりにもなめらかに挿入(はい)ってしまいそうだった。熱をもちすぎの私、角度がつきすぎのマツキ。多分お互い、相手の準備ができすぎていることを瞬間で理解できて、だからもう何にも言わずにマツキは枕元を探って背中を向けた。
マツキを待つのは、気まずくない。そう思った。古今東西絶対気まずいと思ってた、ゴム待ちタイムでも平気って感情に自分で驚くけど、イヤじゃない。丸くなった背中、かわいい。
「……よ、」
「うん」
息だけの会話で、私たちはつながった。ハァ〜、とどちらからともなく漏れる吐息。あったかい。つながったところから背骨から全身ざわざわ粟立つ。あー…快感でも鳥肌って立つんだ。奥まで入り切ったところで止まっていたマツキが、ゆっくり、段々はやく、深く浅く動き出す。
なんで、これって気持ちいいんだろう。
気持ちよくないと滅びるから、じゃない?
下になって揺らされながら、思考も快感もスーパーボールになって跳ね回る。脳内も体内も、冷静なのかめちゃくちゃ興奮してるのか……多分両方で、だんだん言語はドロドロに溶けていく。
気持ちいい。
気持ちいい、きもちいいって、な、なに、
あ、なんで、ん、それ。そ、ん。
少しザラっとしたマツキの背中の手触り。ザラっとしていて、湿っている。汗とか脂とか、生きてる人間のちょっとキモい手触り。でも。今ここで、今マツキを見上げて、行き来する熱に貫かれながらだから、イヤじゃない。普段だったら、他人の素肌のザラつきとか湿り気なんて、ありえない不快なのに。嫌なのに嫌じゃない、なんかそれが嬉しくて、私マツキのこと、本当に普通に好きなのかも。…って少し、笑ったんだと思う。多分。クスッて。
「いや、……あー……、あれ……」
マツキが情けない声を上げたのは、そのすぐ後だった。
その後のことは、さすがに黒歴史がすぎる。あの瞬間は焦ったり悲しかったり、全身に満ち満ちていた性欲が行き場をなくしたりで、どうにもならなかった。だから仕方なかった、ってことにしたいけど、そうじゃなくて、ただ私が間違えただけ。最悪の形に。
「なんか、ごめ」
「謝んないで」
つながってるのにつながれなくなっていく。私を下にしたまま何か言いかけたマツキは、そのまま黙って身体を離した。私の肩を軽く押して、マツキが見えない方に顔を向かせる。枕元でボッボッ、勢いよく箱ティッシュを取る動き。「これ危険だわこれ」とか、聞かせようとしてるんだろうけど、でも質問は拒絶してるひとりごとの音量。そっとマツキの方を向いて、抜けるわじゃ違う意味っぽいよね、とか言ってあげたいけど、外れかけのゴム(多分)をティッシュにくるんでる背中から漂うのは、そういう空気じゃない。
準備ができてる私と、準備ができなくなったマツキ。そのことをマツキが気まずく思ってることが、気まずかった。全然気にしてないし、気まずくないし、大丈夫だよ、そう笑い合って、なんでもないことにその場をリカバリーしたい。その一心だった。だから、天井を向いて転がるマツキの肩におでこをつけて、失った角度を取り戻してほしくて手を伸ばした。
「ほら元気出して、おにーちゃん」
お互い顔は見えないから、自分が思う、一番かわいくて一番あざとくて、一番マツキに刺さると思った言葉を囁いた。
「あー……」
触れた瞬間は、まだ少し残っていた熱は、「おにいちゃん」と呼びかけた瞬間、ふにゃっと散っていった。声とも息ともつかないマツキの出した音を聞いて、自分が間違えてしまったって、わかってしまった。
〈ろるるのこと、やっぱ妹みたいに大事にしたくて〉
最後のDMも「ろるる」宛。それがマツキの答えだった。ぎりぎり過去形にしない優しさが最悪すぎた。推しとセックスできてラッキー、ううん、もうちょっと、超ラッキーってくらい喜んでくれたらそれでよかったのに。そしたら私も、誰かにラッキーを与えられる価値がある女の子で。それで私のコンカフェ人生それなりに終われたのに。
〈ろるるの幸せを願ってます! 社会人がんばれ!〉
妹みたいに大事にしたかった。かわいいと思ってたけど、恋愛とかセックスの対象としては違うんだよね。あとセックスの最中に笑われるの無理なんだわごめん。色々違いました。いやーほんとなんかごめん。ってことを、なるべくソフトランディングさせる言葉選びがこんなにうまいなんて知らなかったよ。
そう、知らなかった。よく考えたら、私マツキのこと全然知らなかった。かわいく甘えて、もっと甘やかされたかった。でも間違えて台無しにした。いやもう、おにいちゃんはダメ、ダメだった。ワードセンス最悪。私、そういうかわいいじゃなかった。ダメもう、人としての器がダメ。おにいちゃんって甘えて、それがえっちなアクセントになるような器じゃなかったよー。私の頭の中のテキーラグラス。手のひらにすっぽりおさまる小さな器に、じゃぶじゃぶ注がれる羞恥。小さな器だから、当然あっけなく溢れてびっちゃびっちゃになる脳内。とめどない羞恥心に死ぬ。ビジュもキャラも理解力もダメなの、もはや笑える。
生意気でかわいい、ただ愛されるだけの、歪でピンクでキラキラした、甘いお菓子みたいな妹になりたかった。だからどうぞどうぞって差し出してみたけど、おいしくいただかれることもできない。私は多分マツキにとって、ちょっと推すだけの、割り切った妹でよかったんだよね。
それはそう。だって知ろうとしてなかった。全然マツキのこと見てなくて、自分のことしか考えてなかった。私のこと推してくれてるから、好きでいてくれるから、つまり、いい感じにちょろいと思ってた。あーあ。人間関係への誠意ゼロ。私。ビジュもキャラも理解力も、あと人としての優しさも全然ダメです。もはや笑えない。
不意に思い出したりするよ、でも。
何かにザワッと鳥肌が立ったりしたその後とか、何か嫌な湿り気のあるものに触れた時とかね。不快感がきっかけで思い出すとか、我ながら切なくない? シンプルに甘酸っぱい気持ちになることすらできない。間違えたから。私にとってマツキは、生理的に嫌、ってことの反対の存在だった。よく知らなくても、つながりたくなって、つながって気持ちよくて。私マツキのこと、生理的に好きだったよ。まぁ、今更だけどね。
もっと大事にすればよかった。私の人生で、一番私をかわいいって言ってくれた人。私のこと「推し」って言ってくれた人。あんな人に、もう会うことはない。
〈了〉
萌猥談 薄甘 @calico-j
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