好き、大好き、もっと好き、愛してる、だから、

第110話

俊介は手慣れたように入院の準備をして、「三度目の正直ってやつだから。これで最後にするからね。行ってくる」と咲良の髪を撫でた。


「うん、最後にしてね。健康に生きるんだよ、長生きするんだよ。……愛してる」


自分の中で最後にすると決めて愛の言葉を伝えた。


それを聞いて笑った彼は家を出て行った。



一人きりになった部屋で自分の物をまとめていく。


幸せに生きて欲しいの、愛してるから。最期まで一緒にいたかった。一緒にもっと幸せになりたかった。


でも、もう決めたことは決めたことだから。私がいたらあなたを殺してしまう。これが最後だ。私とあなたの終わりの時だ。



私は俊介から一生分の幸せをもらったんだ。これからは、一人で、お互い幸せになるんだ。


荷物をアメリカにいた彼に会いに行った日のキャリーケースに詰めていく。要らなくなる物は全部ゴミ袋に放り投げていく。



何度も何度も手が止まった。「愛してる」と伝えないままで俊介の傍にいたいと、彼に全てを話して謝りたいと、何度も思った。


それでもそんなことできないのはもう分かっていた。


だから消えることにした。


そうじゃないと私の気持ちが、愛があなたに届いて欲しいと願ってしまう。


ゴミ袋をまとめて積み重ねた。彼が帰ってくるまでには全部捨てられる。私のいた痕跡は残さない。私は何度も病気にかかる俊介に愛想を尽かしたんだ。


そう思って荷物を集め終わった。


自分と一緒にいた証拠全て。そう思っていたはずが、彼に渡したアルバムだけは捨てられなかった。


ページを開けば幸せそうな二人が並んでいて、一つ一つそれをなぞって涙をこぼした。アルバムにはいくつも涙が落ちた。


一度開いたのが間違いだった。開いてしまったらもっと捨てがたくなるのなんて当たり前だった。


何度も何時間も悩んで、アルバムだけは持って行くことに決めた。


それでその一日は終わった。



次の日には隣の県のマンスリーマンションを借りることに決めて契約しに行った。


一ヶ月が経つまでに新居を見つければ良い。会社も近くで探そう。しばらくの間過ごせるだけのお金はもうある。


そう冷静に思っていたはずが、どんどん消えていく俊介との接点に帰って来てから何度も泣いた。


そのまた次の日は、市役所まで足を運んで離婚届を一枚だけもらってきた。


書く手は婚姻届の時よりも震えていた。彼の名前を残して全て書ききって、リビングの机の上に置いた。


メモに震える字で「もう会えない。ごめんなさい。さようなら」と書いた。



そのメモに、離婚届に涙の跡を残さないことで精一杯だった。


一週間をかけて荷物は全て処分して、自分のいた痕跡を消した。部屋は驚くほど質素になった。新しく増えたメモと離婚届だけを残した。



アルバムと同じように何時間も悩んで、それでも指輪も外せなかった。



わがままだけど許して。愛していることだけは、遠くから想っていることだけは許して。



そう思って大好きな人と時間を過ごしてきた部屋を後にした。

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