第111話
俊介が三回目の入院から帰って来た時、そこに電気は点いていなかった。
まだ仕事中かな。そう思って部屋の鍵を開けた。
別の人の家に入ってしまったのかと錯覚して一度扉を閉めて、深呼吸してもう一度開けた。
そこに、咲良がいた痕跡は何も残っていなかった。クローゼットもきっちり半分中身がなくなっていて、洋服を入れていたケースさえ残っていなかった。
彼女が使っていた化粧品も、一度褒めてから何度も買い直していた香水も、彼女のためだけに買ったトリートメントも。
そこには何もなかった。
混乱しながらリビングに入る。そこに置いてあったのは、自分の名前と証人欄だけが真っ白になった離婚届と、震える字で書かれた別れを告げるメモだった。
部屋中の物をひっくり返して探す。
でも彼女のものは何もない。彼女がいた痕跡すら何も残っていない。
本棚を見つめて、アルバムだけがなくなっていることに気付いた。
思えば指輪も置かれていない。
彼女は自分のことを愛している自信がある。消える理由がない。じゃあなんでこんな物を残して消えた。
もしかして、あいつに連れて行かれたんじゃないか。もうきっと刑期は過ぎている。あの咲良を襲った男に見つかって連れて行かれたんじゃないか。
咲良を殴った、ナイフも持っていた。咲良は無理矢理これを書かされて、そのまま連れて行かれたんじゃないか。
その考えが頭を支配した。そして回った頭がそれを止めた。
いや、違う。それなら衣装ケースごとなくなるのも写真がないのもおかしい。アルバムだって指輪だって、全部外されて置いて行かされたはずだ。
じゃあなんだ、咲良はどこに行った。なんで消えた、なんでさようならと書いた。
そう思って咲良の電話番号に電話をかける。しばらくコール音が鳴ってその電話は切れた。
賢人に電話をかける。「もしもし、どうした俊介」
「咲良知らないか、連絡取って欲しいんだ。家に帰ってきたら彼女の物が全部消えてる」その緊迫感のある声に分かった、とすぐに言って電話は切れた。
しばらくしてかかってきた電話にコール音が鳴る前に出る。
「咲良さんに通じない。三葉も通じない」ありがとう、忙しい中済まない、とだけ言って電話を切った。
会社、……辞めたはずだ。咲良はもしかしてこのために自分で会社を辞めたっていうのか。頭をフル回転させながら外に出た。
大学、出会った場所とプロポーズした場所。……いない。二人で何度も行ったカフェ。いない。どこだ。どこだ。無事でいてくれ。どこだ。
そこまで探したところで日が暮れて真っ暗になって、仕方なくその日は家に帰った。
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