第108話

月半ばに帰って来た彼に、「愛してる」と言うのは怖かった。


それでも俊介からの言葉に返さないなんて事はできなかった。それくらい、愛されて、愛を知って弱くなってしまった。


「ただいま。心配かけてごめんね、本当に申し訳ない、二度目なんて。行きも会えなかったし」


しゅんとする俊介に頭を撫でて「無事に帰ってきてくれたんだから気にしないで」と言った。


でも本当は気にしているのは咲良の方だった。


三度目が、なければ。私はこのまま俊介と生きていける。したいことをして、一緒に最期を迎えられる。


最後の、あと一度だけの実験。


こんなにも仮説が成り立って欲しくないことなんてこれまでになかった。大学の時だって会社に入ってからだって、どうか仮説通りに動いて欲しいと思っては失敗するのを繰り返してきた。


だから、だからこれも失敗であってくれ。


こんな世界に一つしかないような毒、ないものであってくれ。これだけ失敗してきたんだから、私は失敗するのには慣れてるから。




……だけど、もし何かあったときにあなたのことだけは守りたい。


だからね、「俊介、お願いがあるんだ。大事な話」


「どうしたの? 俺がいない間に何かあった?」


「実は今の会社から転職しようと思ってるんだ。”三年するまでは辞めずに続けろ”とかよく言われるんだけど、もっと好待遇な会社が他にもあるって知ったからそこに行きたい。しばらく働くのを休んで、企業研究をし直したいの。まだどこにするかも決めていないような状態なんだけど、もっとキャリアアップしたいんだ。どう、かな」



「いいよ、もちろん。これまで働いてきたお金もあるし、俺も稼いでくるし。咲良がやりたいことをやるのが一番だから。応援する」


彼がそう言ってくれるのは分かっていた。これが今の私にできる、こと。


必要な時が来てしまったら、その時に彼の前から完全に姿を消す準備。


ごめんね、こんな騙すようなことして。本当は大学生の時に調べ尽くしたから今の企業が一番好待遇だって知ってる。




それでも、あなたには誰より長生きして欲しい。幸せになって欲しい。きっと、俊介はもう私のいない生活では愛する幸せはもう手に入れられない。


そう思っていいほどに俊介が私の全てだった。俊介もそうなのは分かってる。


でも、せめて生きていて、立派なお医者さんに、なってほしい。その姿をどこかで見たい。




彼に毒が回っているのなら、私の幸せはもうそれしかないから。

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